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第二話

 「……来い来い……ぐぁっ!!」

 「駄々漏れ……やっぱり兄貴は麻雀向いてないんだって」


 ばちんと麻雀牌を卓の中央に叩き付けて、兄貴と呼ばれた男が上目遣いに対面に座る男を睨む。

 対するは優男な風貌ながらも、妙にギラついた眼光を放つ男。

 兄貴と呼ぶ男からの視線を逸らしながら、唯一彼だけが、場を和ませる役割を果たしている。


 「今年も俺たちの勝ちかねぇ……なぁ、青木?」

 「へい! しかし、伯父貴の手もデカそうで。気は抜けやせん……あっ、ツモですわ」


 「だぁー!! なにやってんだよ、太田!! お前がさっさと振り込まねえからっ!!」


 そう言って兄貴分の男が手牌を荒々しく崩す。


 「おやっさんのアタリは、叔父貴の手の中で止められてます……」

 「へっへ……悪いな兄弟、六千オールだ」

 「偉ぇぞ、青木。後で小遣いやろうな。今夜も腹いっぱい蟹をごちになろうや」

 「くっそが……坂本組は赤城組に喧嘩売ってんのか!?」


 まぁまぁと三人揃って不貞腐れる一人の男を宥める。



 場所は、北海道は札幌市内の繁華街の一角、テナントビル内の雀荘。

 男たちは札幌市内を中心に縄張りを持つヤクザ。

 いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの、若手ヤクザの両者とその若頭たちである。

 

 年始恒例の事始式が終わったのは数時間前。

 道内全域に勢力を誇る導紋会の中核を担う傘下組織の長たちが集う儀式は今年も恙無く終わった。

 その内でも群を抜いて組織に貢献した若手二人は、他の古参連中への挨拶もそこそこに、この雀荘に流れたのであった。


 今頃は導紋の当代会長と姐さんを傘下の組長らで囲んで、毎年恒例のクラブを貸し切っての新年会が開催されている筈。

 本来ならばこの四人も参加するべきなのだろうが、全く意に介した様子は無い。


 「ちっ……休憩だ! しかし遅えな、巧の野郎! まさか向こうに居着いちまったんじゃねえだろうな」

 「兄貴。まだ一時間も経ってねえよ。もうぼちぼちだろうよ」


 「今年こそぁ……引導渡さねえとなぁ……なぁ、龍?」

 「解ってるよ。辰兄貴が跡目を襲って、俺が若頭だ。それでキレイに収まるんだ」


 「結局、去年は何事も無く終わっちまったからなぁ……」

 「そりゃ無えぜ、兄貴。木村の若頭が内地の連中に殺られちまって……ずっとバタバタだったじゃねえか」


 昨年の秋口から、内地組織の暗躍が北海道で散見されるようになった。

 事もあろうに、内地組織に指嗾された若者が、白昼の繁華街で導紋会の会長と若頭が連れ立って歩いているところを襲撃、結果として会長の信頼厚かった若頭の木村が殺害された。


 以来、喪に服すという名目で導紋の会長は新たに若頭を据えずに、若頭補佐という肩書に三人の組長を抜擢したままである。

 組織の在り方として、本家である導紋会の若頭こそが、導紋の跡目と目される。

 しかし依然として本家若頭は空席のまま。


 そしていま、若頭補佐三人の内の二人が、それぞれの一家の若頭を伴連れに麻雀に興じている訳だが。


 この中で一番格上であろう兄貴分の男が、獰猛な表情を浮かべて至極恐ろしい事を言ってのける。


 「だから、俺がきっちり返しはしてやったじゃねえか。街中でドンパチするような真似はせずによ。向こうさんの事務所まで出向いたんだ。文句はあるめえ!」

 「大変だったんだぜぇ……我慢してくれっつったのに。事務所に乗り込んで、向こうの組長だけ殺るなんざ……俺には想像もつかねえよ」

 「けっ! たかだかのチンピラが俺を殺れるかよ! 帰りにゃ黙って道開けたぜ」


 

