ラーメンちゅーぶ
「ジメジメ鬱陶しいこの季節……やっぱり爽やかにラーメンね!」
聖痕十文字学園中等部2年。炎浄院エナがキラリと眼鏡を光らせながら、またぞろよくわからない気炎を上げていた。
謎のJCラーメンブロガー『なえタン』の中の人として、今日もラーメン取材に余念のない彼女に、
「てゆーか何で俺まで……こんな蒸し暑い日にラーメンなんて食いたくねーよぉ!」
梅雨曇りの聖ヶ丘商店街を意気揚々と歩くエナの背中を追うのは、彼女のクラスメート。
ツンツン頭の時城コータだった。
GW中の宿題をエナに写させてもらった「代償」として、彼女の「取材」に付合わされているのだ。
「仕方ないでしょコータくん。今日からコータくんには『カメラマン』をやってもらうんだから!」
「カメラマン~?」
ツインテールを弾ませながらそう答えてるエナに、コータは訝るように首を傾げた。
「そう。いつまでもブログやサエズッターだけってのも能がないでしょ? 今日からヨーチューブであたしのラーメンチャンネルを開設するの!」
それが、コータがエナに付き合う理由みたいだった。いま話題のヨーチューバーとしてデビューする気マンマンらしい。
「いやーエナ。まだ中学生なのに、そーゆーのはどうかと……」
「いーえやるわコータくん! だいたい今のラーメン絡みのヨーチューバーどものあの体たらくはいったい何?
ただラーメン食べるところを自撮りしてうんまいうんまい言ってるだけなら馬鹿でもできるわ。
僕を見て! 僕を見て! って自己顕示欲ばかりが先走って気持ち悪くて見てられないっつーの。
もっと地域や系列店や店主の出身店毎に分かりやすく整理して、味の方もスープ、タレ、麺、具材ごとにちゃんと自分で味わったモノを心をこめて解説してくれたら、あたしだって絶対チャンネル登録するのに……!」
なんとか止めようとするコータだったが、エナはツインテールをプルプル震わせて聞く耳を持たない。
どうやら既存のチャンネルに、かなり不満があるみたいだった。
そんなわけで業を煮やして自分のチャンネル『なえタンTV』を立ち上げたエナ。
カメラマンのコータを連れて、彼女が第一回の配信に選んだ店は、地元聖ヶ丘の人気店『闇野川圧勝軒』だった。
だが、しかし……
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「エヘヘ……どーもこんにちは。なえタンでっつ!」
入店した圧勝軒のカウンター席で。
全身をギクシャクさせたエナが、引き攣った笑顔でコータが構えたスマホのカメラに挨拶している。
エナ……まったく動画慣れしていない! コータは早くも、いたたまれない気持ちになってきた。
おまけに、さすがに顔出しはマズいと思ったのだろうか。
左手の甲で自分の目元を隠して、媚び媚びの笑顔をカメラに向けるエナの姿は……
なんか、どう見てもヤバイ!
「エナやめろ! 顔の方はあとでスタンプ使って隠せるから。なんか……別のサイトの動画みたくなってるぞ!」
コータが顔を真っ赤にしてエナを止めていると、さっき注文したラーメンが着丼する。
「ハイ。圧勝軒さんで今日頼んだのは、この味玉醤油ラーメン。ウワー美味しそー。量もすごーい! 美味しそー。香りもいーい。美味しそー」
ズルズルズルズル……相変わらずギクシャクした動きでラーメンを紹介しながら、カメラ目線で麺をすすっていくエナの姿。
コータは、ますますいたたまれない気分になってきた。
スマホのモニターごしに見てさえ寒いことが多い食レポ関連の動画……直接目の前で見てると、その何倍も寒いことになっている!
あまけに鋭い舌鋒で繰り広げられるエナのラーメン評が……ラーメンブログでのエナの持ち味が、まったく活きていない!
むしろエナが批判する、そのへんのヨーチューバーより……更に痛い動画になってしまっている!
「圧勝軒さんの今日の一杯。ごちそうさまでしタンタカターン!」
周囲の客もエナに注目する、凍り付くような空気の中で。
味玉醤油ラーメンを食べ終えたエナが、元気に食後のパンチラインを叫んだ。
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その後、コータの手による動画編集でどうにか配信された『なえタンTV』の第1回配信は、想像を絶する痛々しさでエナの心を折りまくり、一部のラーメンファンに生暖かい笑いを振りまいた後、3日で削除された。
エナがヨーチューブ云々の文句をコータに垂れることは2度となくなり、今日もブログでのラーメンレポートのため、エナはせっせと食べ歩きにいそしんでいるのである。