死者の激情
残酷な表現が多々出てまいります。
苦手な方はご覧にならない方がよいかと思われます。
「みなさんありがとうございます。お礼にもしよろしければみなさんに同行させてもらえませんかな?」
とある街から少し離れた森の入口、行き倒れの老人を見つけ介抱した俺たちだが、元気になった彼に頭を下げられ戸惑う。
盗賊(本人申告16歳乙女、桃色の目と同色のふわふわポニーテール)と出会い、次の仲間探しを始めてから数日たったある日の出来事。
老人はつるっぱげの頭にとんがり帽子をかぶり、ローブを羽織ったいかにも魔法使いという外見であったからそこは否定しない。
だがいきなりそう言われても・・・。
「おい!その爺さん俺たちの仲間だ!」
導きの珠を取りだしていた神官が驚きの声を上げた。
「えぇ?!今朝は遠くに反応があるって言ってませんでしたか?」
盗賊が聞き返すも間違いない、と神官は難しい顔をした。
そんな状況の中、
「ふぉっふぉっふぉ。ちょっと飛行魔法を使って散歩しておりましてな。
だがこの老いた身、知らず知らずのうちに無茶をしたようで、ここで力尽きてしまったのです。
いやぁ、みなさんが通りかかってくれて助かりましたよ。そうですか、この年よりは選ばれた仲間でしたか。」
妙に受け入れが早い爺さんでありがたいやら何やら・・・。
しかも。
「これで仲間は全員なんですね。」
勇者がそれぞれの顔を見回す。
導きの珠は、ここにいる者で全てだと俺たちに告げたらしい。
勇者、戦士、神官、盗賊、魔法使い、従者。
約1名を除けば確かにオーソドックスなパーティの完成。
「これで妻を助けに行くことができます!」
その約1名、従者が感慨深い表情で泣きそうになっている。
「泣くな、うっとおしい!」
神官はうざったそうな顔で従者を怒鳴っているけど目がうるうるしている。
完全に泣くのを我慢している顔だ。
まったく、素直じゃない。
とりあえず現状把握と先の方針をはっきりさせるのは俺の仕事。
「それじゃぁ次はどうしますか?全員集まったんでこのまま魔王の国に乗りこみます?」
俺の言葉で一度街に戻り作戦会議。
結論としては人間が魔王の国に入る為に必要な通行書を持っているという魔王の弟の元へ行く事が決定した。
通行書がないと国境の壁に弾かれてしまうらしい。
魔王の弟がいるのは今回の戦争で一番早く魔王に滅ぼされた人間の国、軍事国家レーバが存在していた地域。
軍事国家レーバ。
久しぶりに聞いた懐かしい響き。
俺の故郷だ。
魔王の国と隣あい、常に魔族や魔物と小競り合いがある為、軍事に長ける事となった国。
俺の強さもずっと魔族との戦場で鍛えられていたから。
まさに灯台元暗し。
そんな人物がいるとは知らなかった。
そう言えば魔王は『任せるつもりだった者がいなくなった』とか言ってたな。
つまり三副将の代わりに自分の弟を呼んだのかもしれない。
とにかく方針は決まった。
今日はそれぞれ準備に必要な物をそろえる為街へ出る事にする。
盗賊は情報をより詳しく集める為、ひとりでどこかへ行ってしまった。
神官もこの街の神殿で情報や物資を調達するらしい。
魔法使いは従者が魔法を使えそうだと言い出し、従者も頷いたので魔法の勉強会。
俺は必要な物の買い出しへと勇者を連れ出した。
やっと作ったふたりだけの時間。
俺の心が浮かれていると同時に不安に揺れる。
今彼女と一緒にいるという幸せとレーバの現状を考える憂い。
それでも、それでも今は、今だけは幸せをかみしめていたい。
武器と防具の店であれやこれやと装備を新調し、道具屋や薬屋を除いて必要な物を買い集める。
それらを腰についているマジックポーチに放り込み、ついでに昼食をふたりで食べて。
弾む心が抑えられない。
いろんな装備を身につけながら俺に思ったままの意見を言ってほしいと恥ずかしそうに強請る勇者。
同じような物でもあっちの方が安かったと俺の服の袖を引っ張る勇者。
布製と草製、どっちのロープがいいのかと真剣な顔で悩む勇者。
「おいしい!」と言いながらサンドイッチを幸せそうにほおばる勇者。
こんな勇者を見ていたら勘違いしたくなる。
