戦士の自衛
次の日から俺たちの4人旅が始まった。
まだこの辺りは魔物や魔族の出現は少なく、街から街への移動も乗り合い馬車などを使えるから楽なもの。
時折現れる魔物も弱小で、俺が勇者に剣技を教えながらでも余裕の戦いばかりだった。
そして余裕があったもうひとつの理由は多少の傷でもすぐに治し、すり減った体力をすぐ回復させてくれる存在がいたから。
そう、神官である。
神官はぶっきらぼうだしけどうるさいし少々人を突き放すような冷たい態度を取る事もあるが、基本は真面目なようだ。
戦闘でもマメに回復してくれるし、攻守両方の補助魔法にも長けている。
俺と出会うまで戦闘ではだいぶん苦労したようだが、支援に集中できる事が嬉しいらしい。素直には言わないけれど。
ちなみに必死で戦う勇者がケガをしないように立ち回って少々痛い思いをしてしまう俺に小言を言いながらの回復もすっかり定番だ。
優しいんだろうな、この人は、と思う。
ちなみに勇者へのこの人のお説教は俺へのお説教×2ぐらい。
そして×10ぐらいの説教をくらっているのは従者だ。
元は農民なのだそうだ。
どうしても勇者一行に加えてほしいとまとわりつき、粘りに粘って遂に導きの珠に認められたと彼は笑っていた。
だがしかし、勇者以上に彼は戦う事を知らなかった。
勇者が剣を使うという事で戦闘のバリエーションを持たせる為遠距離の直接攻撃、弓矢を武器としているがまだまだ戦闘で使える腕前ではない。
魔力も適性があるそうで神官に教わっているようだが、体力を4分の1程度回復させる所までやっと到達したとか。
しかも悪い意味で自分が何もできないという事をこの男は俺が思っている以上にわかっていた。
わかっているからこそ、せめて何かという考え方はとてつもなく変な方向に行く事が多い。
『私が囮になります!』
そう言って戦闘の度に最初に彼は飛び出し、魔獣や魔族の前に立ちふさがって見せる。
そして気を引く為に石を投げたり、急に怯えて見せたり、変なダンスを踊ったり、わざと転んだり・・・。
いや、それをやって意味があるのかどうか、魔獣はともかく魔族の冷たい視線が痛い。
そしてさっくりと攻撃を受けケガをする。
その度に『お前はバカか!』という神官の怒号が響き(もちろん治癒魔法を使いながら)、『従者さん大丈夫ですか?』と言いながら勇者が駆け寄る。
俺はまぁ、囮になろうとしてくれた事実を有効利用しながら従者と勇者をかばうのが定番になりつつある。
俺の場合、剣圧だけで敵がふっ飛ばされて勝手に逃げてくれるから運動にもならないけれど。
ま、中には魔族に操られた人間だったりもするわけで、その方がありがたい事もたくさんあった。
さすがに生きている、しかも操られているだけの人間を切り捨てるのは心と道徳の問題上回避したかったし。
それは置いといて俺としてはどうして導きの珠は従者を認めたのかと、俺はますます頭を悩ませる。
本当にこのパーティで世界を救えるのか?
