89.……大丈夫かい?ひどい顔をしているようだが
マルミラからの報告を受けて、オークたちの村に向かった俺。
後から合流してくるはずの仲間たちを待ち、一人先に野営地で休憩していた。
……正直、この辺りのことはあまり覚えていない。
ただ、とにかく焦りの感情が強かったはずだ。
早くしなければおしまいだという感情と、空腹から来る生存への危機感で、正常な判断ができなかったような気がする。
俺は、新たにもたらされた朗報に、安全な食料を確保することも忘れて、ひたすらにこの後の展開をシミュレーションしていた。
……前回の最後以降、確かに森でオークたちと遭遇する確率は減っていた。というか、森からは生命の気配を感じることすら少なくなっていた。虫の声は減り、鳥の鳴き声も無く、それ以前に、森のあちこちが酷く荒らされていた。
よく森沿いの畑や田んぼが、同じように荒らされていることがある。獣害だ。
目立つのは、イノシシが泥浴びをした跡だったり、鹿が木の新芽を食べた跡だったりするのだが、まさにそれと同じような痕跡が各地にあった。
おそらくこれは、オークたちの仕業だと俺は睨んでいた。
あまりにも食糧がなさ過ぎて、食べられるものならなんでも食べたいと思ったのだろう。普段なら見向きもしない木の根や、雑草の実のような物まで根こそぎ収穫されていた。
……これは確かに、ミミナたちが「死んだ森」だと言っていたのも分かる。
オークたちの集落近くにいた彼女たちは、この様子を既に知っていたのだろう。だから、あれだけ強硬に手を引くことを勧めたのだ。もしかしたら、このままならそれほど遠くないうちに奴らが全滅することを予感して……?
そんなことを考えていた時、茂みから複数の人間が近づいて来る音が聞こえた。
「ロキ君、待たせたな。みんなを連れて来たぞ」
「……大丈夫かい?ひどい顔をしているようだが」
「屋敷からお弁当を持ってきたので、食べてくださいロキさん。僕たちはもう食べましたから」
「……。あ、ああ。そうだな、ありがとう」
マルミラが率いる、ベルナルドとシバのいつものメンバーを見てホッとしたのか、俺は自分が空腹だったことにようやく気付く。
そしてシバから弁当を受け取ると、それを食べながら作戦会議を始めたのだった。
「……というわけだ。森の中はもう、ほとんど生き物の気配はない。一見、スッキリした綺麗な森に見えるが、それは必要以上に森の恵みを収穫してしまった証だ」
俺が見た森の現状を説明する。
日本にもかつて、同じような時代があったはずだ。俺が生きていた時代ではないので、詳しくは分からないが、貧しくて物が不足していた頃には、ありとあらゆる物がこうして使われていたはずだ。
……昔の里山が綺麗だったというのは、先人が綺麗好きだったからではなく、ただ物が不足していたからなのである。
「ロキ君の言う通りだ。これまでは気付かれないように、あまり奴らの集落の方には近づかなかったのだが、先日久々に見たオークたちの集落は燦々たる有り様だったよ」
続いてマルミラが語る。
彼女が見たのは、オークたちの集落の崩壊している様子だった。
「先に言っておくが、大王は相変わらず健在だ。あいも変わらずあの巨体で食べ続けているようで、ほとんど何の変化も見られない。……が、問題なのはその周囲だな」
変な期待を持たせないためか、マルミラは先にそう前置きをした後に、衝撃だった事実を述べた。
「どうも何故か、奴らは豚を食べないし、雑に扱うことも出来ないようだ。……何か宗教的なことがあるのかもしれない。とにかく、大王と豚たちに食べさせるエサのせいで、他のオークたちはガリガリに痩せて……餓死する者も出ている」
「なんだって……!?」
それを聞いて、俺は事態が想像以上だったことを知る。
まさか、そこまで奴らが追い込まれていたとは思わなかった。せいぜい、食料不足で弱ってしまい、弱体化した所で再度交渉してこちらの立場を有利にして交渉する……。そういう目論見だったからだ。
「餓死する所まではいかなくとも、相当奴らの群れが弱っているのは確実だ。以前見たような異常な豚の姿も見られるし、オークたちの間で病も広がっているようだ。……腐っているオークたちの死体もいくつもあったよ」
「腐っ……ぉうぇ……っ!」
「だ、大丈夫かロキ君!?」
その時突然、俺に猛烈な吐き気が襲ってきた。慌てて茂みの方へ走る。
胃の中のものを少し戻して、まだスッキリしないまま、皆の元へ戻った。
「悪い悪い……。続けてくれ」
「そうか?……いきなり変な話をしてすまなかった。研究なんてことをしていると、こういう事には鈍感になってしまってな。もうちょっとボカして語ることにするよ」
「大丈夫かいロキ君。まさか君まで病気だとか言わないでくれよ?」
「ロキさん……急にあんなにお弁当を食べるからですよ?しばらく食べてなかったんですよね?いきなり食べ過ぎるのは体に悪いです。ゆっくりよく噛んで食べましょう?」
「ん?……あ、あぁそうだな……」
みんなが心配して色々言ってくれたので、俺はどこか腑に落ちないものを感じつつも、そのまま納得してしまった。ただ、今の話からすると、もしかしてオークたちと同じ病気にかかったのではないかと考えながら……。