勘違いしたくてひっぱりまわしているの間違いじゃないのかと心の中の俺が嫌らしく笑うのは振り払った。
昼食が終わったあとも街を歩けば女性用の服飾店でガラス越しに美しいドレスが飾られている場所にたどり着く。
俺が考えていた通り、年頃の女の子らしく何点かを通りすがりにうっとりと眺めていて、どれも似合うだろうな、と思っていたら。
彼女は数件先にピタリと照準を定めると一気に駆け出し、ガラス張りのケースにある商品をかみつきそうな勢いで眺め始めた。
そこは時計屋。
あぁそうか、と俺は頭の中でひとり反省会。
彼女は何よりも時計を愛しているのだった。
「中に入って見せてもらいますか?」
尋ねると心の底から嬉しそうに笑うも、
「でも、高そうなお店だし・・・。」
とチラチラと俺の顔と時計を交互に見ながら躊躇う表情も可愛い。
「大丈夫ですよ。ほら、ね。見てみるだけでもきっと楽しいですよ。」
すると彼女はコクンと頷き、店の中へ。
俺も彼女の後ろから店へと足を踏み入れた。
すでに彼女は時計に吸い寄せられ、あれこれ小さく呟きながらも夢中で目を輝かせていた。
勇者のこんな表情は今まで見た事がない。
きっと本当に好きなのだと思う。
俺の存在なんて忘れているんじゃないかと思うほど。
でもこんな顔を見る事ができただけで幸せな気持ちになれる俺はお手軽だ。
普段はやりたくない事をやらせているんだという罪悪感も滲んで複雑そのもの。
どうして俺の幸せな気持ちはそのまま素直に幸せなままでいてくれないのだろう。
そんな俺をさておいて、店員は少々難しい顔をしている。
まぁな、俺も勇者殿もあまりお金を持っている様子もないしな。
しかも俺はこんなひげ面だし、勇者は店員の進めるきらびやかなアクセサリーのような時計より武骨でいかにも機械仕掛けな物を舐めるように眺めているし。
それでもま、客と思ってくれているからそうっとしておいてくれている。ありがたい。
俺もショーケースを眺めた。
ふと目に入る一対。
そうだ、と思わず目を細めた。
「これ、欲しいんですけれど。」
とたんに店員がものすごく愛想よくなった。
まぁな、2つで一組として売っているとはいえ値段としてはこの店でトップ5に入るからな。
すると勇者が興味津々でそれを覗き込んでくる。
「懐中時計、ですか?」
「えぇ。」
そして美しい箱にそれを収めようとする店員に断りを入れ、さっさと金を払ってしまうと1つを勇者に渡した。
鈍く光る黒っぽい金色の蓋には月、星、太陽といった天体をモチーフにした細かい細工が施されているにも関わらず、
中はシンプルに針と文字盤だけの時がわかりやすい仕様。
「こっちは勇者殿が持っていてください。」
もちろん勇者は戸惑う。
「ちょ、ちょっと待って!こんなに高い物・・・!!」
そりゃま、思いっきり値札見られているからそう言われるけれど想定内。
俺はにっこり笑って使い方を説明する。
「これ、マジックアイテムなんですよ。正確な時間を知らせるのはもちろんなんですけれど、わざと一方を1分早めるとほらこっちも・・・。」
「あれ?こっちも1分早まりました。」
「そう、連動しているんですよ。例えば離れた場所で同時に行動・・・呪いのかかった石像を壊すとか、そういう類ですね。
時間を最初から決めておけば、狂いなく同じ行動を取ることができる、と。あと待ち合わせでも使えますね。
もし今のパーティを二手に分けるとしたら、俺と勇者殿は近距離直接攻撃役兼盾役として絶対に別れる事になります。
他の誰が持つよりも俺たちが持っていた方がいいです。
それと、どちらかが壊れたら、その時はもうひとつも壊れるんです。
そばにいなくても、何かあった時はこれを壊せば『助けが必要かも』とかどれだけ離れていてもわかりますから。」
肉体労働担当にしてはうまい言い分けができたと思う。
何も知らない彼女をだますようにしてお揃いの物を持ってもらうというのはほの暗い喜びにしかならないけれど、これぐらいは許されたい。
実際彼女は俺の説明を聞いて感心したように深く頷いた。
「そうか、そうですよね。なるほど。さすが戦士さん。でもだったら必要経費から出します!