だが、彼の事情を聞けば納得できないまでも許容できる話だった。
「従者殿の妻が聖女?」
移動中のある日、魔物に馬車を襲われいつものように倒したのち、戦闘の後始末をしながらの会話で聞いた従者の身の上話。
彼の妻が魔王にさらわれた聖女だったのだ。
最初に聞いた時はびっくりして何度も確認したのだが間違いなくそうだ、と悲しそうな顔で言われた。
「私は何もできなかったのです。愛する妻がさらわれたというのに。私は、私は・・・っ!」
従者は拳を硬く握りしめうつむく。
彼の目からこぼれ落ちた雫が地面に吸い込まれた。
「私は自分の手で妻を助けたいのです。わがままを言っているのはわかっています。ですが、じっとしていると気が狂いそうで・・・。」
いつもの張り切り過ぎて空回りしている声とは違い、低くかすれるようなそれは彼の苦悩を表していた。
それでも顔を上げた時に見えた彼の顔は涙のあとが残るも輝いている。
「妻を必ず取り戻して見せます。」
瞳は、愛する者の無事を信じ、明るい未来が訪れると考え疑っていない純粋な黒。
他の何物にも染まらない、全てを吸い込んでしまいそうな穢れなき黒。
俺よりも幾分か高い位置からその瞳はまっすぐ俺を見つめる。
「ですから私にも戦いを教えてください。」
俺が持っていない物を持っている人。
大切な物や人をたくさん失いすぎて心が澱んでしまった俺には眩しすぎる。
勇者と似ているそれは、俺の心の奥で、何もできなかった俺を責めた。
『助けたくても助けられなかった』
『自分の判断で多くの人を死なせてしまった』
『大切な居場所を・・・国を・・・奪われてしまった』
その事の全部を封印して隅に押しやっていたのにを引きずり出してくる。
「わかりました。一緒に奥さんを取り戻しましょう。」
溢れそうな何かを抑えつけ、俺は笑った。
『お前に何ができる?』
その言葉を罵声として浴びせる事も嘲り笑いを添える事もせず、俺は真面目に微笑んだのだ。
それしかできなかった。
感情を暴発させる前に冷静な自分が一番の優位性を持って笑うから。
それより大事な事があるだろう、と。
「魔王を倒す為に詳しい話を聞かせてもらっていいですか?」
後片付けを終え、馬車に乗りながら俺は従者に尋ねた。
従者は頷くと動きだした馬車の中で語り始めた。
彼らの村に伝わる秘宝がある日突然光を放ち、飛んだと思った瞬間、従者の妻の元にぽとん、と落ちたとか。
それは聖女覚醒を知らせる合図に他ならず、彼女はこの国一番の神殿へ送られたらしい。
人妻が聖女に選ばれるのか。
ちなみに聖女は26歳。結婚したのは聖女として選ばれる直前。
従者は23歳。俺よりひとつ上か。神官は21歳。年下だったか。勇者殿は20歳。そんな感じがした。
ますます神の選考基準がわからなくなる。
普通そこは清らかな乙女じゃないのか、俺はただの偏見の塊なのか。
そんな俺の気持ちと疑問はさておいて、彼女は間違いなく聖女であった。
例えば彼女が祈れば、魔物たちはその力を弱める、と言ったような力を持っていたらしい。
彼女の祈りのおかげで魔王軍の進行はずいぶんと防ぐことができたのだそうだ。
実際この地域に弱い魔物しか出現しないのは彼女の祈りの力が残存しているかららしい。
しかし、魔王軍もただ手をこまねいていたわけではない。
彼は恐ろしく狡猾。
神殿が聖なる力で守られ、魔族では攻め入る事も中へ入る事もままならないとわかると
人間の心の闇に付け入り、徐々に神殿内部へその影響力を滲ませ、内通者を複数用意し、そして。
「妻は・・・魔王軍にさらわれてしまったのです。」
さらわれただけで殺害されなかった理由は、聖女が死ねばその魂が世界中に光となって降り注ぎ、魔族の力を削ぐと言われているから。
魔王とて例外ではないらしい。彼女の魂は魔王を消し去る事はなくとも何もできない状態にする事はできるのだそうだ。
ふーん、魔王と対決する前に聖女を殺せば有利になるのか、と一瞬心の片隅で考えた事は永遠の秘密。
「妻が亡くなれば確かにその時は魔王軍もとてつもなく大きく弱まるでしょう。
ですが、妻が生きて祈り続ければその間ずっと魔族や魔物の力が弱まるわけですから人間としても妻が生きていた方がいいのです。
何せ今の魔王が倒されたとしてもまた新しい魔王が出現するのですから。」
