2話 できれば平和に暮らしたいのだが?
「お、追ってこないな」
我は、街道沿いの木々に隠れながら、来た道をそーっと見る。
よし、勇者は追ってきていないな。
しかし、勇者アスカがあれほど強いとは思わなかった。しかも、我に憎しみまで持っている。濡れ衣なのに……。
あのまま戦っていれば、我は殺されていただろう。
正直に話すが、我は手加減をしていた。だが、本気でやっていたとしても、我は殺されていただろう。
我が逃げることで、魔王軍は滅亡するだろう。そんなことは些細なことだ。しかし、代々続く魔王城を捨てるのは、勿体ない感じはするが、我の命の方が魔王城よりも大事だ。
しかし、なりふり構わず逃げてきたが、ここはどこだ?
逃げた方向を考えると、我の記憶ではこの近くに人間の村があったはずだ。
その村は、魔王城に野菜などを卸してくれていたので友好的だったはず、一度行ってみるか……。
「うそぉーん……」
村があると思っていた場所には、村の残骸とも呼べる瓦礫の山と無数の墓が建っていた。
え? どういうこと?
我の知っている村は、おじいちゃんやおばあちゃんが農作業に勤しむ長閑な村だったよ? 何これ?
あ、あそこに男性が一人いる。一度話を聞いて……。
魔王である今の姿では不味いか……。人間に化けておこう。
さて、魔族の象徴である角も消えたし、これで問題は無い筈だ。
我は、瓦礫を片付けている青年に話を聞くことにした。
「ここに村があったはずなのだが、何故こんなことになっているのだ?」
我が声をかけると青年はビックリしていた。
これはアレか? 我の顔が怖いからなのか?
「あぁ……あんた、顔が怖いな。盗賊か何かか!?」
ひ、酷い!!?
この顔は生まれつきであり、盗賊ではないぞ!! ……魔王だけど……。
「盗賊ではない。以前、この村の者に世話になっていたのだ。で、この村を訪ねてきたのだが……この有様だろう? 何があったのか聞きたくてな」
「そうか。この村は俺の故郷で、その昔は魔族ともうまくやっていたらしい」
そうだろう?
我は別に世界征服など興味がなかったし、この村で採れた野菜が大好きだったからな。
「だが、魔族を信用したせいで、この村は滅びちまった……」
「ど、ど、どういうことだ?」
「信じていた魔族が襲って来たんだよ!! 魔王四天王の『ラウム』が襲ってきやがったのさ!!」
また、我の知らない四天王か―――――!!!!
アイツ等本当に迷惑だなぁ!! 我達が必死に積み上げてきた信頼をこうもたやすく潰すとは……これは制裁が必要……いや、もう殺されてるんだよね?
アスカちゃんは有能だなぁ~。
と、ともかく、誤解を解かねば……。
「い、今の四天王は……「俺は魔族が許せねぇ!!」」
そうですか……。そうですよね? 許せるわけがありませんね。
はぁああああああああ……。
溜息しか出ないよ。
我は、肩を落として村を出た。
青年にも一緒に行こうと言ったのだが、村をこのままにしておけないと残るそうだ。
我もこの村の為に何かしてあげたいけど、勇者がいつ来るか分からないから、今は逃げさせてもらう。
村を出た我は、眠る前の記憶を思い出す。
確か、ここから北に行ったところにも町があったはずだ。
飛べば早いのだが、飛んで勇者に見つかったら元も子もないからな。
我は、街道に出たところで、ちょうど馬車が通りかかったので、お金を出し乗せて貰うことで町へと向かった。
さすがの勇者でも、我が人間と一緒に馬車に乗っているとは思わんだろう。我賢い。
町に到着すると、門番が市民カードとやらの提示を求めてきた。
困ったぞ? 我はそんなもの持ってはいない。
我は市民カードを持っていない場合のことを門番に聞いてみた。
すると、市民カード自体門番が販売しているらしく、金貨一枚と高額だったが、手に入れることが出来た。
お金を持っていてよかった。
「えっと、金貨の支払いを確認しました。これが市民カードです。名前は?」
「我は……」
バルバトスと名乗るのは危険すぎる。
さて偽名はどうしようか……。
バル? さすがに安直すぎるというモノだ。
バトス? いや、これも単純だろう。
どうしようか……。
よし、魔王だから『マオ』そう名乗ろう。
これなら、バルバトスという名前からほど遠い名前になる。
「我の名はマオ。マオと登録してくれ」
「はいよ」
市民カードにはマオと書かれておる。これで市民カードは手に入れた。
しかし、この写真と呼ばれる顔、凶悪過ぎると思うのだが……いや、我の顔はこんなものなのか?