 「おぉ恐っ! しかしのぉ、兄貴一人の裁判費用だけでナンボになっとると思てん?」


 店の入り口から剽軽な声が飛んできた。

 この辺りでは馴染みの無い、関西人のイントネーションである。


 「……遅えぞ、巧」

 「せやかて、若頭補佐が三人揃って欠席いう訳にもイカンやろ? 会長のお守りもせんならんのや」


 若頭補佐の三人が揃った格好である。

 卓を囲んでいた四人の内、二人は立ち上がり、遅れて来た人物に席を譲る。

 彼らの上役が許して麻雀の同席をしていたが、この剽軽な男は存外に貫目の上下を気にするきらいがあった。


 「会長は? なにか言ってたかい?」

 「大丈夫や、あんじょう言うとったさかい。赤城辰也と坂本龍太は今日も商売繁盛、新年会に出る時間もありまへん、ってな」


 辰兄貴、すなわち赤城辰也こそが、彼ら三人の内の兄貴分であり、真ん中が龍、坂本龍太であり、さしずめ末っ子が巧、進藤巧である。


 いまや導紋会の実権を握る三人である。

 組織の若返りを謳った旧執行部による抜擢から数ヶ月、この三人こそが導紋会の浮沈の鍵を握っている。


 赤城はじっと腕組みをしたまま、進藤が座ってからは黙りこくっている。

 自然と坂本が進藤の話しの聞き役に回っている。


 「茶化すなよ……んで、会長からは、聞けたのか?」

 「あかん! 見栄っ張りやでホンマに……迷惑は掛けたない言うて、いやいや十分迷惑やっちゅうねん」

 「ちっ……どうするつもりだ。会長ひとりでどうにか出来る訳が無え。間違いなく、俺たちにお鉢を廻してくる筈なんだ」


 「安心しいや……知っとるやろ、ワシの女。アイツがな、姐さんに可愛がられとってなぁ。上手に聞き出したんや。いやぁ、苦労したでぇ……」


 「……さっさと要点を言えよ」


 一瞬、室内が冷やりとした空気に満たされる。

 赤城の一声が、進藤の表情を強張らせる。話しの腰を折られたからか、或いは兄貴分の声音に恐怖した為か。


 「……ふぅ……十億や」

 「なんだとっ!?」


 赤城はぴくりと眉根を動かしただけだが、坂本はがたんと腰を浮かせる。


 「桁が違うじゃねえか……十億だと……糞がっ!!」

 「しゃあないやろ? どないかして銭拵えようや。跡目の相談はそれからやろ?」


 進藤が煙草を銜えると、傍らに立っていた太田が動くより先に、赤城がライターを差し向けた。

 突然の赤城の行動に進藤も驚く。

 

 「へっ? おおきにや……」

 「相談って、なんだよ?」

 「へっ?」


 獰猛さは潜められ、硬質な笑みを浮かべた赤城が、ライターを向けたまま、進藤の目をじっと見据えている。

 煙草に火が付いた。

 だがライターは閉じられず、煙草の先をじりじりと焦がし続ける。

 蛇に睨まれた蛙のように、煙草を銜えて顎を突出した格好のまま、進藤は動きを止めてしまった。

 坂本はといえば、進藤を憐れむような目付きを送りながら、椅子の背持たれに身体を悠然と預けている。


 「跡目を、相談する、必要があんのか?」

 