更に紡がれた従者の話に俺は心の中を見透かされたのかと一瞬ひやりとするも、表情を変えずに済んだ。
そんな俺の心に誰も気が付かないまま、勇者が従者に尋ねる。
「ねぇ、魔王って一人を倒せば済む話じゃないんですか?」
その疑問に答えたのは神官。
「魔王、と言っても魔物や魔族が多い国を治める存在だ。魔王になりたい奴はたくさんいる。
寿命や簒奪もあれば職務放棄もあるし穏やかな世代交代の時代もあった。
今の魔王は前の魔王の息子だが実力で今の地位を勝ち取ったらしいな。
勇者が出現するのは魔王の力が強くなりすぎた時のみ。つまり今の魔王は相当実力がある魔王という事だ。」
「詳しいんですね、神官殿。」
肉体労働担当とはいえ王子だった俺でも知らない情報を知っている事に少々苦い思いをしながら笑う。
魔王の国に隣接していたのにうちの国の神官たちは何をしていたのだろう。
ここで俺は自分の国の神官たちを思い出した。
・・・彼らは自分たちの職務に忠実だった。
俺たちと共に戦い、不蘇の剣を見つけ出し、見習いですら俺の代わりに・・・。
俺が勇者ではなかったばかりに。
そう、彼らが悪いわけじゃない。きっと何か事情があったのだろう。
もしかしたら俺が知らなかっただけで父や兄は知っていたかもしれない。
対処が追いつかなかった、ただそれだけの事。
今はそれよりも大事な事がある。
俺は神官の話に耳を傾けた。
「興味があったからな。魔王関係の書物が神殿にはたくさんあったから勉強させてもらった。
だからじゃないのか、俺が導きの珠に選ばれたのは。純粋な魔法での能力なら俺以上はたくさんいたからな。」
なるほどね。
「じゃ、今の魔王を倒す為に知っている事は?」
大事な事は早めに聞いておくべき。
「まず人間が奴を倒そうとするなら『勇者の剣』でしかダメージを与えられない。
そして『勇者の剣』を扱う勇者と魔王の力を弱める聖女の祈りが必要。これは他の魔王も共通だ。
昔から引き継がれている文献によると、魔王と言うのは5つに分類できるらしい。
『強欲』『我欲』『無欲』『楽欲』『物欲』で、今の魔王は『強欲』にあたる。
『強欲』の魔王は一番好戦的と言われていて、これまでの歴史の中で人間世界に攻めてきた魔王の70%は『強欲』だ。」
「強欲ですか。それで今の魔王について他に知っている事は?」
「これまでの魔王については文献に残っている。しかし今の魔王は2年ほど前に今の地位を得たので詳しい情報はない。
しいて言うなら兄弟がいるらしいという事と、魔族も魔物も今の魔王についてなんら不満はないという現実だな。」
なるほど、新しすぎて情報が集まっていない、か。
総合すればやはり勇者と聖女の力が必要という事しかわからないわけだな。
とりあえず俺は笑顔を自分に張り付け続けた。
話を滑らかにするのも、人を前向きにするのも笑顔が一番だと知っている。
でも正直これ以上足手まといも非戦闘員もいらなかった。
早くこんな戦いを終わらせたい。
勇者には戦場から離れてほしい。
勇者の剣さえ俺が使う事ができるなら、俺一人で今すぐにも魔王の元へ向かうのに。
「別にこれ以上仲間は必要ないんじゃないですか?勇者の剣はあるわけですし、聖女はもう魔王の手元にいるんですから。
命の危険が伴うような戦いに大勢の人を連れて行くのはどうかと思います。」
本音を隠しつつ、そう言えば神官は首を横に振った。
「いや、導きの珠が告げる仲間が集まらない限り魔王の元へたどり着く事はできない。
奴はいくつかの人間の国を滅ぼしそれを信頼できる配下に託して自分は今本国にいる。
聖女の力の所為で体が弱ったのでそれを回復させる為らしい。」
・・・魔王の国には色んな条件が重ならないと人間は足を踏み入れる事ができない。
まがまがしい雰囲気を放つ国境の壁が立ちふさがっているのだ。
つまり色んな条件を満たすには仲間が必要、か。
俺が自国で魔王と対面できたのはほどほどにめぐり合わせが良かったという事。
あの出来事を『よかった』よいう言葉で片づけたくはないけれど。
「わかりました、ありがとうございます。」
まどろっこしくもあり面倒でもあり、それでもひとつずつ積み重ねなくてはならない。
勇者を戦わせなくてはならない現実に心は苛立つ一方で
