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第一話

 前作のプロットが、消失。

 家業の引継ぎでばたばたと、一年以上も

 なろうには触れてもいなかったクセに

 またも暇潰しに書いてみます。

 今作は、完結を目標に。

 元より彼は、諦めてはいたのだ。

 望んでヤクザ稼業に身を落としてから、己の様な人間が長生き出来る筈も無し。

 暴力団を取り締まる現行法は厳しさを増す一方、己のような武闘派が便利に使われながらも組織にもお上にも疎まれている事を、知っていた。


 だからと云って、これは無いと、彼は思う。

 なぜ、よりにもよって、この男が自分を殺すのだ、と思う。


 「兄貴……すんません! これしか、こうするしか……勘弁、してください」

 「……おう……お前が、言うんなら、仕方無えな……」


 暴力しか知らない彼だったが、彼が引立て仕上げた弟分は、立派なインテリヤクザの模範となった。

 北の大地を縄張りにした由緒正しい組織に身を置く二人は、巨大な内地組織の国内統一の流れに対して意見を異にした。


 兄貴分は言った。

 「屁の突っ張りもしねえ内にバンザイするんじゃ、芸が無かろうが! 内地の連中にこっちの意地を見せたろうじゃねえか!?」


 弟分は肯んじなかった。

 「兄貴がそんな真似をしちまえば九州の二の舞いだろう!? 九州で逆らった連中は軒並み潰された! 断じて認めんっ!!」


 極道の面子に訴えた兄貴分、そして極道として生計の途を求めた弟分。

 軍配は、兄貴分に上がった、かに見えた。


 躍進著しい若手二人の意見を聞いた執行部が、その意気や佳しと兄貴分を送り出した直後、両組織首脳の駆け引きと官憲の歪な横槍の為に、弟分に下された命令は、兄貴分の殺害であった。


