プロローグ
ここって何書いたらいいんですかね?
気付いたらここにいた。
周りを見回してもあるのは闇、闇、闇、といった感じで何も見えない。
普通ならここで驚いたり混乱したりするところなのだが不思議と心が落ち着く。
住み慣れた家みたいな居心地だ。
こんな場所にそんな感情があっても困るだけだが、パニックになるよりかはマシだと考えた。
とりあえず自分の置かれた状況確認の為に散策してみて気付いたことが三つ。
一つ目、暗くて前が見えない。
二つ目、いくら歩いても終わりが見えない位長い。
三つ目、道が何度も何度も枝分かれしてる。
この三つから導き出される答えはたった一つ。
「めいきゅー、に、いる?」
何故かは分からない。でも、確かに自分は迷宮の中にいて、あろうことか石で出来たこの暗闇に慣れてしまっている。
「嘘…なんでこんなところに……!?」
「だ、れ?」
自分の背後から声がしたので、素早く振り返る。
「あ……」
暗闇で声しか聞こえなかったがおそらく少女と思われる人物がいた。
少女はやってしまったといった様子で、過度の緊張による不規則な呼吸がこちらの耳まで届く。
「はっ…ひっ…いや、来ないで!!」
少女は一目散に逃げ出した。
「まっ、て!」
自分の今の状況が迷宮にいることしか分かっていない状態で初めて出会った人だ。
逃すわけにはいかない。
そう思うが速く、自分は手を伸ばして少女の腕を掴んでいた。掴んだ腕はとても細く簡単にへし折ってしまいそうだった。
「や、やめてください!!食べないで!!私なんか食べても美味しくないですよ!!」
少女は掴まれた腕を必死に振りほどこうともがきながら食べないでと自分に懇願する。
「たべ、ないよ!?」
自分は人間だし人肉好きの殺人鬼でもない。
自分をなんだと思っているのだろうか?
自分は近所で子供の面倒見がいいことで有名なんだぞ?
「……本当ですか?」
「じぶん、は、うそ、ついたこと、ない」
涙声で確認する少女を安心させる為にゆっくりと大きく頷き、掴んでいた腕をゆっくりと離す。
自分に危害を加えるつもりがないと知り、少女は安堵する。
「良かったぁ……優しい怪物さんなんですね」
「えっ」
「え?」
硬直すること約三十秒。
「かい、ぶつううううう!?」
「ひゃあ!?」
自分の顔を指差して声を張り上げる。
少女は目の前の男が突然出した大声に驚く。
「じぶん、は、かいぶつじゃ、ない!」
何でだ、何で怪物なんだ!?
自分は少女の腕を掴んだ。
我が国日本は、大の大人が見知らぬ少女を可愛いと言っただけでロリコン認定するような奴がいる国でもある。
したがって、襲いかかるように少女の腕を掴んだ自分をロリコン扱いする人がいてもおかしくない程度の変質者である。
…あっ、もしかして、この子の頭の中では変質者=怪物といった認識なのか!?
「あの…一人の時は獣が寄ってきて身を守れる補償が無いから使うなって言われてるけど今は二人だから使いますね?」
自分自身に自問自答をしていると少女が手探りで自分の持ってる手荷物から何かを取り出して地面に置いた。
「なに、するの?」
「すぐ明るくなりますから待っていてくださいね」
少女はそれだけ言うと言葉を紡ぎ始めた。
「陽の光よ、その身を滾らせろ」
いやいや、そんな厨二初心者みたいな呪文で明るくなったりなんかしないって。
そう言おうとした矢先に少女の足元の赤い結晶がゆっくりと明るくなり始めた。
「すご、い。なに、これ!?」
「これはですね、精霊術って魔法で精霊と契約することでその力を貸して貰えるんです」
「まほう?」
現代に魔法なんて無いはずだ。
だけど、目の前の少女は何も無い場所から火を生み出した。
この迷宮かってそうだ。日本にこんな場所があるなんて聞いたことがない。
魔法に、無限にありそうな迷宮、もしかするともしかしてだけどここは……
「怪物さん、あの、これ」
「ん?」
少女が自分を呼ぶ声に反応すると、手鏡を手渡された。
その手鏡に映った自分の姿を見て絶句する。
「…これ、だれ?」
黒色に変色した白目、血走った色に移り変わった黒目、ところどころに傷跡がある筋肉隆々の体、二メートル以上はある身体、頭に生えた立派な二対の角。
怪物だ。どこからどう見ても鏡に映った自分の姿は神話上に出てくる怪物そのものだった。
この姿と目の前の魔法を見て予想が確信に変わる。
自分は日本じゃないどこかにいて、怪物になってしまっていると。
「なんで、ここに、きたんだ?」
自分に問いかけて見るが分からない。昨日は確か、居残りで勉強させられて夜中の九時ぐらいに家に帰ってそのまま倒れる様に寝てしまったはずだ。
分からない、なんで怪物になったんだ?親は?学校は?自分の元の体は?