王様からいただいているお金はこういう事に使わないと・・・!」
「いえいえ、これは俺が『あれば便利だな』と思った程度の補助アイテムですから。俺の財布で問題ありません。」
初めてのプレゼントを人の金に頼るほど俺は解消ナシでも情けない男でもない。
と心の中で付け加える。
「そうですか・・・。わかりました、大事にします。」
そういうと彼女は懐中時計の鎖部分をマジックポーチの金具部分に取りつけてからマジックポーチの中に入れる。
「こうやったら普段からすぐ取りだせますもんね。」
いつでも眺める事ができるようにと。
あぁ、本当に嬉しい。
嬉しすぎて今すぐ彼女を抱きしめたいほどに。
そんな事はもちろんできないが店員の俺を見る目がぬるい。
更に。
「んーっと、じゃ、次に戦士殿が必要だって思った物は遠慮なく言ってください!今度は私が私のお財布で買います!」
店を出てからもウキウキとしながら彼女はそう言った。
買ったばかりの懐中時計を時々取りだしてはニコニコしながら眺めて、また大事そうにしまって。
ここまで喜んでくれるなら買ってよかったと本当に思う。
しかも次の機会には彼女が俺に何か買ってくれる約束まで。
彼女が買ってくれる物ならスライムの乾物でもコウモリのハネでも俺は喜んで受け取るだろう。
そんな事を考えているうちに最後の目的地である本屋に。
「うーんと、レーバの地図と・・・本も少しあるといいかな?
盗賊嬢がちゃんとした情報を集めてくれると思うんですけど自分もわかっていた方がいいですよね?」
勇者はそう言ってレーバの地図や地形について書かれた物に手を伸ばした。
俺はそれを遮る。
買ってもムダ。
俺は少なくともわかりきっている。
「ここにある本は魔王軍が攻めてくる前の物ばかりですよ。
現状は魔王軍に支配されているのでかなり違っていると思います。
どっちかと言えばレーバまでの地図と、あとこれとこれ・・・レーバに多い魔族や魔獣について書いてあるからこれがいいですね。」
おすすめの本をさくさくと選ぶ。
え、とか、あ、はい、とかそういう返事ばかりで疑問符を浮かべる勇者に振り返り、笑った。
「俺、レーバ出身なんですよ。魔王軍との戦いで最前線にいました。生き残りなんです。家族は全員亡くなりました。」
嘘は言ってない。素性を隠しているだけ。
とたんに勇者の表情からさっきまでの楽しそうだった様子は消え去り、まるで自分が痛いかのような顔になる。
俺はそれに気が付かないふり。
会計処まで本を運び、お金を払いながら話を続けた。
「地図はね、俺自身が修正を加えたものを見た方がいいですね。潰れた道や干上がった川もあるし、水に沈められた村もあるんで。
最近は戻ってないから変わっているかもしれないけれど、売っているものよりかは正確な自信はありますよ。逃げる時頑張ったんです。
あと魔族と魔獣についてもあらかじめ弱点とか、反対に得意技とかちゃんとわかってると対処しやすいですからね。
初心者なのは仕方ないですから、その分を埋める事を考えましょう。もちろん練習もつき合いますよ。」
店を出て、にっこり笑う。
「大丈夫、心配いりません。」
だから。
「勇者殿が泣きそうな顔をしなくていいんですよ。」
優しい勇者は泣けない俺の代わりに涙を浮かべている。
でも、それがこぼれる事はない。
「はい。」
ただ、力強く頷いてくれた。彼女はきっと今心の中で打倒魔王を誓ってくれたに違いない。そういう人だから。
今の俺はそれだけでいい。
ふたりで並んで宿へ帰る。
心なしか彼女の歩みはさっきより早い。
「私も魔法の練習しなくっちゃ。」
どうやらそういう理由らしい。
