2話 隠密魔法
影の王。それは最強の暗殺者と言われてる。
ただ一人使える、と言われる隠密魔法の使い手であり、それを以てしてそれは最強の暗殺者と言われるようになった。
有名になればそれだけ警戒されるようになり、外見も知られてしまう。
しかし、影の王の外見はまるっきり分からない。
誰かは女だという。またある人間は男だという。
性別すら知られていない暗殺者がどういった存在か、気になって影の国の依頼を引き受けた。
依頼の内容は殺し。それも、暗殺者を殺す。
もってこいの仕事だ。元々、専門は暗殺者を殺す事。そのために、護衛やら何やらしていた。
その上、依頼主は影の国。これで影の王と会えると思って依頼を引き受けたが、影の王の姿はどこにもない。
不満を溜めながら仕事をこなしていたら、依頼主からまた依頼が来た。
その依頼が影の王を殺す事。
ようやく運が回って来た! と気分はハイになり、複数の移動経路の一つで山を張っていたら、一人の男が来た。
男とも女とも見え、声が中性的。なるほど、性別が分からないのも納得だ。
その影の王と俺、ザスは今殺し合いをしている。
右手だけで剣を持って斬りかかってくるが、剣は細身で長い片手剣。
対してこちらは分厚く長い、人ほどの大きさの大剣。片手剣程度で受けた程度で揺るぎはしない。
逆に、相手の片手剣が折れないか心配してしまう。
ただ片手剣にも利点はある。
軽い分、速度で勝る。大剣は重く、ゆっくりとした動きが基本的だ。
だから、必然的に防戦一方になってしまう。ただそれは、剣だけの話だが。
斬撃の嵐が目の前で起きているが、僅かに止む。一瞬だけ。
その隙を見逃すほど馬鹿ではなく、大剣を押し出して前に出る。
シールドバッシュの大剣版だ。
前に踏み出すが、影の王は下がらずにその場で踏みとどまり、鍔迫り合いをしようとする。
逆手に持ち替えられた片手剣と大剣がぶつかり合う。
大剣と片手剣。どちらが正面からぶつかり合えば強いか、勝つのは明らか。
それに、相手は左手を使わずに右手だけだ。
勝つのはこちらだ。
取ったッ!! …………何故左手を使わない?
それを感じたのは僅かな勝機を前にしてふとした疑問。
どうして左手を使わない。何故右手だけしか使わない?
右手だけで余裕だという表れか? いや、相手は殺し屋だ。確実に殺しにくるために使ってくるはず。
なら、何か使えない理由があるのか?
寒気がした。背筋が凍えるような、悪寒。
直感が叫ぶ。逃げろ!! 避けろ、と。
思わず上半身を反らす。
視界に片手剣が横合いからの刺突が見えた。
その奥には鍔迫り合いをする片手剣が見えている。二本目の片手剣。
もし避けなければ、首に剣が刺さっていた。
それだけでは終わらない。
上半身を反らして避けたせいで無理な態勢を取り、力が込められず鍔迫り合いに負ける。
大剣を外側に押し出され、蹴りが腹部に刺さった。
鎧をしているおかげで痛みが軽減される。が、その蹴りはまるで槍のように鋭く重い一撃だ。
大きな身体であるにも関わらず、吹っ飛んでいく。
身体は地面に叩きつけられ、受け身を取って衝撃を殺す。
追撃を避けるために素早く立ち上がるが、影の王はその場から動いていない。
くそ、いってえええええ!!
蹴られた腹部を撫でながら、左手で持つ大剣をしっかりと握りしめる。
いつ襲い掛かってきても、迎え撃てるように。
こうなったのも、左手に持つ剣がないと錯覚したからだ。
影の王は意図的に隠していた。
身体を横に向け、左腕を身体で隠す。さっきの刺突を狙ってのことだろう。
さら鍔迫り合いで逆手に持ち替えたのも、身体をより密着にするため。そして大剣を右腕全体で外に押し出しての蹴り、という二段構え。
暗殺者の中でもコソコソ闇討ちするだけの日陰者ではなく、正面から戦いでも殺せる暗殺者だ。
それに襲ってこない所を見るに、こりゃあばれてるな。
隠密魔法。名前の通り、隠す魔法だ。
そのスキル、魔法が発言した理由は分からない。
子供の時から盗みをして、息を殺して隠れていたからだろうか?