 静かに、だが相手の頬を打ち据えるかのように、言葉を吐き出す赤城の目付きは、次第次第に野生の獣のような獰猛さを再び取り戻してゆく。


 進藤の口元から煙草がぽろりと零れ落ちる。

 先端を盛んに燃やしている煙草が、ぱちりと進藤の革靴に落ちて火花を爆ぜさせる。


 「ちゃ……ちゃうがな。どないして、辰兄ぃを跡目にしよかっちゅう相談やんか……」

 「十億、銭を作った奴が、跡目か?」

 「ちゃうがな……兄貴の他に跡目なんておらへんよ……ワシと龍で、兄貴を支えていこうっちゅう話しやで……なっ、龍?」


 「あぁ、そうだ。兄貴が跡目だよ。十億は俺が作る。会長が借金返してキレイになって、引退だ」


 ばちんと音を立ててライターが閉じられたと同時に、空気がやや緩むのが解った。

 とくに己の組長の癇癪を恐れる若頭の太田などは冷や汗を掛いていたが、彼の立場を慮る坂本の目配せで胸を撫で下ろした。


 「紛らわしいよ、お前、巧よぉ……」

 「じょ、冗談キツイで、ホンマ……」


 「巧よぉ……お前と兄弟盃交わしたなぁ、俺の一生の不覚だぜ……全くよぉ」

 「んなっ!? ……きっつい冗談やなぁ……」

 「……あぁ、冗談さ」


 ちっとも可笑しみを感じさせない笑みを浮かべながら、赤城はその場で立ち上がった。

 若頭の太田がすかさず親分の上着を絡げて傍らに寄り添う。


 「仕方無え、今日は打ち止めだ! 今年も俺たちが蟹をたらふく食わせてやらぁ。行くぞ!」

 「おお……行こうか。 世話んなったな、ほれ、お年玉だ」


 坂本も立ち上がり、カウンターの内側に立っていた店主に厚みのある小封筒を放り投げる。

 この雀荘の店主は元は極道だったが、一身上の都合によりカタギに直って雀荘を経営していた。

 むろん客層は極めて悪い。


 両手で拾い捧げ持つようにして店主は黙って頭を下げる。

 赤城と坂本の二人と若頭たちが出掛ける準備を見せて、進藤もやれやれとばかりに立ち上がる。


 「な、なんやなんやー! ワシは席暖める暇もあらへんがな……」

 「……お前は、お呼びじゃねえよ」


 ぐいと胸を迫り出すようにして赤城が距離を詰めて言った。

 まるで人間ではなく、モノを見る様な目付きで進藤を見下ろしている。


 「あっ……ぐ……ほ、ほうか。まぁ、ワシも女と約束があるんや……ほな、また来月の定例会で……」


 言い終わらぬ内に赤城は店の扉を開けさせて出て行った。

 他の三人も追随して、まるで進藤を居ない者かのような振る舞いである。

 店主がカウンターから出て、卓上に散らばる灰皿やグラスなどを片付け始める。


 「……報告せえ……」

 「あっ……いや……」

 「じゃかあしいんじゃ!!」


 店主が持っていた盆を叩き落とし、灰皿やグラスが飛び散り派手な音を撒き散らす。


 「おどれはワシの餌も喰っとるじゃろうが!? さっさと報告せんかい!」

 「ひっ……あ、進藤さんが来る前には……」


 店主は、彼ら四人が進藤の来店前に交わしていた会話を全て吐き出して、その様子もつぶさに報告する。

 進藤は幾つかの質問を挟み、なにか手応えがあったのか、急に思い立ったかのように、店を飛び出して行った。



 「兄貴も、もう少し軟らかくなれないもんかねぇ……」


 若頭の青木が運転する車の後部座席に身体を沈め、坂本はふとした感慨を呟く。

 身内と見れば随分と甘やかす事も多いものだが、まるで最近の進藤には目の敵のような扱いである。


 関西から渡って来た外様の進藤だが、導紋の会長には気に入られて若手三人衆の一人に数えられているのだ。

 鼻に付く関西弁で会長におべんちゃらをたてる様子は苦々しいものだが、極道らしい貪欲さでシノギも広げており手腕は確かだ。


 「赤城の伯父貴は……身内にっていうか、おやっさんにしか気を許してない感じっすよね」

 「……有り難いやら……だな。でもな、兄貴も自分とこの若い衆には結構ウケは良いんだぜ?」

 「へぇ……いっつもおっかない顔してるもんかと……」

 「兄貴は、情の深い人さ。ただ、要領悪ぃんだな」


 苦笑しながら、坂本は近い将来に思いを馳せる。

 いずれ会長には身辺整理を図ってもらい、気持ち良く引退してもらう。

 その為に必要な金は、自分ならば作れるという自負がある。

 赤城の兄貴はきっと強くて格好良い、本物の極道として一家を背負って貰える筈だ。

 俺は、金庫番で良い。兄貴が好きなように極道として生きられるように、俺が支える。


 遠からず、理想の未来が彼らに訪れる、そんな予感を感じる夜だった。






 「会長、こいつが赤城のトコで押さえてた債券です。それと、うちの組長のPCから抜いてきたデーターはこのUSBに……」

 「儂はソロバンしか出来んよ。お前が上手くやっとけ、な」


 「あ……青木……お前、何の真似だ……」


 会長宅に、兄貴分の殺害の完了を報告に訪れた坂本。

 しかし、報告の内容に些かの感慨も見せず煮え切らぬ態度の会長に坂本が激昂した矢先、潜んでいた若衆に取り押さえられた。


 その直後に会長の傍らに立ったのは、己の子飼いの腹心である青木であった。


 「おやっさん……親子の盃を逆縁にしちまうのは心苦しいよ。けどねぇ……先に始めたのは、組長だぜ?」

 「お、お前ら……赤城って、お前!? まさか、辰兄貴の組の者になにかしたんじゃ……」

 「殺したよ、一人残らずね。親に似て危なっかしい連中ばかりだし、放っとけないでしょ、やっぱり」


 さらりと最悪の状況を伝える己の腹心の態度に、愕然とした表情を浮かべる坂本は、ついに己の運命も悟った。


 「太田には悪いことしたよ。せっかく組長と伯父貴が仲取り持ってくれた兄弟分だったんだけどさぁ、言う事聞かねえんだもん」

 「太田まで……お前……外道が……」

 「おやっさんはどうなのよ? 進藤に続いて、赤城の伯父貴までさぁ。まぁ楽させてもらったけど」


 懐から拳銃を抜いて、青木が一歩二歩と歩み寄る。

 がちゃりと撃鉄を起こし、ぐりと坂本の額に銃口を押し当てた。


 「あんた……ヤクザに向いてないよ」


 「あぁあぁ……儂の家、汚さんでくれるかぁ……」


 妙に間延びした会長のボヤきが耳に届いた瞬間、坂本の意識はばちんと弾け、消えた。


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