表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界農家  作者: 宇宙農家ロキ
三章 異世界で出稼ぎに出る俺
99/100

99.……そろそろ、お別れの時間だ

別にこの歳になって今更、口付けでドキドキするような年齢ではない。

……しかし、ルルガからのこのキスは、おそらく違った意味で俺の心臓をドキドキさせた。


「……ッ」


息継ぎをするように、ルルガは俺の口から離れる。

彼女の目に溜まっていた涙が二粒、俺の頰に落ちた。


「……恥ずかしいので、あまり見ないでくれ……」


あの、躊躇いなく目の前で裸になっていたとは思えないルルガの表情に、俺の鼓動は高鳴る。彼女の突然の行動に、俺はどうしていいか分からなかった。

でも、ただ一つ分かったのは、そうしなければならないような何かが、彼女の身に起きている……ということだった。


「……そろそろ、お別れの時間だ」


そう言うと彼女は、恥ずかしそうにそっと俺の目を手で覆う。

視界が暗く染まる中、再び唇に柔らかい感触だけが伝わってくる。……そして、そこから暖かくて優しい、何かの生命力のようなものが流れ込んでくるのが分かった。


「……っ!」


ルルガの唇から流れ込んできたその熱は、徐々に体中に巡っていき、それと同時に俺の全身が熱くなってくる。……いつの間にか、あんなに苦しくて死にそうだった体内の嫌悪感も消えていた。


口元から順に、喉に、胸に、腕に、腹に足に、そして頭の……全身の痛みが消えていく。


そうか。

あのゴウダツの時もルルガはこうやって……!


ようやくそれに気付く。

全身を仄かな熱に覆われた俺は、降りしきる雨の冷たさを感じることもなく、ひたすらに安らかな心地良さに包まれていた。まるで……子宮の中に包まれる胎児のように。


その安らかな微睡みの中、闇が視界を覆ったまま、俺はそっと右手を伸ばして、ルルガの髪に触れた。

毛並みの良い飼い猫のようにサラサラとした赤毛の中に、ふんわりと三角形の獣耳が触れる。

俺が優しく撫でると、その三角がくすぐったそうにピクピクと動いた。


「……ッ……」


その仕草が余りにも無邪気すぎて、急に現実感が戻ってくる。

全身から力が抜け、口を塞がれている俺は、彼女に対する声を音にすることができなかった。

ただとにかく、ギュッとルルガの頭を両手で包み込むことしかできないのだった。


(……『自らの命を分け与えること』だ)


そう言ったルルガの言葉が、頭から離れない。

彼女がそう言うということは、きっと……そういう事なのだ。ミミナがあんなに感情を取り乱していた理由も、それなら分かる。


(……お別れを言いに来た)


頭の中に、さっき聞いたルルガの台詞が繰り返し響く。

泣き顔のまま笑うような、彼女の表情は初めて見た。これまでは、ただずっと……心の底から笑っていたはずなのに。


待て。待ってくれ!

……俺は、そんなんだったら俺は……っ!


「……!?」


突然、俺は無理やりルルガを引き離す。

……まだ全開では無いが、少しは力が戻って来ていた。


「やめろ……やめてくれルルガ……!」

「どうしたんだロキ。まだお前は……」

「いい!もういいんだ!これ以上やったら、お前が……!」


顔を寄せようとするルルガを拒み、起き上がろうとする俺。

しかしそれをルルガが押し留める。


「いや、いいんだロキ。これが巫女の役目なんだ」

「ダメだ!そんなのはいらない!」

「ロキ。……世界にはお前が必要なんだ。わた……うちは、最後にお前の作った美味しい食べ物が食べられて嬉しかった。おいしかったよ。それでもう……いいんだ」


またあの泣き笑いの表情だ。

やめてくれ。お前のそんな表情なんて……見たくない。

他の誰でもない、ルルガだけは……!


「まだだよ!まだこれからもっと作るから!だから頼む!お別れなんて言うなよ!」


母親に抱かれる駄々っ子のように叫ぶ。

なんでこんなに心がかき乱されるのか分からない。

とにかくただ、ルルガにもう会えなくなるのは……嫌だった。


「それは魅力的だな……でも無理だ。私の人生はこうなるように決められていたんだよ。……ずっと前から」

「そんなわけあるか!」

「でも……来てくれたのがお前で良かった。巫女には因子を選ぶ権利は無い。呼び出した因子に殺されてしまう巫女もいる。だから……」

「だからなんだ!俺はお前を殺したりなんかしない!だから……!」


『私はお前を救えて、良かった』


「……っ!」


それは泣き笑いではなく、心の底から笑っていることが分かり……、俺は言葉に詰まる。

そんな……そんな顔するなよ……!


「役目を終えた巫女は、人としての生を終える。それは最初から決まっていたことだ」


聞きたくなかった事実を、とうとう聞いてしまった。

やはり、これで……ルルガは……!


「でも、けど……!」

「ミミナに謝っておいてくれないか。……やっぱり約束は守れなかったよ、と」

「自分で言えよ!約束は……守らなきゃダメだろ……!」


今ならあの時、何であんなにミミナが取り乱していたのかよく分かる。

きっと今でも、カンカンに怒りながら、みんなを救助しているに違いない。簡単に想像できるな。


「はは、ロキはなんだかんだ言っても、生真面目だなぁ……。なら約束しようか。お前がこの世界を美味しい物で覆い尽くした時、うちはまた戻ってくるよ、きっと」

「……っ、何言ってんだ!いっ、一緒に……一緒に作るんだろ……が……っ!」


喉の奥から、嗚咽が込み上げて来そうになる。

俺は必死でそれを噛み殺す。

目の前のルルガの体が、ほんのりと輝き出した。


「ロ……も……限界みた……だ……最後に、私が聞……神託を……告げる……。聞……」


……そして、突然表情が消え、急に無機質な声へと変わった。




***




『子らよ。100年に一度の相転移アセンションの時は訪れた――』


『世界を撹乱せよ。より良い世界の遺伝子を残すため――』


「適応せよ【種を蒔く者シーダー】!」


「増殖せよ【投入する者インベスター】!」


「排除せよ【規制する者ジャッジメント】!」


「作り上げよ【組み上げる者エンジニア】!」


「拡散せよ【感染する者インフルエンサー】!」


「捧げよ【??????】!」




『さあ、進化のための六つの要素を組み込む六人の巫女インストーラー。この世の遺伝子プログラムを組み替え、世界に進化の圧をかけるのだ――!』





***


高らかな宣言が終わると、再びルルガは慈愛の表情へと戻る。

……だが、その雰囲気は間違いなく彼女のものとは異なっていた。


***




この世界に適応しなさい。【種を蒔く者シーダー】よ。


私の因子をあなたに転写します。

これにより、あなたには巫女の力の一部が活性化することになるでしょう。


あなたの力は『緑の手ザ・グリーンハンド』。

それはあなたの目的の助けになるはず。

さあ、立ち上がるのです。今こそ芽吹きなさい。


世界が、あなたを待っています――!




***


そうして彼女の体が仄かな光に包まれると、辺りに眩い光が放たれ、俺の目は眩む。何も言葉に出来ぬまま、数瞬が過ぎた。




「……」


「…………」


「……………………」


「…………………………………………」




気が付くと、俺の目の前には一匹のキツネが佇んでいる。

……そして、一瞬だけ振り返ると、軽やかに薄暗い森の奥へと消えていったのだった……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