85.あのな、だったらもっと頻繁に見回ってくれよ!
さて、現れたオークたちは、予想通り食べれそうな木の実か何かを探しに来たようで、合計三匹だった。
オークがいくら臆病だとは言っても、相手は三匹でこちらは一人だ。油断すればすぐに逃げ場は無くなるし、奴らが強気になって襲ってくることも考えられた。
俺は、内心バクバクの心臓を抑えながら、息を潜めて気配を殺す。
幸い、音で気付かれたかと思ったが、どこにいるかまでは特定できていないようだ。キョロキョロと見回しながら、奴らは何やら仲間内で相談していた。
……最悪、全速力で走って逃げれば、逃げ切れなくもない。
それは前回の戦いで感じたことだ。オークたちは力は強そうだが、動きは鈍い。
これまで一人でなんとかできていたのは、そのことがあったからだった。
(くそっ!どうする……?)
木の茂みの中に隠れながら、対策を考える。……だが、焦りと空腹でうまく考えがまとまらない。誰かに指示できればいいのだが、今は生憎一人しかいないのだ。
何か俺にチート的なスキルでもあればいいのだが、残念ながら俺一人ではただの非力なおっさんだ。
真正面からまともにぶつかることだけは避けなければならなかった。
そうこう考えながらまとまらないまま時間は過ぎ、結局オークたちはこちらのことを動物か何かだと勘違いしたのか、そのまましばらく採集すると、どこかへと行ってしまった。
そのため、その後数時間ほど俺はそのままで、元の場所に戻るのにかなり遅れてしまうこととなってしまった……。
案の定このことで、馬車との合流に失敗し、屋敷に戻るのがかなり遅れてしまう。
先ほどの合流地点に戻った時には既に、地面に新たな轍の跡が残っており、その後どこかへと行ってしまった後のようだ。
俺は辺りを見回して途方に暮れる。
(くっそ!しばらく残ってくれててもいいだろ……?)
ここは馬車と御者の人がオークと鉢合わせしなくて良かったと思うべきなのだろうが、俺の中に若干の苛立ちが募る。さっきまではこっちが待っていた側だというのに……。
こんな時、改めて元の時代の便利さを思わせられる。異世界にスマホと共に来たはずなのに、その時にはインフラが整っていなければ何の役にも立たないのだ。
そういえば、一応まだ俺のスマホは保管してあるけど、向こうではもう新機種とか出てんだろうなぁ……。
忘れそうになる元の世界と、こちらの世界との時間経過のギャップはどれくらいなのか?ということを考えようとして、今そんなことを考えても仕方がないと思い直し、ブルブルと頭を振って現実に思考を戻した。
そんなわけで、オークたちは現れなかったものの、それからさらに数時間ほどしてようやく合流できた時には、ほとんどこれしか考えられなくなっていたのだった……。
「すみませんお待たせしました!大丈夫でしたか!?」
(腹が減った……)
***
「遅かったな!心配したぞ?」
それからマルミラの屋敷に戻る頃には、さらにその症状は悪化する。
普段なら普通にありがたいと思えるようなマルミラの言葉にすら、突然俺の頭の中でカチンと音がしたような気がする。
「あのな、だったらもっと頻繁に見回ってくれよ!」
自分でも思っていた以上に、大きい声が出てしまった。
彼女の使い魔が色々とやり取りをしていたおかげで、それほど時間がかからずに合流できたというのに、こんなのは完全に……八つ当たりだ。
「……」「……」
一瞬で、周りが凍結する。
そこには、再びメンバー全員が集っていた。
「……使用人からは、問題無いと聞いていたが?」
「すみませんお館様!私が遅れたばかりに、お客様にご迷惑を……!」
軽く声を掛けただけのつもりが、急に大声で荒げられてしまったマルミラが、呆気にとられたように呟く。そこに、馬車を操作していた使用人が慌てて弁明を行う。
……我ながら、幼く見える彼女の容姿と自分の姿を客観的に見て、酷く情けない姿だった。だがそう思ったのは、また後ほどの話だ。
この時はとにかく、自分でも何に対してそんなに怒っているのか理解できなかった。
「……」
「……ロキ、大丈夫か?」
凍りついた場の中で、何故かその時、優しく声を掛けてくれたのは、ルルガだった。
他の面々は皆、久々に再会する仲間たちと一緒で、どこか安心した面持ちだったと言うのに。
「……あ、ああ。悪いなんでもない。それよりも、みんな首尾はどうだ?」
俺は慌てて取り繕うように聞いた。
互いの顔を見て、俺の様子から、口にするのを躊躇っていたメンバーだったが、やがてマルミラから再び口を開いた。
「保存食作りはとりあえず無事進行している。だが、穀物と肉類はほとんどもう無い。あと屋敷の備蓄は今日ので最後だ。粗末な物になってしまうが、みんな心ゆくまで食事をしていってくれ」
とりあえず、頼んだ物は無事にできたらしい。後で試食させてもらったが、まあまあ良さそうな出来だった。
おかげで、こちらの世界にも乳酸菌は生息していることが分かった。彼女たちには、野菜を塩とアミノ酸を使って漬け込んだ、漬け物を作ってもらったのだ。
最もこの世で強い食べられる有用菌は酢酸なので、ピクルスなども作ってもらったのだが、やはり食が進み、旨味も感じられるものといえば漬け物だろう。比較的茎や実が厚手の野菜を使って、信州特産の野沢菜漬けもどきを作ってもらった。
残念ながら米糠が無いため、本格的な物は作れないが、この際仕方ない。今は非常時なのだ。野菜がいつでも摂取できるだけで感謝せねば。……そう思うと、さっきまで苛立っていた気分も、幾分和らいでくる。
「町の方も酷いな。比較的力のある者たちばかりに、残った僅かな食料が独占されている」
続いて口を開いたのは、ベルナルドだった。