 見事に内地組織尖兵を蹴散らした兄貴分は戦勝に浮かれる事無く、事後策を練る為に己の縄張りに戻った。

 その直後に、弟分が放った凶弾に倒れる事となる。



 弟分に課せられた重責が、引き金を引いた。


 兄貴分の仕打ちにより内地組織の態度は硬化を免れ得ず、いずれ数の暴力が海を渡り来る事は明白だった。

 その時、己が一人ならば、兄貴分の弾除けにもなる覚悟は出来ていた。


 しかし彼もまた一家を構える身の上であったのだ。

 兄貴分の引立てにより身代を膨らませたのは周知の事実であったが、とかく金を稼ぎ組織全体を拡大させたのは、偏に弟分の才覚に頼るところが大きい。


 そんな彼を慕い、また彼が育てた若い人間たちが一家にはいる。

 その一家を包括する組織は縄張内に五百を下らぬ構成員を有している。

 彼らの命をあたら散らし、路頭に迷わせる事は出来なかった。



 兄貴分の暴発、それを身内で粛清し、格好をつけて内地の軍門に下る。

 彼らの組織の長が描いた絵図である。

 前年から、稼業からの引退を周囲にそれとなく迫られていた長は、いざ窮まって老醜を晒け出した恰好であった。

 己の立場に固執した長は、こともあろうに若者たちの意向を無視して対立している筈の内地組織の政治盃を呑み込んだのだ。


 ひとり跳ね上がる男を消すには、律儀で情の深い弟分を籠絡すれば事足りた。

 内地組織に降る直前には跡目を譲る、そうとなれば思う様に事を運べる、と吹き込んだ。

 その上ならば、背負った一家と組織五百人の命が買える、と。


 弟分は、墜ちた。



 「おめえは……大丈夫、な……かよ?」


 兄貴分の顔付きは、次第次第に血色を喪ってゆく。

 しかしその目付きは、若かりし頃に自分を拾ってくれた頃のように、ひどく優しげに弟分を見遣っている。


 自分が消えることでお前は往く道を進めるのか、そう彼の眼差しが問うていた。


 「うっ……ぐうぅ……あ、兄貴の組は、俺が面倒見ますから……あ、安心、じでぐだざっ……」


 弟分の言葉は最後には嗚咽交じりに、兄貴分には聴き取り辛かったが気持ちは充分に伝わった。



 自分なりに組織の在り方を見詰め続けてきた。

 耄碌した長から順当に跡目を襲り、自分を支えてくれる弟分を若頭に据え、組織を盤石にする腹積もりであった。


 ヤクザに求められるものは、先ずは暴力であると固く信じてもいた。

 弟分の様に金を稼ぐのも結構だが、己の矜持の在り処を、己の内なる暴力性に秘めてきた男にとって、自らが愛する者たちを守る術は、やはり暴力であった。

 他を圧倒するだけの力を得てこそ、一端の極道であり、他者に侮られぬように努めてこそ、他者に爪弾きにされた者たちを束ねる組織の長である。


 自分のやり方は古臭い方法だったのかもしれない。

 今時は、早々ヤクザの揉め事など起きるご時世でもない。

 しかしだからこそ、己が為さねばならぬと、そう固く信じていた。


 この男ならば、目の前に立つ弟分ならば、解ってくれると信じてもいる。

 そう。己の身体を穿った今でも、兄貴分は信じている。


 今となっては、目の前の男が、自分の遺志を一欠片でも汲み取ってくれる事を、ただ願い信じるほかない。


 薄れゆく意識の中で、彼は最後に不敵な笑みさえも浮かべてみせた。

 馬鹿野郎が、泣くんじゃねえ、俺を殺ったお前の勝ちだ、胸を張りな。

 そう言葉にしたかったが、いまや口唇の戦慄きだけが彼の表現出来る全てであった。



 元より諦めてはいたのだ。

 太く短く生きる、それが極道としての理想の生き様だった。


 しかし、それでも、志半ばに斃れることは、無念であった。


 彼の瞼に映る末期の景色は、愛して止まぬ、唯一の家族とも心を許した、弟分が泣き崩れ膝を付いた有り様であった。






 「も……燃える……私たちの、村が……」

 「アンジュ!! 急げ! ニンゲンどもが追ってくる!!」

 「チュエン! けど!!」


 息せき切った男が、頻りに振り返り歩みを止める女の腕を掴み上げる。


 「もう……無理だ。村のみんなも散り散りになってしまったが、きっとまたどこかで会える!」

 「気休めは言わないで!! どうして……どうして娘たちも連れて来てくれなかったの!!」

 「死んだとは限らないだろう!? 村の誰かが連れ出してくれているかもしれない! 君まで死んでしまっては!!」


 いまにも崩れ落ちそうになる彼女の腰を支える男の目付きは、緊迫した口振りとは裏腹に、目尻が垂れ下がっている。


 仕方も無いことだろう。

 アンジュは氏族の内でもとりわけ美しい娘だ。

 ニンゲンに比べて容姿に秀でた種族ではあるが、その女性たちに混じってもいや増して美しさが際立っていた。


 絹の如き滑らかな柔肌、財宝の如く金色に輝く髪、その物腰は所作の逐一が美麗であった。