そうだな。これからのことを考えれば、冒険者にでもなって、お金を稼がねばなるまい。
「冒険者ギルドというモノに登録したいのだが、どうすれば良い?」
「あんた、冒険者をやるつもりなのかい? やめときな。あんなモノ命がいくつあっても足りやしない」
「ふむ、とはいえ働かなければ喰うことも出来ぬ。我は平穏を求めているのだ」
「平穏を求めているなら、商業ギルドに行くことをお勧めするぜ。あんたほどガタイが良ければ、肉体労働も出来るだろうよ」
「ほぅ。有益な情報ありがたく頂戴する。では、失礼」
商業ギルドか。
確かに冒険者になどなってしまえば、いつ勇者と顔を合わせてしまうか分かったモノではない。
暫くこの国に留まって、ほとぼりが冷めた時に逃げるとしよう。
我は商業ギルドへと行き、仕事を探す。
鉱山の荷物運び、商品の荷物運び、岩山の解体、空き家の解体。
日雇いの仕事はいろいろあるな。
この中のモノをこなせばお金が得られるのだろう。これでしばらくは生活できそうだ。
「済まない、この空き家の解体というのを受けたいのだが?」
「はいはい……って、おじさん、ものすごく怖い顔をしているね」
受付嬢にいきなり人相のことを言われてしまったぞ。そんなに怖いか? かなりショックだ。
「顔は生まれつきなのだ。済まないな」
「いえいえ、こちらこそ失礼でしたね。で? このお仕事ですか?」
「あぁ、人数の割には報酬が高いみたいでな」
「そうですね。普通に考えれば、この条件で受ける人がいるわけないんです」
「ほぅ、何故だ?」
「家一軒を解体するのに一人でって、頭がおかしいでしょう?」
そうなのか? 人間の基準がわからぬのだが、無理なのか?
家一軒くらいならば、魔法を使えばたやすいと思うのだが、しかし、ここで迂闊に魔法を使ってしまえば、勇者に察知されてしまうかもしれぬ。
ふむ、肉体労働でどうにかなるか試してみるのもいいな。
「その仕事を受けようと思うのだが、手続きをしてくれまいか?」
「え!? 本当に受けるんですか?」
「あぁ、背に腹は替えられぬからな。この仕事は今から行けばいいのか?」
「うーん。明日の朝からでいいんじゃないですかね? 今日の宿代はありますか?」
我は財布の中身を見る。銀貨が七枚。先程金貨を取られたのが痛かったな。
「銀貨七枚で宿に泊まれるだろうか?」
「問題ないでしょう。宿を手配してあげましょう」
「それはありがたい」
これで、今日の宿は確保できたぞ。
明日からは、マオとして平和に暮らすんだ。勇者はどこかで、野垂れ死んでいてくれるとありがたいんだけどなぁ……。
我は案内してもらった部屋のベッドで寝転ぶ。
今日は色々なことがあり過ぎた。
しかし、あの勇者の強さは異常だろう……。そもそも今回の四天王がどれほどの悪事をしてくれたのかがわからぬ以上、人間との友好など、夢のまた夢だろう。
ふぁ~。
欠伸が出たな。封印されていたとはいえ、眠気はある。明日も早いからもう寝よう……。
ゾクっ!!!!
今の悪寒は何だ? 窓の外からか!?
我は窓から外を見た。
そこには、満面の笑みを浮かべ、我の部屋を見上げている勇者アスカがいた。
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