俺の過去をわずかでも聞いてやる気に変換してくれたのか、宿に置いてきた従者が心配なのか。
どちらかはわからないけれど確かに彼は不器用だから失敗もたくさんしているに違いない。
神官も出かけている事だし、治癒魔法を使う事ができる勇者が早く戻った方がいいかもしれないし、さすがは勇者。
攻撃魔法も使える素質があるようで、爺さんも俺たちが戻ったら勇者に基礎から教えるって言ってたっけ。
彼女の顔はもう、従者の事を思いつつ、勇者の表情へと変わった。
さっきまで時計ひとつではしゃいでいた彼女ではない。
完全に切り替わった。
急ぎ足で進む道。
もう少しふたりだけで過ごしたいという俺の心は置き去り。
焦るな、と冷静な俺が心の中で呟く。
今はその時ではないと。
今は世界を、彼女の思いを最優先にすべきだと諭す。
そして俺自身も打倒魔王を忘れるな、と刷り込んでゆく。
忘れない、忘れるはずもない。
今回の行き先がレーバに決まったのは己への戒めなのか。
俺も心の中を切り替える。
レーバは今どうなっているのだろう。
人間は生き残ったほとんどは国外へ逃げたが少数ながらこっそり隠れ住んでいる人もいるというのは聞いている。
どんな暮らしをしているのか、何を考えているのか。
想像はついても想像でしかない。
レーバの事を考えながら髭を少しだけ抜く。
レーバから逃げだしてからついたこの癖は痛みと同時に頭をすっきりとさせてくれた。
赤い毛が俺の指に残り、弧を描く。
まるで笑っているかのように。
気が付けば宿屋。
「私直接裏庭に行きますね。」
勇者は従者と魔法使いがいるであろう場所に向かって走り出した。
「頑張ってください!」
俺は笑いながら手を振ったあと、ひとりで部屋に。
窓から裏庭を見下ろせば、3人で水浸しになっている。
水系統の魔法の練習か。
小さく息を吐いた。
自分の気持ちを切り離せ。
これからしばらくはレーバの事だけで頭の中が埋まるように。
次の日から俺たちはレーバに向かった。
昨晩のうちに俺の口から全員に、俺がレーバ出身だと告げてある。
盗賊や神官の話に加え俺からの助言、そして導きの珠がやはりレーバを指し示すという事を確認し旅立つ。
聖女と勇者がいた国を出ていくつかの国を抜けるまでは馬車で。
しかしレーバの国境近くになると大きな道はレーバからの魔族や魔物の侵入を防ぐ為封鎖されている。
最もこれは盗賊から話を聞いていたので俺たちは徒歩に切り替え、まずは国境越えを目指した。
もちろん聖女と勇者の国を出てからは魔族や魔獣の襲撃は日常茶飯事となっていたがこれからはそれ以上になる。
山道に入ったとたん、隠れていた狼型の魔獣が集団で襲い掛かってきた。
しかしその前に危険を察知していた盗賊によって俺たちはもちろん準備ができている。
即座に一歩前に踏み出して俺は大剣を振るった。
あっというまに2頭の首が胴から離れる。
その隙をついて襲ってくる奴の攻撃を盾でふさげば、その陰から勇者が飛び出して剣を振るい、1頭の額に剣を命中させた。
その一撃は神官による攻撃力上昇の魔法がかけられおり、攻撃を受けた魔獣は一瞬で吹っ飛んだ。
一方盗賊は飛び道具が得意らしく矢じりのようなもの(遠い国で『クナイ』と呼ばれているらしい)を投げ攻撃している。
神官は様々な補助魔法。
魔法使いは従者と共に風の魔法で魔獣たちを翻弄していた。
最も従者の魔法はまだまだ物足りない物ではあったが、爺さんいわく「一緒に使えば相乗効果が期待できますぞ。」らしい。
確かに個々で使うよりかは威力が上がっているのを感じた。
気が付けば魔獣は全滅。
もちろんこれだけではない。