それでも頭は妙に冷静で、それでもいい、確実に魔王を倒せるならと考えている。
この結論にたどり着き、俺はひとつの思いを自分の中だけに浮かべた。
やはり俺は自分が元王子である事を隠す。
どんな仲間が増えるかわからないが、王子なんて肩書きは人と距離を作りやすい。
元々兄弟の中でも肉体派で細かい事が苦手、めんどくさい事と魔法は他の兄弟や配下に押し付けるタイプだったし、賑やかで明るいのが大好きだった。
元から国民とも気軽に話しかけていたので親兄弟よりかはくだけた話し方もできる上、配下は色んな身分な人間が混在している実力主義部隊だったので
必要以上のへりくだりや堅苦しさは禁じているようなタイプだったので、誰とでも接する事ができる自信はある。
傭兵になってからはもちろん身分や過去を隠していたからすっかり庶民になじんでもいるし、世間一般の考えや旅に必要な知識も手に入れていた。
この髭面に伸び放題の髪という外見もあり、俺が言わなければ俺の正体なんてばれるわけがない。
俺はただの傭兵。
町娘である勇者や他の面々が変な気を使わないように、俺と距離を置かないように。
そうでないと。
「大丈夫ですか、勇者殿。」
夕闇が迫る中、次の仲間がいるという街にたどり着き、馬車から降りる時、彼女にさっと手を差し伸べる男の姿。
「すみません、従者さん。」
その手を握り、頬を染める勇者。
男は当たり前だと微笑む。
既婚者という立場が独身乙女の垣根を『安全』の名の元やすやすと警戒心の壁を乗り越えた。
自分の身を省みず妻を助けようとする男が何か含みを持っているわけがないのだ。
そして彼はその期待通り、妻の事だけを純粋に愛している。
その気持ちの前では世間知らずの町娘が無防備になるのも当たり前と思うほどに。
例えばその男が普段は頼りない素振りでも今のようにさっと女性に手を差し出す事をためらわぬ気遣いの持ち主であるとか。
年も若く、背も高く、顔も人より見目良く、優しい笑顔に引き込まれそうなのも、短く刈られてツンツンと逆立った黒髪も男らしくみえるとか。
言葉遣いも元農民とは思えない丁寧さで、女性の関心を惹きつけるには十分な存在である事に、本人も、そして彼女も気が付いていない。
それが俺を苛立たせる。
出遅れた感が否めないそれは笑顔で隠しながら自分に言い聞かせる。
『俺の事はそういう対象になるかもしれないと意識されている可能性もある』と。
うぬぼれているわけではないけれど、心惹かれた人の言動に一喜一憂するならば、冷静な頭はそのままに、喜びは前向きとしてとらえたい。
『彼の手を取っているのはそういう対象ではないから』。
そう信じたい。
たとえ勇者の従者を見つめる目が旅を続けるほどに少しずつ熱を帯びてきているとしても。
それと最近気が付いた事がある。
彼女の事を世界で一番の美しさだと思っているのはどうやら俺だけっぽい。
良かった。
俺限定の魅惑魔法か。
まだ大丈夫。
彼は彼の妻の事しか頭の中にない。
それでも今、俺は久しぶりの感情に心を埋め尽くされた。
彼女が、彼を見ていて苦しい。
彼女が、彼を憧れていて辛い。
彼女が、彼を慕い始めているのに、彼女は幸せじゃない事が悲しい。
忘れていたはずのマイナス。
感情を切り捨て笑っていなければ生きていけなかったはずなのに、それなのに。
違う、そうじゃない、と俺の心は悲鳴を上げる。
俺は笑った。
彼女と出会ってから俺は心の底から笑顔を浮かべるようになっていた。
俺の笑顔は生きていく為に、周りの為に必要で、どんな時も魔王を倒す以外は笑っていれば何とかなるって思っていた。
王子であろうと、傭兵であろうと、それは変わりない。
笑っていれば自分を無敵だと感じられていた。
そうする事で自分を信じていた。
でも、彼女と一緒にいる時の笑っている自分はそうじゃない。
弱くても許されるかも、なんて思う。
信じられるよりも信じていたい。
彼女と一緒ならどんな事も乗り越えられる。
そう思うと自然に笑顔になるのだ。
作った笑顔と本当の笑顔の割合が格段に違う。
でも、彼と彼女が微笑みあいながら歩いているのを見ると、本物の笑顔は失せ、作り物の笑顔さえ歪みそうになる。
気が付けば神官がぽん、と俺の肩を叩いた。
どういう意味の『ぽん』なのかはわからない。
まさか神官も勇者を?
