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異世界農家  作者: 宇宙農家ロキ
三章 異世界で出稼ぎに出る俺
86/100

86.引き返すなら今のうちだぞ……?

食料が尽きて再びマルミラの屋敷に戻ってきた俺と仲間たち。

マルミラに続き、ベルナルドが町の変わり果てた様子を語り始める。


「残っているのは、ここで権力を握っていて手放せない者か、力の無い弱者だけだ。彼らは、どこにも行く宛が無く、この町で貧しい暮らしを続けている」


彼が語った街の様子は酷いものだった。

水源が汚染されて生活ができなくなった町からは、移動できる者は皆引っ越してしまったようだ。戦時中の疎開のようなものだ。


だが、一握りの既得権益者やどこにも行き場の無い者たちは、それでもこの町に住むしか無い。僅かながら近隣の町から食料が届いてはいるようだが、それらは皆、権力を持った者たちに独占されてしまっているようだった。


いざという時には、いくら豪華な調度品があった所で無駄だ。金よりも生命の方が高い価値になる。そのせいで食料などは、あっという間に価値が高騰してしまうのだ。最近あったピザポテト事件のようなものだろう。

震災後の被災地で……いや、東京の都心だろうと同じような現象が起きることを俺は経験している。


「君にもらった種は全て植えたよ。一応芽は出始めているようだが、いくつか枯れてしまう物も出ているようだ。ロキ殿、後で見解を聞かせて欲しい」

「……」

「ロキ?どうしたんだ?」

「……あ、ああ、分かった」


ベルナルドの報告は終わったが、俺はついボーッとして返事が遅れてしまう。……何だかどうもこの所おかしい。最近、頭がよく回らないような感じだ。

しかし、そんなことすら自覚することができず、後から考えても、記憶も曖昧でよく覚えていなかった。ただ、とにかく腹が減って仕方がなかったことだけは覚えている。


「……すまん、続きは後にしてもらってもいいか?とにかく……何か食いたいんだ」

「ロキ君……。分かった、そうしよう。満足な物が出せずに申し訳ないがな」




***




俺の要望で、予定よりも早く食事の時間となった。

今日の食事は豪勢だぞ!パン一つに漬け物とピクルス、そして野菜一皿と鹿の干し肉……ふた口。

とにかく俺は何度も何度も噛み締めて食べた。噛めば噛むほど、唾液が分泌されて満腹中枢が刺激される。これでなんとか空腹を紛らわせるのだ!


「すまんな……。先のことを考えると、これが精一杯なんだ」

「ああ、分かってるよ。なーに、この野菜なんて苦味たっぷりで健康に良さそうだしな!」


強がって俺はそう言ったが、はっきり言って雑草を食べているような感じがした。これはおそらく、日常的に食べられているような野菜では無い。なんとか『食べられる』草に火を通しただけのようなものだ。

もうここまで食べ物が枯渇してきている。特に……穀物が無いのが問題だった。


「……」

「……」

「……」


本来なら、賑やかなはずの食事の時間が、あっという間に終わってしまった。

豊かでない食卓からは、賑わいも消える。

豪華な食事の代わりに、気まずいだけの沈黙が部屋中を包んだ。あのルルガでさえ、文句を言うかと思いきや、じっと手元を見つめて黙っている。


(腹が減った……)


そんな空気が漂っているのがありありと感じられる。誰もがハッキリとは言わないが、こんな状態がいつまで続くのか……?と、頭の中で考えていることは確かだった。

何より、俺の思考の大部分もそうなってきている。


食事をしたことで多少頭もクリアになったが、もしかしたら圧倒的な糖分不足によるハンガーノックかもしれない。

脳はブドウ糖を唯一のエネルギー源として必要とする。これまではジャングルの果物によってそこそこ補給できていたフルーツが無くなり、慢性的な糖分不足になってきたのかもしれない。


糖分、つまりはカロリーが不足すると、人間は運動するためのエネルギー不足になり、突然疲れを感じるようになる。……それが、ハンガーノックだ。だが、原因は分かっても解消する方法は今の所……無い。


(どうする……?引き返すなら今のうちだぞ……?)


弱気な考えが頭の中を巡る。

一体いつまでこんなことを続けるのか。俺の予想は外れたのではないか?……いや、当たっていたとしても、その前にこちらの方が倒れてしまうのではないか。ここは一旦、態勢を立て直した方がいいのでは……?


グルグルと脳内を堂々巡りする思考が、場の沈黙を加速させる。

みんな俺の発言を待っているんだ。

次はどうしたらいいのか?

いつまでこんなことを続ければこの戦いは終わるのか。

……それを、俺が口にするのを待っているのだ。


言わなければ。何か、皆の希望になるようなことを……。

それが『はじめた者』の役割なんだ……!


「あ……」


皆の視線が俺に集まっているのが分かったが、それでも今の俺には、みんなに対して何かを言うことはできなかった。なんと言っていいのか、分からない。

目を逸らそうとしても、食卓を囲んでいるこの状況では、逃げ場も無い。

昔、初めて人前でスピーチをする時にアガってしまい、台詞が吹っ飛んでしまったように何も言葉が出てこない。


なんだ?何を言えばいい?


みんな、もう少しだから頑張ろう!……一体いつまで?

あと少し頑張れば、きっと勝利はつかめるよ!……本当に?

待ってろ、俺がチートな力を身に付けて、みんなを助けるぜ!……バカか?


ダメだ。何も出てこない。

言葉を失った俺に、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「……もう止めようロキ。別にそこまでしなくともいいではないか」


意外にも、そこで言葉を発したのは、ルルガだった。


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