6話 果物の衝撃
勇者アスカから完璧に逃げ切った我は、アスカに襲われた町から遠く離れたこの港町で、今後の事を考えていた。
流石のアスカでも、魔王城のあった大陸の一番端にあるこの町に、我がいるとは考えぬだろう。更に、船で別大陸に進んでしまえば、二度と会う事もあるまい。
船のチケットは既に購入してある。とはいえ、新しい町で仕事にありつけるとも限らんし、食料を買い込んでいた方が良いか? しかし、あまり買い過ぎるとお金が無くなってしまう。我の所持金は、金貨三枚と銀貨七枚。あの町で解体の仕事をしたが、書いてあった報酬は金貨十枚だったのに入っていた額は五枚だった。本当ならば、抗議をしたいところだが、あの町にはアスカがいるからな。金よりも命の方が大事だ。
船の乗船券が金貨一枚と銀貨三枚。金貨二枚で銀貨七枚のお釣りという訳だ。
我は残金を確認しながら市場を歩く。
武器は魔剣があるから必要もないし、そもそも我は魔導士だからな。魔法を使うから魔剣は必要ないのだ。
そう言えば、我の魔剣には意思があったな。ずっと収納魔法の中だから、拗ねているやもしれん。船に乗った後にでもたまには日の光でも見せてやるか。
市場で何を買おうか見ていると、店の親父に声を掛けられた。
「おい! 顔の怖いおっさん!!」
「む!? いきなり失礼な奴だな。何か用か?」
「新鮮な果物はどうだい!?」
「ほぅ」
果物か。
我らが喰っていた果物は不味かった。我としては野菜の方が好きなのだが、久しぶりにあの不味さを体感しても良いかもしれぬからな。
そもそも、復活してから何も食っとらんからな。
「何がおススメだ?」
「そうだなー。このリンゴなんかどうだ? ほれ、味見してみろ」
リンゴか。
確か、酸っぱく硬いのが特徴の果物だったな。我が苦手な果物だが……。
「む」
シャリ!!
な、なんて美味いんだ!! こんなに美味しいモノを人間は食べていたのか!!? というか、我が食っていたリンゴは何だったんだ!? アレは生ゴミか何かか!? い、いや、生産している魔族に失礼だな。しかし、この味の違いはなんだ!?
確か、近くの村の野菜を食べた時も衝撃だった。あの野菜に出会うまでは、枯れかけた野菜しかなかった。
もしかして、魔族というのは食生活が悪かったとでもいうのか!!?
そうか……。
死んだ新四天王達も食生活の不満から、人間を侵略しようとしていたのかもしれんな……。
そう考えた場合、我の責任かもしれん。
今後、こんな事にならぬよう、人間との友好関係を固く結んでおかねばな。
それより今は……。
「親父!! この金で買えるだけ売ってくれ!!」
「え? 金貨一枚かい? 結構な量だけどどうやって持ち運ぶんだ?」
「む? 収納魔法があるから安心してくれ」
「収納魔法?」
もしかして、人間には収納魔法がないのか? この情報は不味かったか? しかし、収納魔法が無いのだとしたら、人間達の物流はどうなっているのだ?
いや、収納魔法は存在するはずだ。アスカは軽装だった。神剣も収納魔法にしまっていたみたいだったが……。
「あぁ、勇者様や高位冒険者達が使うアレか!! おっさん、あんな凄いもの持っているのかよ!!」
「あ、あぁ。我は旅の魔導士だからな」
魔導士という事にしておけば、収納魔法を使ってもおかしくはないだろう。
しかし、収納魔法はそんなに便利なものなのか。
もしかしたら、この魔法を使ってお金を稼ぐ事も出来るんではないだろうか。もし、出来そうだったら、商業ギルドに一度相談した方が良いかもしれんな。
「そういえば、勇者様と言えば……」
「む? 何かあったのか?」
もしかして、どこかで野垂れ死んだとか? それならそれで、嬉しいのだが、あの子は可愛かったからな。出来れば、魔王退治など忘れて幸せに生きて欲しいものだが……。
いや、それはないな。アスカから逃げたのは昨日の事だ。流石に一日では野垂れ死なんだろう。
我が聞きたそうにしていると、親父が悪そうな顔になる。
「聞きたいか? 聞きたいよな? 実はな……」
親父はもったいぶっているが話を早く聞かせるが良い。そう思っていたのだが、突然、一人の男が騒ぎ出した。
なんだ?
「何があった?」
我は走って来た男に話を聞いた。
「ま、魔族が攻めてきたんだよ!! あの角と翼は間違いねぇ!!」
魔族が?
それはおかしいのではないか? 魔王城の血気盛んな魔族どもは我一人を残し全滅したと思うし、野良魔族の仕業か? いや、野心がありそうなのは魔王城に集まっておったから、それもなさそうだ。
生き残りか? とも思ったが、それもおかしいかもしれん。
そもそも、アスカが魔王城にいた魔族を見逃すとは思えない。
そう言えば、我が封印される前は魔族の子供がいたが、どうなったんだ? アスカが魔族の子供にまで手を下すとは考えたくもない。
い、いや、あの狂気に満ちたアスカなら在り得るか?
どのみち、このままでは魔族の評判が更に落ちてしまう。
魔王である我が説得するしかないんだろうな。
「親父!! 果物を用意しておいてくれ! 我は魔族を撃退してくる!」
「おっさん!! 危ねぇぜ!!」
「大丈夫だ!! 我はこう見えて高位の魔導士だからな!!」
我は町の入り口まで走った。
町の入り口付近では門番が必死に魔族を止めていた……。
ん? ま、魔族?
そいつは、確かに羽に角が生えているが、こいつは魔族ではない。
「だから帰れと言っているだろうが!!」
「だから、わいは魔族や無いて、言うてるやろが!!」
「いや、その角と翼が証拠だ!!」
「アホか!! 魔族でなくても翼と角が生えている種族くらいおるわ!! この鼻見ろや!! ボケが!!」
鼻が特徴……。
もしかして、こいつ……。
我は門番に話しかける。
「おい、そいつは魔族ではない。そいつは天狗人という亜人だ」
「お!? わい等の事知っとる奴がいて助かったわ。この偏屈なおっさんに言うたってくれ!!」
「ど、どういう事だ?」
「そうだな。亜人を知っているだろう? この港町にも豚人や犬人などがいたのだから知らぬわけはない。彼は羽と角が生えているが、亜人だ。天狗人の特徴は、長い鼻だな」
「せや!! 薄汚い魔族と一緒にされたら困るで!!」
魔族を薄汚いといわれると、少し腹が立つな。
「そもそも、お主らは魔族という種族の事を、どこまで知っておるのだ?」
「んあ?」「え?」
「人間にだって悪人はいるだろう? この町に来る前にいた町で悪徳商人に騙されかけた。まぁ、知り合いの子が暴れて、騙される事は無かったのだが、人間にも悪い奴がいるように、魔族にもいい奴もいる。少なくとも、我の知り合いの魔族は人間と友好を結びたいと願っておったぞ?」
うん。我の事だけどね。
我の言葉に門番殿も考えてはいる様だ。
門番は町の警備隊に所属している者が、順番にやっているそうなのだが、人間でも人を殺したりするらしい。それを見ていると、我の言った事もあり得ると思ってくれたのだろう。
もしかして、話をすれば通じるんではないのか? ここで、我が人畜無害な魔王と言えば、友好を……。いや、落ち着くんだ。アスカにそれをしたが、問答無用で殺しにきおった。
も、もしかして、人間の王に話をすれば……魔王である我が和平交渉をすればいいんじゃないか!! 我、天才!!