95.まさか食べれない食料の見分けがつかないとはな……
「気配が……。『死の気配がする』……!」
「ご……ゴホッ!ガハッ!!!」
突然謎の台詞を発したベルナルドに驚いていると、いきなり横のマルミラとシバが口から何かを吐き出して咳き込んだ。
「おい!どうした二人とも……っ!?」
「わ……ゴホッゴボ……ッ!」
「ロ……ぐふっ!」
「ロキ君……早く逃げ……ゴハッ!」
俺には一体、何が起きているのか分からない。
……ついさっきまでみんなでメシでも食べながら、今後の展望について語っていた所だというのに。
唖然としながらも、倒れこんで咳き込む二人を介抱する。
最初は吐血したのかと思ったのだが、どうやら単に食べた物を吐き出しているだけらしい。……が、かなり苦しそうだ。
「どうした!?しっかりしろ!」
見れば、立ち上がったベルナルドも同様に、喉の奥から食べた物を吐き出していた。……毒か!?
咄嗟にそう思った。
いつの間にか、何者かに毒を盛られていたのかもしれない……!
そう考えたのだが、だとすると俺にはどうしようもない。
食べた物を吐き出させて、胃の中を水で洗浄するぐらいしかできそうなことは無かった。
「間違いない……。ロキ君、『死の気配』はこれだ……!我々の食事の中に潜んでいたのだ……ぅっ」
「ホントかベルナルド!?けど、俺には何ともないな……。さっきあんまり食べなかったからか……?若干気持ち悪いぐらいだが……」
そう考えた所で思い出した。そういえば、最初に俺が彼らと合流した時、俺も同じ症状になっていたことを。
あの時は確かに、俺しかあの弁当を食っていなかった。だから吐き気を催したのだ……!
その時の記憶があったので、さっき俺は進んで食べなかった。だから今は、症状が発生しなかったのでは……?とすると、致命的なものではないのかもしれない。
俺は一瞬、いくつかの選択肢で迷ったが、ふと気になったことがあり、さっきまで俺たちが食べていた弁当を調べた。
(……そういえば、あの『苦味』。一体なんなんだ……?)
まずは一体俺たちが何を食べたのか?……と考えた時、あの苦味が気になって確かめてみることにした。木の蔓で編んだようなバスケットから覗く粗末な食事。調べると言っても大した物はない。干し肉か、漬け物ぐらいだ。後は保存の効く調味料ぐらいである。
そして、俺がさっき苦味を感じたのは、そのうちの『漬け物』で間違いなかった。
素手で触らないよう、慎重に手に取って見てみると、俺たちが食べていたあの浅漬けのような漬け物は、食感はキュウリのようなポリポリしたものであり、色や形状からして、ウリ科の何かのような感じだということが分かる。
(ウリ科……苦味……吐き気……?)
……そこで俺は一つの答えを導き出した。
「ククルビタシンか!?」
ククルビタシンとは、キュウリやゴーヤなどに含まれるステロイドの一種で、苦味の元になる物質だ。ゴーヤ辺りまでならばまだ食べられるのだが、ヘチマやヒョウタンなどの生食用でないウリ科の植物を食べると、食中毒症状を起こすこともある。
俺も就農当初は、何か珍しい物を作らなければ……!と、食用ヒョウタンなるものを作ってみたが、あまりの苦さ、まずさに、一回だけで作るのを止めてしまった。
……今回の漬け物が、この時のヒョウタンによく似ていると思ったのである。
これが本当にククルビタシンなのであれば、本来そこまで深刻なものではないはずだ。
だが……ベルナルドは『死の気配』と言っていた。その原因はよく分からないが、異世界ということの毒性の高い植物のせいなのか、それとも長らく空腹で十分な栄養を採れていなかったせいなのか……?
それとも、この危機に応じて何者かに襲撃されるとか、どちらにせよ、もしかしたらこれはかなり重篤な事態かもしれない……。
考えろ。
これは事故か?それとも事件なのか?
