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第七話

 帝国暦一八四年 三月二日 深夜


 後世の史書において確認出来る、反乱軍と帝国軍の最初の武力衝突が起ころうとしていた。

 後の世に言う、ジュシェン集落鎮圧事件である。


 双方は互いに陣取る場所に松明を掲げ、あるいは携え、光源を確保している。ほぼ遭遇戦に近い為、その他の備えは皆無。


 彼らの衝突の時が、いまや間近に迫ろうとしていた。






 騎士の名乗りが風に乗って届き、チコがほんの僅かに眉を寄せる反応を示す。しかし、それを周囲の者たちに悟られることはなかった。


 一拍か二拍の間をおいて、チコもその恵まれた体躯に似つかわしい大音声で名乗りを上げた。隠すつもりは無かった。

 自らがユウリ村の唯一の生き残りと知れば、帝国兵たちは目の色を変えるであろうことも予測出来ている。


 相手からの返答を数秒待つ。ここは続けるべきかと考えた。


 「帝国軍の諸君らに問う! この村は一体どうしたことか!? 焼き討ちの理由を聞かせてもらいたい!」



 騎士リオは僅かな逡巡を覚えたが、自分が背負っている部下たちの前で無様を見せられなかった。固く閉じていた瞼をくわと見開き、意を決して叫び返す。


 「知れたこと! 貴様は帝国に逆らう犯罪者であり、貴様を匿うものたちも同罪である! 国家反逆の罪には極刑を以って妥当とすべしっ!」


 「ならば重ねて問う! 貴殿が云う、国家とはなにかっ!?」


 「愚問である! 至尊にして肇国の英雄アンギス=トル=ハーン興武帝陛下を開祖とし、第五代フビラ=マッカ=ハーン今上陛下の治めるところ、大ハーン帝国である! 貴様らはすべからく帝国臣民であり皇帝陛下の子らである!」


 「よく言った、騎士リオ=タタール!! ならば親が子を殺す無道が罷り通るこの有り様はいかが思われるのか! 帝国を家とするならば、この村で死んだ者らになんと申し開かれるっ!」


 「帝国法は厳格にして峻厳であるべしっ!! 偉大なる父の御心を解さぬ者たちに、我らが法理の代行者として罰を与えたのだ!」


 「帝国法によらば、いかな犯罪者とて法理に則って裁きを受けるのが妥当な手順であろう! 問答無用で虐殺が許されるなど! 我らは情理において断固抗議するっ!!」


 「帝国法はそれを遵守する臣民のみを庇護するものである! それは生きとし生ける全ての人間にとっての大いなる帝国の慈悲である! その慈悲を拒絶する者共に我ら帝国兵士は国家鎮護の責務を果たすだけである!」


 「拒絶する者たちとは誰を云うのか! この大陸には古来よりの伝統と氏族の掟を尊ぶ数多の人々が暮らしているのだ! ただニンゲンのみを臣民とする帝国法は、断じて認めん!! 答えよ、騎士リオ=タタール! 拒絶する者たちとは、誰のことかっ!?」


 

 次第に熱を帯びてゆく両者の応酬。その問答は両者を長とする双方の集団の耳にもしっかりと届いていた。


 チコの重ねた問いに、リオはぐっと言葉を詰まらせてしまった。

 僅かに問答が止まったことで、後ろに控えている部下たちの間で囁き声が聞こえ始める。


 それを言えというのか。あの男は明らかにせよと、そう言っているのか。ぎゅっと右手で掴む手綱を震わせる。いまにも胸が張り裂けそうだ。

 しかし、自分は帝国兵士の一員なのだと言い聞かせる。ここで退く訳にはいかなかった。

 右手で手綱を絞り上げ、左手を開いて大袈裟な身振りで腕を前に突き出す。相手を威圧するように、いや、己こそが押し負けぬように。


 「……っ! 亜人はニンゲンに非ずっ!! かつて大陸に割拠せる蛮族どもが大いに大陸を苦しめたことは歴史に明らかである! 亜人は……我らニンゲンに劣る生き物である!! ……故に、帝国法に悖る存在を我らは認めん!!」