いや、そういう感じではない。
それでも、もしかしたら・・・。
絡まり過ぎてわけのわからない気持ち。
こんな感情に溺れている場合ではないのにひどく落ち着かない。
体が熱を持つ。
それでもその場はすましてやり過ごし他の3人が眠りについたのを見計らい、俺はそっと宿を抜け出す。
全てがやり切れなかった。
こういう時は、酒か、女か。
俺は女を選んだ。
忘れたかった。
勇者の甘い微笑みを。
気分のまま気に入った女の絵姿が飾られた娼館に足を踏み入れ、女を指名。
本気で人を好きになったらその人以外とはできません、というパターンもあるらしいが、それに俺は当てはまらなかったようだ。
できるもんだ、ちゃんと。
嘘でも相手の女に『好きだ』とも言えた。
それは体を絡ませる言葉遊びにすぎないけれど、潤滑な人間関係とこういうビジネスには必要である事は間違いない。
久々のそれは俺の中に溜まっていたものをすべて吐き出される。
それにも関わらず、体はすっきりしたのに心はむなしさが残った。
「お客さん、凄く情熱的。」
ふふふっと、女は笑って俺に体を摺り寄せてくる。
悪くはない柔らかさ。
いい思いをさせてもらったし、甘えてくる様子も可愛い。
だけど。
「あら、帰っちゃうの?」
女が寂しそうな顔をする。
作り上げる表情が『本当に』寂しそうに見えるところが商売の上手さか。
「また来てね。」
名残惜し気な表情の下はきっと、今夜はもうひとりぐらいは客を取れそうだと思っているかもしれない。
そういうものだ。
そう、例えばこの女の髪が黄檗色で、俺が彼女を選んだ理由がそれだけという話と同じくらい、当たり前。
顔を見なくてすむ態勢での睦み合いは勇者への思いを絡めて激しかったのは事実。
今いる女の表情が嘘なのも事実。
「あぁ、また明日来る。」
俺はそう言って前払いした正規料金と同じだけの金を彼女の手にそっと握らせる。
「あら?ふふ、気に入ってもらえてうれしい。」
彼女は途端に花が咲くような笑顔を浮かべた。
もっともそれは完璧すぎる造花ではあったが。
「それと、この辺りで正確な情報を扱っている奴がいたら教えてほしい。」
「まぁ、そういう事?」
「そういう事だ。でも俺の事は誰にも・・・。」
「内緒、ね。貴方はただの通りすがりのお客様。」
情報屋を探しているのがどんな人間か黙ってくれるようだ。
「賢い女は好きだな。」
俺はにやりと笑うと軽く頬に口づけると同時にもう少しだけ金を握らせる。
「明日、この時間、他の客は取らないでくれ。店にも金を握らせておく。」
俺たちの新しい仲間とやらを手っ取り早く探す必要がある。
ここは大きな街だ。
導きの珠とやらだけに頼る時間はもったいない。
使える物は使う。
「ふふ、素敵。」
「金が?それとも俺が?」
「もちろんお客さんよ。」
「だと嬉しいな。」
彼女が濡れた布で俺の体を拭く間、かわされる会話は意味なんてない。
服を身につければもう、立ち去るだけ。
「待ってるわ。」
笑顔でそう告げる彼女の黄檗色の髪に口づけ店を離れる。
宿には深夜と呼べる時間に戻ることができた。
朝には何事もなかった顔。
「さぁ、新しい仲間を探しましょう!神官殿、導きの珠はどうですか?」
朝食を口にしながら俺が尋ねる。導きの珠が告げる事を読み取る事ができるのは神官の神聖な魔法と祈りだけなのだ。
「この街にいる事は間違いないだろう。方角はここから西。」
淡々と述べられる言葉にパーティ全員が頷き、朝食を素早く終わらせる。
荷物をまとめ、宿を出た。
導きの珠が指し示すまま歩くものの、あっちへふらふら、そっちへふらふら。
どうやら俺たちの探し人はあちこち移動しているらしい。
それでも昼過ぎになると昼食を取っているのかひとつの場所でじっとしているらしく、俺たちは大急ぎでそこへ駆けつけた。
その場所を見て俺の背中に冷や汗が一筋流れる。
・・・昨日俺が来た娼館だった。
あまり精神衛生上良くない状況だ。
というか、カーテンも閉め切っていて扉も開かないこの店が何の店なのかわからず他の3人は首を傾げている。
まぁそうなのか、仕方ないのか。
確かにこの時間に看板は立ててもいないし、呼び込みもいない。
しかも3人ともこういう店には縁がない生活を送っていただろう事は簡単に想像できる。
「定休日なんですかねぇ?」
「うーん、宿屋っぽい外観なんですけど・・・。」
「裏口に回れば従業員がいるんじゃないか?」
「そうですよね。、行ってみましょう。」
いやいやいやいや!!!