頭を抱えて膝をつく。自分の理解の範疇を越えていて頭がおかしくなりそうだ。
「怪物さん?どうしたんですか?」
少女が心配そうにこちらを見ているがそれに応える余裕はない。
何故、どうして、そればかりが頭の中を駆け巡っていた。
「お困りの様ですねぇ」
「だれ、だ?」
突如声がした方向を向くと、洞窟の奥の深淵より少しずつ体の輪郭が形が整っていき、含み笑いをする女が完成した。
「怪物さん。このお姉さんとは知り合いですか?」
「いや、しらない」
「おや、私のことを知らないとは心外ですねぇ。あなたをこの世界に辿り着かせてあげた張本人なのに」
「あんたが、自分を、ここに!!」
女がニヤリと微笑みながら告げた事実に、驚くと同時に怒りが湧いてきた。
当たり前だ。目が覚めたら日本からどこか知らない異世界に飛ばされて、極めつけは人間から怪物になっていた。
こんな意味不明な状況にされて怒るなという方が無理難題だ。自分は少なくともそう思う。
「なんで…こんなことを…したんだ!?」
「そうですねぇ。ありていに言うと貴方死んだんですよねぇ」
「しん、だ?」
「今、ここにいる怪物さんがですか?」
「はぁい、死んじゃったんですよぉ。そこの怪物さんは前世で働き過ぎて家に帰るとベッドで眠るように倒れて、そのまま心臓マヒでお亡くなりになられてねぇ」
自分は過労死した。その事実はすんなりと納得出来た。
高校に入学した時のこと、たまたま自分と同じ名字の先生がいた。本当にただそれだけだった。
「俺と同じ名字だから気に食わないし、お前が怒られると俺が怒られた気分になるからムカつく」
ただそれだけで、毎朝七時に学校に来させて勉強をさせ、日中は自分のミスを隈無く探して見つけるとクラスメイトの前でわざと大げさに怒って怒鳴り散らし、放課後は毎晩八時まで勉強させ、毎日終わらすのに四時間は掛かる宿題を出して、出来なければまた、クラスメイトの前で怒鳴り散らす。
睡眠時間は三、四時間しかない。
そんな生活が一年半続き、自分の目の下は隈で黒く変色し、時折見えない物が見える幻覚を患っていた。
こんな生活してたらそりゃ死ぬなと思った。
「でも、なんで、いせかいに、とばし、たんだ?」
「何でってまぁ、言うなれば貴方が少し可哀想に見えたから、ですかねぇ。趣味はあったがする時間もなければ楽しむ余裕もない。何をしても怒鳴られるし、何をしなくても怒鳴られる。貴方自身は至極真面目であったのに、そのたった一人の教師に人生を歪められてしまった若者」
「まちがっては、いない」
「そうでしょう?ならばもう一度くらいチャンスをあげてもいいかもしれない。そう思っただけの女神の気まぐれってやつです」
「めがみ、か」
人を転生させるほどなんだ。女神クラスじゃないとそりゃ無理だわな。
だからこそ気になることもある、何故転生先が人間ではなく怪物だったのかだ。
「なんで、かいぶつに、なったんだ?」
「それはですねぇ。普通、異世界に転生させる時は元の体と魂も一緒に持ってきて異世界で再び魂と体を結合させるのですが、貴方の場合元の体が衰弱しすぎて転生してから結合してもすぐ死んでしまうので体は私が作りました。貴方の元の体のパーツもまだ使える部分はちゃんと使ったので、今のあなたは、半分怪物で半分人間ですね」
「そうだった、のか。ありが、とう」
頭を下げて女神に感謝を示す。自分を生き返らせてくれたうえに新しい体をくれた張本人に取る態度では無かったと少し後悔する。
「いいんですよぉ。でも、体を複製して魂を与える行為は神の中でも禁止されているので口外してはダメですからねぇ」
「もし、口外したら?」
「その時はぁ、ぶち殺しに行きますのでお覚悟を。勿論この話を聞いていたそこのおチビさんもです」
「ひぃ、わ、私も!?」
先程までのほんわかとした口調はなりを潜めて、鋭いナイフのような目で自分の心臓を指差し、突き刺すジェスチャーをした。
背筋が凍ったように冷たくなり、冷や汗が止まらない。
俺の隣にいる少女は、腰が抜けて半泣きになっている。
「とまあ、私の情報はこれで全てなのでお暇させてもらいますねぇ」
自分達の反応を充分楽しんだのか、女神の体が闇に溶け始める。
「さいごに、しつ、もんいいかな?」
「なんでしょう?」
「あんたの、なまえ、は?」
女神は少し目を見開いた後に、微笑みながら怪物に語りかけた。
「ふふ、私としたことが自己紹介がまだでしたねぇ。私の名前はルイン。ルイン・アルカディアです」
「ん、おぼえた。じぶんのなまえは、もう、しってる、よね?」
「えぇ、知ってますとも。ですから貴方の自己紹介は不要です。あと、怪物になった影響だとは思いますが言葉使いが幼稚園児みたいになってますよ。フフフ」
「えっ!?」
最後に微笑みながらルインは消えた。
とりあえずこの迷宮から抜け出すことから始めよう。色々やるのはそれからだ。
「ねぇ、たて、る?」
「ご、ごめんなさい!!腰が抜けて立てませぇ~ん……」
ルインの迫力に押し負けたのだろう。
分かる、自分もチビりそうだったから。
「じゃあ、とりあえず、ここ、からでよっか。はい」
自分は少女の前で腰を屈めて手を後ろにする。
「あの、それってまさか!?」
「おんぶ」
「えぇ!?イヤですよ、イヤ!!」
そんなに嫌がらなくてもよくないかな!?