歩くたびに何かしらが俺たちに襲い掛かってきた。
その度に倒し、状態によっては逃げ切りったり隠れたり。
山の中をひたすら歩き続ける。
こんな事を繰り返しているうちに徐々に勇者と従者はできる事が増えていった。
少しずつ強くなる。
夜は身を寄せあい、眠らずの番を交代で行いながらなんとか休息を取った。
一番眠らずの番を引き受けてくれたのは従者。
「私は戦闘であまり役に立ちませんから、せめてこれぐらいはさせてください。」
そんな彼の言葉に甘えたのは事実。
時折勇者が起き出しては彼と話をしていたけれど知らないふり。
寒いから、と従者は彼女を自分の隣に招き寄せる。
地面に座った状態でふたりで一枚の毛布にくるまり、微笑みあう。
全部、気が付かないふり。
それができたのは会話の内容が『従者とその妻の愛の軌跡』を従者が熱く語るというものだったから。
うん、うん、すごいですね、愛し合っているんですね、と勇者は微笑みながら相槌を打つ。
絶対に奥さんを助けましょうね、と誓う。
彼女はその目に切なさを滲ませているけれど、従者は気が付かない。
きっと彼女本人も気が付いていない。
魔族に気が付かれないようたき火もできない夜なのに、月明かりが彼女と彼を照らすから嫌でもふたりの姿が浮かび上がる。
その場だけがやけに神聖な場所のよう。
俺はぎゅっと目を閉じる。
そんなに妻を愛しているなら彼女と一緒の毛布にくるまる必要はないだろう。
勇者が寒さに震えているなら自分の毛布も渡せばいいんだ。
従者は弓の弦を引けば自然と体が温まるはず。
実際俺は眠らずの番の時は他の人の眠りを邪魔しない範囲で素振りをしている。
その程度の事も考えられないのか。
そんないらだちを心に押し込めた。
眠ろう、眠らなければ明日に差し支える。
もう少しすれば自分も交代で眠らずの番をするのだ。
俺が握りしめているのは勇者と同じ懐中時計。
時間を決めておけば魔法により振動して時間を教えてくれるのだ。
この時計と同じものが、彼女にも彼女と彼の二人の時間の終わりを教えてくれる。
同じ動きをする一対の懐中時計。
こんな事に役立つとは思ってもみなかった。
不安定な睡眠に沈みながら秒針が動くのを感じる。
こんな日が繰り返されたのち、俺たちはついにレーバにたどり着いた。
そこは俺の知っているレーバに似て否なるもの。
山から降りながら見ていた景色だから覚悟はしていたけれど、実際にたどりついてみると改めて心が深いところへ沈んでゆく。
焼かれた村、放置されているのは元は人間だったであろう残骸、草に覆われ尽くした畑、魔に侵されいびつになった虫。
「魔王が攻めてきたらこんな風になってしまうんですね・・・。」
盗賊がくしゃりと顔を歪めながら呟く。
いや、ここは人が少ない田舎の村だし魔王の国から遠いからこのぐらいで済んでいる。
避難できた住民もいたのだろう。
そういう雰囲気はある。
たぶん犠牲になったのは足手まといになると理解し、諦めをつけ、せめてずっと過ごしてきた村で一生を終えようとした老人たち。
実際そういう村は俺がこの国で戦っていた時にもいくつかあった。
いくつもあったのだ。
どれだけ俺が強くてもこの手で守れなかった人はたくさんいる。
無力、無力、無力。
ただそれだけ。
今ここに魔族はいない。
蹂躙しつくして何もなくなり、捨てていったのだろう。
風が雲を運ぶだけの場所。
俺はただ目を閉じ、立ち尽くしながら祈るのみ。
気が付けば勇者が口をきつく結んだまましゃがみこんで、以前は人だった存在を集めていた。
「勇者殿・・・。」
「お墓、作りましょう。せめて魂だけでも救われた方がいいじゃないですか。ね、神官殿、そう思うでしょ?」