 突如として背後から喚声が上がった。自分たちの隊長が、帝国の道理を高らかに謳って、士気を高揚させた。彼らの行為に正当性を認めた為に。

 

 口が、肺腑が、腸が、爛れ腐れてしまいそうだった。



 目下敵対する兵士の長の発言に二人の年若い者が過敏に反応した。


 ちらとチコが後ろに控えている二人を見遣る。


 少年、ロッカは相変わらず鞍上で身体を揺らせているが、その左右の口許はぐにゃりとひしゃげ、凄絶な笑みを浮かべている。

 少女、リッカはその小さな身体をばらばらにするのではないかと思われるほど、全身を震わせて両手で手綱を握りしだいている。


 頃合かなと、チコは考えた。しかし背後を見るまで気付かなかったが、捕虜と赤城辰也の姿が見えなかった。まさか逃げたかと一瞬そんな考えが過ぎったが、それはあるまいと心中で打ち消す。


 とはいえ捕虜がいるのといないのとでは、選べる方策が違ってくる。これは困ったなと思うが表情には出さなかった。


 いよいよ衝突の刻が近付いてきた。誰ひとりとして失わずに切り抜けられるよう、天を仰ぎ微かに願った。






 「どうだ? まだか?」


 騎士コウキ=サトは村落から一旦は蹴散らされたが、落ち延びてきた手勢を再度纏めて、反乱分子を挟み込むようにリオ小隊とは別働隊を組織していた。

 なんとか気取られずに配置に着けたと思う。兵たちは二十人に満たなかったが、二つに分割して通りを挟むように待機させている。

 リオ小隊はまだ距離を保っているが、自分の小隊はほんの僅かな距離を隔て反乱者たちの後方の破れ屋の陰に隠れている。


 いまは兵のひとりに村の中心の様子を探らせて、その報告を聞いている。補佐役がいたのだが、村に反乱分子が乱入してきた時の混乱ではぐれてしまった。


 「まだ連中はおりますよ。七人かそこらです。へっへ……仲間の敵討ちだ。あの首謀者以外は、」

 「殺せ。チコ=ユウリの人相書きはみな見知っているな? 間違えるなよ」


 コウキは的確に部下の質問に答える。絶好の場所に潜むことが出来た。うまくリオ小隊が陽動を図ってくれた格好だ。


 「向こう側の連中は、何人隠れてる?」

 「あー……たぶん、十人、ぐらいかと」


 分割した隊はコウキが隠れている場所と、通りを挟んだ向こうにいるはずだが、気配が覗えない。そこまで隠れてしまったのでは、いざという時に出遅れるではないか。


 使えん部下だと、自分の相手をしている男をじろりと睨む。分隊の員数も把握していないとは。補佐役を失ったことが手痛い。

 

 あいつは細かい数字までよく把握していた。兵たちへの心の配り方も行き届いていたから、分隊を任せるには最適だったのだが。


 補佐役であり、弟でもあるトウマ=サトへの感慨は、この程度のものだった。



 わぁぁぁぁぁ……


 村の中心側から喚声が上がった。ここか。ここなのか。

 焦れたコウキが破れ屋の陰から自ら通りを覗き込む。


 ほんの僅かな間。点在していた松明の灯りを塗り潰す様な、激しい光量を放つ球体が宙空に生まれた。

 そして前方に放たれた。おそらくリオ小隊に目掛けて。


 ここだ。


 「者ども、続けぃ! 路地裏に逃がすなよ、分隊ごとに横隊突撃! 左右から包囲す……」


 勢い良く飛び出したコウキと直轄の部下たち。しかし、その勢いは前方の反乱者や同僚たちに悟られる前に消えてしまった。


 見えない。もう一つの分隊はどうした。なぜ出て来ない。

 俺の合図で飛び出せと、三度も念を押したぞ。

 聞こえない程に離れて潜んでいるのか。ふざけるなよ。


 コウキは尻すぼみになりそうな意気を奮い立たせて、反対側の路地へ部下の一人を確認に行かせる。


 時が惜しい。あぁ、戦闘が始まってしまった。

 いまなら、いま行けば間に合う。


 「ぎゃぁっ!!」


 兵士が吹き飛び、仰向けに転がる。ちょうど自分の目の前に倒れ込んだ。目を疑う光景だ。鼻が無残にもぐしゃりと潰され、仰向けの為かじわりと血が溢れて顔の側面を垂れている。