とにかくまずは、あの植物の正体を探ることが重要だ。即効性の高い毒だとしたらかなり危険だ。有名なトリカブトやベラドンナなど、生物を殺す毒草などいくらでもある。
ウリ科であっても、スイカの根本に接ぎ木するユウガオなど、危険は無いとは言えない。
俺は二人に尋ねた。
「おい、あの漬け物の材料は何だ?……元々の素材に毒が含まれていた可能性がある」
「え?……ぅっ!えぇと……」
しばらく待ってみたが、どちらからも返事が返ってこないことにやきもきする。
……どうやら、シバもマルミラも覚えていないようだ。
「お前たちが作ったんじゃないのか?ってことは、もしかしてあの使用人さんが作ったのか?」
「……?」
「まさか食べれない食料の見分けがつかないとはな……まあ、こんな時だから仕方がないといえば仕方ないが……」
確かに、食糧難の時であれば、普段食べないような物も食べることがあるというのは分かる。名作アニメ『この世界の片隅に』を観てもらえば分かる通り、食べられるものは何でも食べなければならない時はあるからだ。
そう思って、とりあえず誰かに毒を盛られた可能性は低い……とホッとしていた時。……マルミラから、予想外の答えが返ってきた。
『使用人……?一体何のことだ……?』
「……は?」
思わず間の抜けた声を出してしまった。
……意識が朦朧としているのか?
依然として、ゲェゲェと嗚咽を繰り返す三人に、もはや意識が混濁してきているのかと思い、俺は大声で叫ぶ。
「居ただろうが!俺を馬車で迎えに来た奴が!」
「……?何がだ?お主は我が迎えに行ったではないか……」
「は…!?」
「うちにはゴーレムは居ても……使用人はいない……ぞ……ごほっ」
そんなはずはない。
確かに俺はその姿を見ていたし、馬車で迎えに来てくれたのも使用人だった。
相変わらずマルミラの返答は要領を得ない。……まさか、自分ちの使用人すら覚えていないとは。記憶の混乱が生じるなんて、これは結構、危険な状態かもしれない。
「じゃあ一体、このメシを作った奴は誰だって言うんだよ!」
「ロキさんどうしたって言うんですか……?そうだ、これは『ボクが作った』んですよ……?それよりも早くなんとかしないと……精霊たちが……ゲェ……ッ!」
「…………!?」
(何だ……?何が起きている……!?)
そこで俺は初めて、事態の異常さに気が付いた。
「ベルナルド!お前は覚えてるだろ?……あの屋敷にいた使用人だよ!?」
「ロキ君……。残念……ながら、我々には、君が……何を言っているのか、分からない。だがとにかく、これは緊急事態だ……。なんとか……早く、町から助けを……!」
……なんてことだ。
まさか三人とも『使用人の記憶が抜けている』とは。
「おい……お前ら……!正気かよ…!?」
驚愕している俺のことなど、三人は見向きもしていなかった。ただ必死に這い蹲り転げながら、湧き上がる腹の底からの拒絶感と戦っている。
……その姿はなんとなく見覚えがあった。
胃が、体が、これは消化できるものではないと細胞レベルで拒否している感覚だ。消化が追いつかないものであれば、腹を下すだけで済むが、そもそも吸収したら害になるものは、体内には受け付けない。
そうしたものは、胃が拒否反応を示して吐き気を催すのだ。
(クソッ!それどころじゃないか……!)
だが、これである意味、犯人については目星が付いた。何故か俺にだけ記憶が残っているのが不思議だが、どうやらあそこには『いないはずの誰か』が居たことになる。
そこで俺はあの使用人の顔を思い出してみようと考えた。だが、何故かその顔や表情だけは思い出せなかった。どこか霧がかかったモヤのように、はっきりとは思い出せない。男だったのか女だったのかすら曖昧だ。
「ぐっ!……うぅ……!ぉえっ!……はぁ……はぁ……!」
少しの間記憶を辿っていた俺を、苦しげな嗚咽が現実へと呼び戻す。そうだ、今はそれよりも、この状況を何とかすることだ。
三人を樹の下に横たえて安静にすると、俺は一人夜の森の中を駆け出したのだった。