笑わない、泣かない、決意だけ目に秘めて、彼女は言う。
「そうだな。」
神官も頷き、他の面々も賛成したが、俺は首を横に振った。
「気持ちは嬉しいです。でも、それは平和になってからでかまいません。
今は一刻も早く魔王を倒す事が先です。そうすれば犠牲は少なくて済みます。」
こんな事が二度と起こらないように。
「先を急ぎましょう。盗賊嬢、隠れている人達の居場所はわかってるんですよね。教えてください。
一番最短でなおかつ安全な道を考えて案内します。」
俺がそう言うと勇者は寂しそうな顔をした。
そんな顔をさせたいわけじゃない。
そうじゃないんだ、でも・・・。
「そうですね、そうしましょう。」
盗賊が真っ先に賛同してくれた。
「わかった。だが浄化の祈りだけは捧げる。アンデット化もこれで防げるからな。」
続いて神官も同意して広範囲に祈りを捧げてくれた。
魔法使いの爺さんは無言で頷いてくれる。
従者は勇者の肩を抱き、何かを小さく彼女に囁いた。
彼女は何度も彼に対し頷いている。
そして顔を上げた。
「ごめんなさい、戦士殿。戦士殿が一番辛いのに・・・。」
「いいえ、大丈夫です。」
俺は笑った。
そう、大丈夫。
今はまだ心が張りつめているから。
「行きましょう。場所はここです。」
神官の祈りが終わったのを見計らい、盗賊が地図上のとある場所を指さした。
それはここからそれほど遠くない、地方都市のひとつ。
「わかりました、行きましょう。」
素早く頭の中でルートを組み立て、俺は歩きだす。
みんながその後についてくる。
遭遇率は低くなるようにしたつもりではあったけれどほどほどには出現する魔物や魔族は速攻で狩った。
そうしてたどり着いた地方都市。
魔族たちの追跡を逃れ、何度も慎重に慎重を積んで俺たちは人間たちが隠れている場所にたどりついた。
もちろんこの場所を魔王軍に知られてはいない。
「魔王の弟がどこにいるのか教えてほしい。」
こちらが勇者一行である事を告げ協力を求めると渋られた。
いわく、レーバには昔『魔王以上の魔王』と呼ばれた王子がいて無双の働きをしていたが魔王軍にあっけなく殺されたと。
最強と言われた王子ですら倒せなかった魔王軍を勇者とはいえ女も含んだ6人で何ができるというのかと。
・・・そうか俺は殺された事になっているからな。
こっちの都市は魔王の国から離れていた事もあってあまり訪れる事もなかったし、顔を知られていなくても当然か。
だからと言って今更俺がこの国の王子だったと勇者たちにばらすのも・・・。
「でも、魔王を倒すには魔王が弱っている今、魔王の国に行くしかないんです。
お願いです、魔王の弟の場所を教えてください。必ず魔王を倒します!」
勇者が必死で頭を下げている。
すると人々は何やらぼそぼそと話し合ったのち、それでは、と俺たちに提案してきた。
今この都市を支配している魔王の配下を倒せたら信用しよう、と。
そいつは新三副将のひとりで拷問将軍と呼ばれ、人々をいたぶる事を心の底からの喜びとしていて、残虐非道を繰り返してきたという。
彼の拷問に負け、何人もの人間が他の人間の隠れ場所を白状してしまい、被害は拡大したのだそうだ。
そいつを倒せるような実力を持っているなら魔王の弟の場所を教えると。
副将クラスか。
俺ひとりでなんとかなるな。
「居場所は?以前の都知事官邸。わかった。じゃ、ちょっと俺行ってきます。」
そう言って立ち上がると人間のアジトを後にした。
「おい待て!」
神官や他の面々が追いかけてくるけれどにっこり笑う。
「えぇっと、久しぶりに本気出すんで近寄らない方がいいですよ。」