 なんだ。なにが起こった。いい加減にしろ。

 いまが好機なんだ。手柄を上げる、絶好の機。

 邪魔しやがって。誰だ。誰がやった。


 「誰かっ!?」


 埒も無い。そんな質問を暗闇に包まれた路地に鋭く投げた。


 ぼおっと小さな火が暗闇の中に浮かぶ。

 返事をするかのように、乾いた金属音が響いて、火が消えた。






 「なぁ、兄ちゃん。煙草持ってねえか?」

 「な、なに? たばこ? なんだそれは?」

 「なんだってことはねえだろ。嫌煙ってやつか?」

 「けんえん? なにを言ってるんだ?」


 とんちんかんな会話を交わしている二人、赤城辰也とトウマ=サトである。赤城はトウマの肩を抱きながら、村の中心を抜く通りから外れて、生い茂る森林と家並みの境目を歩いている。


 なにも知らぬ者から見れば仲の良い男たちの姿であろうが、トウマは後ろ手に縛られたまま、肩を抱くというよりもぐいぐいと引っ張られているといった方が正しい。


 「……冗談だろ? 煙草を知らねえのか?」

 「……知らんと言ってるだろ。なんだその目は?」


 所々でまだ村にかけられた火が燻っている。煙が目に痛い。


 「ひでえ真似しやがる……なにも住んでるモンがいる家に火をつけることはあるめえ」

 「ふん……この村の連中は、ニンゲンじゃない。仕方無いんだ」

 「……人間じゃねえとは、また思い切った事言いやがる。俺も若い頃、言われた気もするが……」


 なにがおかしいのか、赤城はくっくっと潜み笑い、しかし次の瞬間、トウマを凍えさせる様な目付きで見据えた。


 「それでもだ。仕方無えで家を焼かれて殺されちゃあ、堪らねえよ」

 

 俺は止めようと兄を諌めたのだ。

 そう喉元まで言葉が出掛かったが、止めた。代わりに顔を背けた。目の前の男の視線を受け止める勇気が無かった。


 「……ふん。……やってられねえなぁ。煙草が無えんじゃなにもやる気が起きねえ」


 なにを言っているのか分からないが、なにやら不満げな顔でぼやいている。心なしか肩を抱く力が強くなっている気がする。


 「……ん……ちょ、ちょっと待て、止まれ」


 襟首を無遠慮に後ろから引っ掴まれた。ぐりっと頸が狭まり呼吸が詰まった。捕虜とはいえ、もう少し優しく扱ってくれと内心毒づく。

 なにごとかと男を見れば、なんとも不思議な恰好をした男だと思う。このように上下を分けた服は珍しくはないが、どちらかと云うと都市民でも上等な連中が多く着ている恰好だ。もちろん自分も兄も、着た試しは無い。