お兄さんちょっと傷付いた。
「おんぶ、イヤ?」
「イヤというか私もう十六歳ですし、その、恥ずかしいです……」
十六歳?そんぐらいの歳のとき、お兄さんは、「スライムってなんかエロいな」って言ってたよ。
「じゃあ、おいてく、よ?」
「えぇ!?ちょっと待ってくださいよ!!」
「じゃ、げんきで」
腰を上げてそそくさとその場を立ち去る。後ろを振り返らず早歩きでだ。本当に行くつもりはないけど、歩き始める。
そろそろかな?
「うぅ、ごめんなさーい!目の前を照らすことは出来るので私も連れて行って下さーい!!」
そらきた。
ざっとこんなもん。子供の扱いに長けていて良かった。
〜~〜~〜~〜~~~〜~~~〜~~〜~
「あの、怪物さんの名前は何ですか?」
「じぶんは、ゴカク・ガイ。きみ、は?」
「私は、ハルス・エウリュスです」
「そう、か。よろ、しく。ハルちゃん」
「ハルちゃん!?あの、えと、こちらこそ……」
ハルちゃん呼びが効いたのか、顔を伏せて喋らなくなってしまった。
今密着して気づいたけどハルちゃんって身長の割にはかなり胸デカイな。
そんなことを思いながら歩いて行くと、少しずつ精霊の光ではない別の光が見え始めた。
迷宮の中は自分の家のようなもので出口がどこにあるかは大体予測がついていたとはいえ、陽の光を見ると安心するのは元人間だからだろうか?
はやる気持ちを押さえて一歩ずつ一歩ずつ進み、遂に迷宮から脱出した。
「抜けたんですね!やったーーー!」
ハルスはとても喜び、自分に抱きついてくるがそんなことすると体が密着してしまう。
そのせいで背中の全神経が全部胸に持っていかれるのでやめて欲しい。
そう思いながらも、暖かい陽の光を体全身に受けて酷く懐かしい気分になる。
「じゃあ、じぶんは、ここで」
ハルスをゆっくりと下ろして、その場を立ち去る為に歩き出す。
「ちょっと待ってください!!」
「いでっ!?」
ハルスに足を掴まれて盛大にコケる。顔面を思いっきり打った。
「な、に?」
「あの!実はですね!私、冒険者でして、パーティを組むために旅をしてるんですよ!」
「それ、で?」
「今、私一人しかいなくて力がある攻撃役がいないんですよ!だから、その私と一緒に冒険しませんか!?」
まさかの勧誘されちゃったよ。どうしよう。
確かに、力はかなりあると思うけど自分は怪物だしなぁ。
怪物がいる冒険者パーティなんて聞いたことないし、ハルスの為にもここは断るべきだろう。
「ごめん、きもちは、うれしいんだけ、ど、やっぱりことわ…!?」
「うぅ…!」
どうしよう、めっちゃ泣きそうなんだけど。
いやいや、でもやっぱりここは断らないと。
「その誘いやっぱりことわ…!?」
「うぅくぅ……!!」
うわぁ!鼻水垂らし始めたよこの子!?
自分の罪悪感が凄いよ!!
「……はぁ。あの、かいぶつだけど、よろし、く」
「はあぁ、ありがとうございます!!ハルスは感謝感激雨あられです!!よろしくお願いしますね!ガイさん!!」
「こちら、こそ」
屈託のない笑顔で感謝されて、その可憐さにドキッとして、気恥しくなって、ハルスから目線を逸らして立ち上がる。
周りを見渡せば迷宮にはおよそ不釣り合いな、綺麗な花々が所狭しと並んでいる。
なんて綺麗な景色なんだろう。
もっと色んな場所に行きたい。
前世を越える最高の人生にしよう。
こうして自分の物語は始まった。
デオンが好きです(誰も聞いてない)