ただ、この魔法は強い。
自分の姿を隠せるだけでなく、部分的に隠すこともできる。
今回のザスとの戦闘。途中から左手に隠密魔法をかけた。
この一撃で終わらせるためだ。
片手剣の連撃で注意をそちらに誘導し、鍔迫り合いをして近づいた所を首狙って一突き。
結果は失敗だった。
ただ、無理な避け方をしてくれたおかげで蹴り飛ばせた。これで靴に仕込み武器でもしておけば、と少し後悔する。
相手が起き上がるのを待たずに斬りかかっても良かったが、視線を感じる。
周りに何かいる。多分暗殺者達だ。
影の国から刺客。
ザス、といったか。暗殺者殺しという異名を持っているらしいが、戦闘狂の部類ではないようだ。
一対一の状況ならやれたが、暗殺者が邪魔で殺せない。
殺そうとするなら、邪魔してくるはずだ。
うん、今回は殺せないな。逃げよう。
そのためにも、布石は打っておかないと。
「よく避けたね。今の一撃」
「肝が冷えたがな」
顔の横に冷や汗が下に流れていくのが見えた。
冷静な顔つきだが、身体は正直だ。
「隠密魔法は名前の通り、隠す魔法だ。それは人にもできるし、部分的にもできる。だから、避けることができたのは誇っていい」
さあ、楔は打った。あとは、どう転がるか。
「隠密魔法は名前の通り、隠す魔法だ。それは人にもできるし、部分的にもできる。だから、避けることができたのは誇っていい」
こいつ、今わざと言いやがった。
ザスにはそれが分かる。
わざわざ、自分の魔法をこの状況で言うはずがない。
自分の手の内である魔法を教えれば、それだけ戦いが不利になる。
なのに言った。考えずに言ったという訳じゃないだろう。
このタイミングで言った事で警戒しなければならない。
行動の一つ一つ、隠密魔法で隠していないかという疑惑。考えながら戦うというのは、動きが鈍くなる。
それは、場慣れした殺し屋ならばその隙を見逃さない。
選択肢が増えた。戦いながら、その可能性を考慮していかないといけなくなった。
厄介なことだ。たった一つの魔法でここまで変わるとは。
だから魔法は嫌いなんだ。
それならこっちは数で対抗する。
隙を見せれば、周りに配置する暗殺者が殺しにいくだろう。
蹴られた腹の痛みが落ち着き、右手も大剣をしっかりと持つ。
これからの戦いは、注意しながらすることになるだろう。
構えた時、影の王が手の平ほどの大きさの球体を投げた。
それは遠くまで飛ぶことはなく、互いの間に転がり落ちる。
落ちた場所から、白い煙がまき散らす。
煙幕ッ!?
白い煙は風向きのせいでこちらに流れ、視界を白一色に塗りつぶされる。
煙幕は周り一帯に広がり、視界が通用しなくなる。残りの聴覚、嗅覚だけが頼りだ。
もし、ここで隠密魔法を知らなかったら前に出ていた。
煙から出ていき、そして隠密魔法で隠れていた影の王に殺される。
だから敢えて、白い煙の中で待ちとなる。待つ必要があった。
意識を集中をさせ、白煙のなかでも対応できるようにする。
頼れるのは触覚、嗅覚、聴覚のみ。一番頼るのは聴覚だ。
耳を澄ませる。音を聞く。
流石に音も隠すことはできないはずだ。
聞こえるのは呻き声? 誰かやられているのか?
影の王とは考えにくい。周りに配置していた暗殺者しかいない。
暗殺者がやられているのは明白だ。
馬鹿どもが。隙があると思って襲い掛かったな。
助けようと思って煙幕に出ようとすれば、そこを襲われる。
それならいっそ、ここで待ち構えたほうがいい。
煙幕は風により流れ、白い景色が消え去る。
中にいたのは十秒も経っていないだろう。
その間に、隠れて配置させておいた魔術師や暗殺者は地に伏せている。そして、影の王は消えていた。
「あいつ、煙幕はブラフか。目的は逃げるため。そのために暗殺者共を打ちのめしたか!」
一目見れば、この程度で推察できる。
逃げられた、と分かった時には追う気力すら湧かなかった。
追いかけても、逃げた暗殺者を捕まえる事など霧を掴もうとするのと一緒だ。
殺すことには特化していても、追いかけることは無理。そちらの専門に任せたほうがいい。
「暗殺者共!! 奴を追え!!」
森の中から人影が飛び出していくのが見えない。
全員、やられたのだろう。
煙幕を巻かれたのも、きっと逃げるためだ。
戦うと見せかけての逃げ、今思えば上手い手だ。
隠密魔法の話をしたのも逃げると思わせないためだろう。
「ここまで強いとは、甘く見ていた。一先ず、依頼主に報告だな」
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