 その男が、ごそごそと上着の内側に手を突っ込んでいる。重ね着をしているのか。動き易いのだろうか。しかし薄手にも見えるので、着心地は悪くなさそうだ。


 「……マジかよ」


 男が小さな赤い小箱を取り出した。もどかしそうにその箱に爪を立てて、蓋を開けようとしている。

 蓋を開けて、なにやら小さな棒を取り出す。

 と、同時に片手から小さな火が生まれた。かきんと金属音が耳に届いて、火が消えた。


 「……煙管か? それは……」

 「あん? 煙管ってお前、時代劇じゃねえんだからよ」


 さも可笑しそうに頬を弛める赤城の姿は、打って変わって和らいだ空気を放ち始めた。なにやら吸い込んで煙を吐くのは煙管だ。貴族の護衛をしていた時に見た事がある。

 ややあってから異装の男は満足したのか、こともあろうに短くなった煙管を投げ捨て踏み潰した。


 「……勿体無い。お前、貴族か?」

 「……さっきから会話が噛み合ってねえと思ってるのは俺だけか?」


 そして、男は愉快そうにトウマの胸を突付いた。煙管を吸ってからは上機嫌だから、少し気が休まる。


 「おう、兄ちゃん。俺ぁ赤城、赤城辰也ってもんだ。赤城さんだ。お前お前と気安く呼んでくれるなや」

 「……俺は、あんたの女房じゃないんだ。なんで、さん付けで名前を呼べるか」

 「なにをごちゃごちゃ言いやがる。名前じゃねえだろ、苗字にさんを付けろってんだ」

 「……みょうじ?」


 「お前、いい加減にしとけよ?」


 おもむろにアカギと名乗った男がトウマの胸倉を掴み上げた。後ろ手に縛られたままの彼にはなす術が無い。なにが気に障ったのか、さっぱり分からない。


 「……てめえの名前は?」

 「うぐっ……トウマだ、トウマ=サト。は、離してくれ」


 ぱっと手を離す赤城。僅かに思考する。念の為だと己に言い聞かせて、確かめようと考えた。


 「サト、が下の名前で良いんだよな?」

 「下? 名前はトウマだ。サトは、家名だ」


 まただ。またカメイという単語だ。


 「かめい、って……なんだ?」

 「家名は……家名だろう。代々の名乗りだ。騎士階級や貴族ならば大抵は家名があるじゃないか」

 「……それは、苗字じゃ……いや、いい」


 そういって赤城は考え込んでいる。なにやら真剣に考え込んでいるが、歩みは止めていない。

 もう村の中心からは随分離れた。家並みの裏に廻り込んでいるから、通り向こうでなにが起こっているのかは分からない。


 ぴたりと赤城は動きを止めた。今度はぎゅっと肩を掴むだけで、ほんの少し扱いが改善されたと思う。

 破れ屋の一軒の真裏で隠れる様に、しゃがめと手付きでトウマに命じる。


 「おめえ。トウマとかいったか。おめえとはゆっくり喋ってみてえもんだ。安心しろ、殺しゃしねえよ……おら、路地を覗いて見ろ」


 先ほどよりずっと声を潜めてトウマに語り掛ける。ゆっくりと首を伸ばし、真裏から路地を覗き込む。

 誰かいる。目を凝らす。帝国兵、同僚だ。


 そう当たりを付けた瞬間、ぐいっと襟首を掴まれて引き戻された。やはり手荒い。


 「よくよく考えると、だ。俺ぁさっきの連中に助けられたようなもんだ。この借りは返さなきゃならねえ。助太刀してやろうと、考え直したわけだ」


 俺を連れて逃げるつもりだったのかと、思いはしたが口にはしなかった。


 「うまく考えたもんだ。挟み撃ちだな。まぁそりゃそうだ……あんなトコで兵隊さんが五人かそこら相手ににらめっこしてるだけってんじゃな、うまかねえ」


 リオ=タタールの采配か、或いは、兄は無事なのか。


 「いいか。おめえは切り札だから、ここぞって時に使う。それは今じゃねえ。俺ぁいまからあの隠れてる連中を片付けるが、邪魔すんなよ」


 思わず目を瞠ってしまった。十人近く潜む兵たちを相手になにを言っているのか。正気を疑う目を向けたが、赤城は勘違いしたようだ。


 「心配すんな。無闇矢鱈に殺しゃしねえよ。目の前で仲間を殺されちゃお前も後生が悪かろう?」


 そんな心配はしていない。自信有りげに言い放つ男が信じられない。


 赤城と名乗った男は壁に身を隠しながら、小さく拳を壁に打ち付けて音をたてる。気をひいているのか。うまく釣り出して、それでどうするというのだ。


 しかし次の瞬間、トウマは耳を疑った。目の前が真っ暗になってしまった。


 「おい。俺だ、トウマだ。こっちに来てくれ。こっちから近付けるぞ」


 とても似つかぬ声音で、赤城が囁いたのだ。


 こいつは亜人どもが信奉する悪魔だ。

 トウマは己の境遇を呪うほかなかった。

この物語にチートは無いと言ったな。

あれは嘘だ。


主人公はチート能力を手に入れた!!


能力名:女神の慈悲

効果:念じれば煙草が懐から出現する

影響:主人公の気が休まる


 ってか喫煙者は想像してみ?

 煙草の無い世界とかどうよ?

 俺なら一日で憤死する所存。

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