 しかし、いまの彼女は火と煙と、凶悪なニンゲンに追われ、全身を痛ましい程に傷付け且つ汚していた。

 それでもなお、彼女の美しさを損なうことはなく、むしろ儚さをも加えている程であったが。


 「さぁ、行こう! 逃げるんだよ! 君をこんなところで死なせやしない!!」

 「チュエン……ええ、行きましょう!!」


 アンジュと呼ばれた女性は、迷いを振り切るように後方をぐいと睨んだきり、連れの男も戸惑う程の速度で駆け出していった。






 「おとおたま……とおたま……おきて……お、きて……」

 「…………」


 物言わぬ骸に縋り付き、舌足らずな言葉を呟き続ける童が、ひとり。

 彼らの周囲では、元々粗末な造りであった家屋が無惨にも打ち崩され、火を付けられ、なお一層の破壊と混乱の様相が呈されていた。


 それに気付かぬかのように、童はひたすらに骸に取り縋る。

 年格好は三歳かそこらの、愛くるしい、女児だ。

 両親の面差しを窺わせる端正な顔立ちが、突然に降って湧いた災厄の為に歪められ、いや、正しくは周囲の状況を理解出来てはいないのだろうが。

 ただ、日頃から優しく己を包んでくれた、父親の両の腕がぴくりとも動かぬ事に不満を覚え、駄々っ子のようにじゃれついているだけかもしれない。


 「とおたま……おっきして、ね?」


 骸の片腕をうんしょと掴み上げ、己の身体を包むように抱え込む。


 「……エイちゃんも、お昼寝するね……」


 一向に目を覚まそうとしない父の姿に、やれやれとばかりに童は骸の片腕に包まれたまま、骸の傍らに身体を寝かせる。


 砂と石に、骸から流れ出た血溜まりが混じり合った、およそ子供の寝床には相応しくはないのだが。



 「小隊長! 意見具申を致します!! もう……これ以上はご容赦下さい! 既に村人は逃散しております。件の男はここにはおりません……他を探しましょう」


 ひとり騎乗した人物を見上げる形で、ひとりの若者が傍らから声を張り上げた。

 その騎乗人物を囲むように、若者と同じ出で立ちの者たちが数人、焼け落ちつつある村の中心部に陣取っている。


 みなが一様に、金属製だろうか、身体の上下を具足で包んでいる。

 腰には揃いの剣が吊るされており、また一部の者は背に弓矢筒を背負ってもいる。

 とはいえ、騎乗の人物こそ上等そうな恰好だが、その他は簡易な出で立ちであるので、身分の差のようなものを覗わせる。


 「意見は無用。上官の命令は、反逆者の生死を問わず捕縛であり、反逆者を隠匿した者らの罪はまた帝国への反逆である」

 「しかし……なにも知らぬ者たちもいましょう! その者らにまで罪が及ぶなど!」


 数人の者たちが手を休める格好で、二人の応酬を眺めている。

 この状況に困惑している者もいるが、頬を緩ませて家屋に火を投じていた者もあり、みながそれぞれの表情を浮かべている。


 「手を休めよと、私は言っておらん」


 そういって、隊長と呼ばれる男がすうっと腕を前方に差し向ける。

 「反逆罪は、死刑を以って相当とする帝国法に例外は無い」

 「くぅうっ!! ……そんな、兄上ぇっ!!」


 隊長が指差す先では、小さな子供が、遠目でも死体と判るそれの傍らに転がろうとしていた。


 二人の軽装の、兵士と思しき男たちが獲物を見付けたかのように勇んで飛び出す。

 隊長のお眼鏡に適うように、精一杯の媚びた表情を浮かべながら。



 「ねむねむじゃないの……暑い……暑いよ……とおたま……」


 無力な女童が物云わぬ死体の、頬をぺしりぺしりと叩く。

 いつもなら、死体の男がこらこらと目尻を下げて自分を抱き上げてくれるのに。

 

 ばたばたと地を蹴る足音が女童の耳に届いた。

 なにごとかと首を巡らせると、見知らぬ大人が怖い顔をして駆け寄ってくる。


 怖いよ。

 知らない人だ。ニンゲンだ。

 あんな怖い顔をする人は、きっとニンゲンに決まってる。

 とおたま、おっきして……

 かあたま、どこ……


 「こりゃこりゃ、またまた……とんでもねえな、こりゃあ……」


 だぁれ……また知らない人だ、ニンゲン……かな……


 「おうおう、物騒なもん抜いてやがる……どうすっか、どうしてやろうかぃ……」


 だぁれ……すごぉい……お背中が、とおたまよりもおっきい……


 「しゃあねえな……おう、嬢ちゃ、って日本人じゃねえんだな!?」


 だぁれ……おもしろい……笑った顔、困った顔……

 ……あっ……怒ってる……


 「外道がぁっ!! 俺ぁ極道だが、テメエらサンピンに極道の力を教えてやらぁ!!」


 「本物の暴力をなぁ!! ……触ると痛えぞ、俺ぁ……」



 いま、ひとりのヤクザが、有り得ぬ世界で有り得ぬ物語を紡ぎ始める。

 その第一歩が、刻まれようとしていた。

 

 

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