ちょっと待て、だ。
「勇者殿、少なくとも貴女はダメです。あと従者殿も神官殿も基本ダメだと思います。」
必死で引き止めた。
まず勇者が店に入れば雇われに来たと思われかねない。
従者、神官は気の早い客だと思われて・・・も、別にいいか。俺に被害はない。
いや、一応円滑なパーティ運営の為に抑えるべき所は抑えなくては。
「あー、こういう店はですね・・・。」
渋々と店の目的と売り物について話をしようとした時だった。
俺を見下ろす視線を感じる。
顔を上げれば・・・昨日俺の相手をした黄檗色の髪の女。
彼女は俺と勇者を交互に見たのち、小さく笑った。
・・・あぁ、俺が彼女を指名した理由がバレたな。
仕方ない。というかもし彼女が仲間だったら・・・その時はその時だ。
でも今は見知らぬ他人を装う事はできる。
というか、俺の目線に気が付いた勇者が俺と同じように顔を上げ、彼女を見つけた。
「あのー、すみませーーん!人を探してるんですけど、お店の中にいそうなんです!お話聞かせてもらっていいですか?」
物おじしない明るい声で娼婦に呼びかける。
娼婦はふふっと笑うと頷き、窓から離れ、外に出てきた。
が。
「待て、向こうは移動した!離れていくぞ!」
神官は別の方角を指さした。
ぽつぽつと人の姿はあるが、どの人物が目当ての人物なのか俺にはわからない。
しかし、あの中にいるのは確かなようだ。
「追いかけましょう!」
従者が率先して走り出し、神官も後に続く。
「ごめんなさい、呼び出しておいて!あの、もしかしたらまた話を聞きに来るかもしれませんが、その時はよろしくお願いします!」
ぺこり、と深く頭を下げたのち、勇者も大急ぎで彼らを追いかける。
俺はちらり、と娼婦に目線を送った。
彼女は呆れたように肩をすくめてみせる。
どうやら今夜は少々値が張りそうだ。
幸い傭兵時代の貯金も王子時代に隠しておいた財産もある。
せいぜい楽しい思いをさせてもらおう。
それより今は探し人。
俺は勇者から数歩遅れて走り出す。
結局今日は見つからなかった。
勇者はさっきの店に戻ると言って聞かなかったが『夜から忙しくなる指名制の店だから邪魔になる』と言い聞かせ、踏みとどまらせた。
最も俺の話を聞いて従者と神官はあの店が何の店なのか悟ったらしく、一緒になって説得に回ってくれたのも良かった。
とにかく3人が寝静まるのを待った後、俺はあの店へ。
指名するのはもちろん黄檗色の髪の女。
彼女はくすくす笑いながら俺を部屋へ招き入れた。
「私は顔を見せない方がいいのかしら?」
さっそくからかわれる。
まぁな、わかりやすすぎたな。
「そんな事はない。それよりも・・・。」
俺は彼女を横抱きにしてベッドまで運ぶとそのまま飛び込むようにして転がった。
シーツが波打つ。
「もう、ずいぶん乱暴ね。」
娼婦は拗ねたようにいうけれど、俺にしがみついたまま、口の端と目が笑っている。
ご機嫌さんだ。
それはそれはかわいらしいと思うけど、お楽しみは後回し。
「俺たちが来る直前までいた人物に心当たりは?」
「情報屋よ。あら、探し物は情報じゃなくて、本当に情報屋だったわけ?」
そうか、俺たちの次の仲間は情報屋か。
導きの珠はそこまで教えてくれないからな。
「そいつと連絡は取れるか?話をしたい。」
「えぇ、そのつもりで昼間ここに呼んだの。彼女を捕まえるにはコツとツテが必要なのよ。」
次の仲間は女、と。
「どうすればいい?」
「明日、この紙のとおりにして。」
娼婦が俺に渡したメモにはこの街の食堂の名前と地図と時間。
「相手の特徴は?」
「ピンクのふわふわ。合言葉はって聞かれたら『世界一の盗賊は君』って答えて。」
情報屋ではなく盗賊か。というかピンクのふわふわってなんだ?
「会えばわかるわよ。それより・・・。」
娼婦は俺に囁く。
「ねぇ、好きにしていいわよ。」
言われなくてもそうするつもりだ。
黄檗色の髪を指で梳き、首筋に吸い付きながら今そばにいる女とは違う女を心の中に描く。
罪悪感など放り出してただ、むさぼった。
結局宿に帰ったのは空が白む寸前で、財布はかなり風通しが良くなったとだけ付け加えておく。
そして俺たちは無事、次の仲間である盗賊を仲間にする事ができた。