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16話 雷鳴の剣、フォーリン

 護衛依頼を受け、まずはライアンの説明より先に準備をしようと思う。

 普通なら先に伝える方が良い。

 ライアンが待ってくれている。早く行った方が良いのだが、今回ばかりは事情が変わってくる。

 

 前にフィルを攫った男達と戦った路地裏に入り、途中で立ち止まった。

 

「なあ、いつまでついてくるんだ?」


 冒険者ギルドを出てから、誰かが追ってきたのは分かっていた。

 あんな面会の後だ。帰り道も警戒しないわけがない。

 敢えて路地裏に入り、誘い込んだ。

 人混みに逃げ込んでも良かった。だが、それをすれば冒険者ギルドに近寄ることができなくなる。

 

 それは、ライアンと一緒に行動できる範囲が狭くなるということだ。

 まずは誰が敵なのかを知りたい。

 殺れる相手なら、潰しておきたいのが本音だ。

 

 俺の声に、一人の少女が姿を現した。

 

「後を着けてすみません」


 丁寧に少女は謝る。

 赤髪の活発そうな少女だ。

 動きやすいように髪はあまり伸ばしておらず、軽装な鎧と右手に鞘に入った剣を握っている。

 堂々と出てくることに、少しばかり驚いた。

 

 普通、暗殺者なら影から殺すのが基本だ。それでも、バレているというのに出てきたのはよほど自信があるのか、それとも別の何か。

 

 そして、この少女が本当に暗殺者のようには見えないのだ。

 

「お願いしたいことがあるんです。いいですか?」

 

 もじもじと身体をくねらせる少女は頬を赤くしていた。

 まるで恋する乙女だが、初恋をする少女のようには見えない。

 どちらかというと狂犬のように感じた。

 

「叶えられる範囲なら……」


 そう言うと、彼女は良かったと微笑む。

 その笑みが逆に不気味に見えるのは気のせいではないだろう。

 

「私と、手合わせをお願いしてもいいですか?」


「は? 手合わせ?」


 彼女が何を言っているのか、一瞬だけだが理解できなかった。

 普通、こんな状況でそんなことを言うか? 

 今までに体験したことない状況に返答するのに少しばかり時間がかかる。

 

 脳の再起動の後、相手の意図を探る。が、情報が少なすぎて浮かぶものもなく、さらに彼女の言葉で余計に混乱するばかりだ。

 返答するまでの間、彼女は真面目な顔でこちらを見ている。

 その目を見て、理解した。

 

 言葉は本気だ。裏とか何もなく、ただ戦いだけなんだ。なら、俺も腹を括ろう。

 決意をし、頭の中で既に決まっていた答えを口にする。

 

「嫌だ。俺にメリットが何もない」


 手合わせなんかしたって、ただの時間の無駄だ。

 逆に、相手に情報を上げるだけだ。そんなの御免である。

 拒否された少女はガーンという擬音がピッタリに、口を大きく開いて驚いていた。

 断られると思わなかったのだろう。何故、そう思ったのか少し不思議だ。

 少し、考えれば分かるのに。何故分からない。

 

「そんな、どうして……。メリット、メリット……」


 それでも彼女は諦めきれないのか、先程言った俺が手合わせしてもいいメリットを必死に考えていた。

 考えすぎて頭を手で両側から押さえ、俯くほどだ。考える事少し、彼女がガバッと勢いよく頭を上げる。

 

「分かりました。なら、私の身体でどうでしょう」


「オ゛ッ!!」


 予想外以上の答えに思わず咽た。

 飲み込んだ唾液が気管の中に入り、胸が痛い。

 それ以上に、彼女の顔は本気だ。本気で言っている。頭がどうかしている。

 

「お前、馬鹿か?」


「よく言われます。もしかして、私の事調べたんですか? もしくは思考を読んだとか?」


 駄目だ、こいつ。外に出しちゃいけない人間だ。

 しかし、外に出るということはよほど有能なのだろう。

 ギルドマスターのロードリアンの言葉を思い出す。

 有能が欲しい、と言っていたけどこれは駄目だろ。お目付け役がいないと。

 

 彼女の馬鹿げた言動で、落ち着くことが出来た。

 深読みしちゃ駄目だな、これはただの馬鹿なんだから。

 そう考えると、最初の深読みしていた事がなんだかアホらしく思えた。

 

「いや、俺はお前の事を知らないし思考も読んでいない」


「そうなんですか、良かった」


 ホッと安心するように息を吐き、胸の前に手を置く。

 え? もしかして信じちゃった? 俺が嘘を言う可能性もあるよね?