あぁ、きっと今の俺はどす黒いオーラを出しているんだろうな。
全員ドン引きレベルだ。
でもまだ、だいぶん抑えている。
俺の手には勇者とお揃いの懐中時計。
ちらりと見たなら時を刻む針は正確に動いている。
さてと。
「もし一緒に来てくれるなら20メートルは離れてくださいね。それからできるかぎり人質にはならないようお願いします。」
さらに付け加えて、青ざめる仲間を置き去りにしたまま俺は堂々と大通りの真ん中に参上。
もちろんわらわらと魔物、魔獣、魔族と集まってきた。
おぉ、久々に対戦する種族もいるな。
ま、全部物理攻撃が通じる奴らだ。
これなら仲間たちの力を借りる必要はない。
しかも奴ら、俺が赤髪赤髭で大剣持ちだろうと何も気にしてない。
ま、死んだ事になってるっていうのはこういう事だ。寿命が短い種族に関しては世代交代もあったのかもな。
何人かの魔族はなんか気が付いたっぽい顔してるけど、どうでもいいな。
どうせ殺すし。
俺は今まで抑えてきた闘気・・・いや、殺気と言えばいいのか。
それを一気に解放した。
その瞬間、空気がぶるりと寒気を伴って震える。
厳密に言えば凍り付くのだと昔の部下は言った。
俺自身は体も心も熱いのでそんな風に感じないけど。
ただ、その闘気だけで気絶してしまった奴らもいるのが笑えた。
そう、俺は笑う。
「っしゃぁぁぁぁ!!!!」
大きな雄叫びと同時に本気で大剣を振るった。
正面にいた10匹程度が直撃で瞬殺、周りの20匹程度が風圧でふっ飛ばされ体の中が砕けて秒殺、
空にいた奴ら10匹程度が降り戻しの風圧で斬殺、構えなおした時刃の背にぶつかって撲殺が5匹。
久しぶりにしてはまぁまぁだな。
そこから官邸までの道のりはひたすら俺の殺戮タイムとなった。
走りながら大剣で敵を薙ぎ払い切り、飛ばし、潰す。
逃げようとした奴らも風圧を飛ばして切り捨てた。
何匹か取り逃がしたのもいるが、それはだいぶん後からついてきている仲間たちが何とかしているっぽい。
何とかならなそうなのは後ろの気配で感じて振り返っては魔族たちが持っていた剣や槍を投げて援護。
そして官邸に到着。
俺の倍以上の背丈がある角持ち魔族が姿を見せた。
自分の筋肉を見せびらかしたいのか、衣服はほとんどまとっていないのも同じ。
うぬぼれやか。
あぁ、何か叫んでるな。
口上か。
そんな物いらない。
「せやっ!」
奴の話など一言も耳に入れる事なく俺は斜め切りを2回。
×の形で4つに切り分ければもちろん絶命。
驚きのまま見開いた目は俺を凝視しているけどうっとおしいので潰しておいた。
さて、片付いた。
官邸の中に待機していた奴らは・・・ん、中に人もいたのか。
だいぶん痛めつけらていた様子だが生きてはいるな・・・。何、『人質の命が惜しくば言う事を聞け』?
そんな事するわけないだろう。
「な!こいつらがどうなっても・・・うぎゃっ?!」
はい盗賊、いい仕事するねぇ。官邸制圧っと。
俺が注目されてる間に官邸調査と裏工作とは仕事が早い。
何、魔法使いの爺さんも協力者?人質救出の為見えない電撃?ありがとうございます。
あ、神官殿勇者殿従者殿、この人達の治療をお願いします。
俺は残党を刈り取ってきますから。
俺は大剣を担ぎ治す。
どうやら常に心を隠し冷静でいようとして為に俺自身だいぶん無理をしていたみたいだ。
良い人の皮がはがれていないといいな。
今回は久しぶりの全力っていう事で少々理性のタガが外れただけで、普段はもう少し大人しくしてるでしょ?
まぁ全力でやり過ぎて分単位の制圧になったような気がする。
確認の為俺は勇者とお揃いの懐中時計を取りだした。
やっぱり分単位か。