 馬鹿だとは思っていたが、一人で生きていけるのか逆に心配になってくる。

 

「俺は先を急いでいる。すまんがもう行くぞ」


 もう話したくないという気持ちが一杯で、ここから離れようとする。

 

「何言ってるんですか? 手合わせがまだですよ」


 チッ! 馬鹿だが、そっちは覚えていたか! というか、俺が手合わせをやるとは言っていない。

 馬鹿だから忘れているのではないかと藁に縋る思いだったが、まさか記憶を自分の都合の良いように捻じ曲げてくるとは思わなかった。

 

 どうする、逃げるか? いや、追ってきそうだな。

 彼女が馬鹿だと想定して行動を予想すると、容易に思い浮かんでしまう。

 冒険者ギルドから追ってきたのも、尾行するように命令されたのではなくただ手合わせをしたいという思いからだ。

 傍迷惑な!! 叫びたい気持ち一杯だが、グッと堪える。

 

 さて、どう──ん?

 

「どうしたんですか? 手合わせをする気になったんですか?」


 こちらが反応を示さないことに、手合わせるする気になってくれたと勘違いして喜ぶ少女。

 違う、そうじゃない。俺が見ているのはうし──。

 

「ほう、手合わせ。それには私も一緒に付き合うんだよね?」


 恐ろしく冷たい声だ。怒りが一周回って圧縮したようだ。そのせいで激しく怒るというよりかは静かに怒る、にシフトチェンジしている。

 その声に、ビクンと身体を震わせた少女は背を伸ばした。

 条件反射なのだろう。反応が凄まじく早い。

 

 ギギギ、と壊れかけの人形のように振り向く。声のする背後に。

 そこにいるのはどこでもいるような青年だ。特に印象的な部分がない。何か捻りだすなら、温厚そうという所だろうか。

 ただ今は、怒りでかなりの圧があるが。

 

「あ、あれ? リンジャオさん? どうしてここに?」


 声が震えている。よほど怖いのだろう。今まで恐怖を植え付けられたのだと思う。

 

「どうして? それはフォーリンが姿を見せなかったからだろう」


 少女の名はフォーリンと言うらしい。知らなかった新事実だ。

 身体を対価に手合わせを要求するのに、名前は明かさないらしい。俺も、その事に気づかなかった。気づく前に、怒涛の言葉という暴力で殴られていたから、そんな暇がなかった。

 

「は、はい。すみません」


「いや、もういい。まずは俺と手合わせだ」


「いえ、それはけ──」


 踵を返して即座に逃げようとするフォーリンだが、リンジャオが左手を伸ばして襟を掴まえて急停止。襟が喉を圧迫して潰れたカエルのような声を上げる。

 その間に右手を高く伸ばし、魔力を込めて振り下ろした。

 

「この馬鹿がッ!!」


 脳天に直撃し、フォーリンは痛がる素振りを見せずそのまま地に伏せる。

 気絶するほどの一撃らしい。

 

「本当にすまないことをした。フォーリンの代わりに俺が謝る」


「いや、その」


 話の展開に追いつけず、どう答えていいか分かんなくなってしまう。

 その間にリンジャオが話を纏め始める。

 

「一先ず、もう一度冒険者ギルドに来てくれないか? 今回のこの馬鹿の事を伝えたいし、それ相応の償いもしないといけない」


「償いなんか必要か?」


「ああ、必要だと思う。まず、君、いやカインと呼ばせてもらおう。カインが協力にする上で本当に話し合ったほうがいいと感じた。冒険者ギルドでの面会で、警戒していただろう? そちらの都合の良い条件を聞いて、互いに納得のできる所で落ち着かせたい。これからも、さっきの面会みたいに警戒しながらは嫌だろう?」

 

 こいつ、見た目以上にやるな。まあ、悪い話ではないのは確かか?

 

「分かった、話ぐらいは聞こう」


「助かる。では、私は先に行かせてもらうよ」


 そう言って、リンジャオは冒険者ギルドのある方向に向かっていく。フォーリンの襟を掴んで引きずりながら。

 その光景があまりにもシュールで、当分は忘れないだろう。

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