76.全く、君という男は本当に画期的なまでの……馬鹿だな!
領主への報告も終わり、俺たちは改めて今回の作戦の確認の会議を行うことになった。
「……というわけで、これを奴らの集落の上流へ行って流し、いくつかの井戸や生活水の中に含ませればOKだ。後は数日ほどで効果が出てくるはずだ」
「分かった。我々が手分けしてそれらを行えばいいのだな?」
「ウンディーネたちは嫌がるでしょうが、仕方ないんですかね……」
「集落の中心部へは私が行こう。どうせ死にたくとも死ぬことはない。オークごときではな」
「分かったぞ!……ロキ?」
作戦は大筋でまとまりそうな中、一人だけ仏頂面をしている俺に気づいて、ルルガが声を掛けてくる。
「……」
「ロキ君。些か画期的さの欠片もない作戦だということは百も承知だ。何か不服かね?」
「……納得行かねぇ」
「何か内容に落ち度があったかね?それならば、遠慮なく言ってくれ」
「いやそうじゃない。俺が納得行かねぇのは……『この作戦そのもの』だ」
機嫌が悪いのを隠す素振りもなく、俺は吐き捨てるようにそう言った。
マルミラはそんな俺の様子を見て、若干居心地が悪そうに、視線を彷徨わせている。
「ロキ君……。一体何が納得行かないんだい?合理的な君らしくもない。我の作品の品質を疑っているのかね?それならば安心してくれ。あれはもう画期的なまでの殺戮をもたらす……」
「いいのかよ?」
「……え?」
「本当にそれでいいのかよ?って聞いてるんだ」
ついさっきまでの会議の結論とは真逆の意見を言う俺に、あからさまにマルミラは焦りの色を隠せていなかった。
「……な、何を今更言ってるんだい、ロキ君。もう方法はこれしかないって分かったじゃないか?他には何も無いだろう?」
「本当にそうかな……?」
これは俺の本心だった。しばらく体調も悪かったせいか、これまでの出来事をしっかりと振り返ることができていなかったからだ。しかしそれにマルミラは、食って掛かるように早口で反論してきた。
「そ、そうだろう?だって君も見たじゃないか、あの無敵の様子を。あの化け物を倒すには、前に言った通り、伝説級の武器でも持ってこなければ無理だ。そしてそんな武器、探すのに一体どれだけの年月がかかると言うんだね?
これまでに実在が確認された三つのうち、一つはバルビア教徒たちが何百年掛かりでようやく見つけた神器で、一つは七つの大陸を渡ったと言われた虹の名を持つ世界的に有名な冒険者たちが見つけた激レア品、そして最後の一つは、裏社会の者たちが奪い合って行方不明となった呪具……。そんなものが都合よく見つかるのは、最近流行りの軽妙冒険譚ぐらいのものだ。ああできることなら我もそのご都合主義にあやかりたいものだね!」
早口でまくし立てたマルミラは、ハァハァと肩で息をしている。俺は腕組みをしたまま返答した。
「そんなご都合主義は、俺だって期待してねえ。けど俺が言いたいのは、『……俺たちは本当にそこまで考えたのか?』ってことだ」
「本当に……考えたのか?それは……そうだろう?」
「そうかな?生憎俺は、あれから帰ってきてから、役立たずみたいにベッドの上に伏せってただけだった。俺はまだ全然本気出してねえ」
「しかし……仕方ないだろう!今の『私』には、これしか思い付かないのだ。私の力では……無理だったんだよ……所詮、私は平凡なただの一介の魔術師に過ぎないんだ……仕方……無いんだよ……」
「仕方なくなんかねえよ!」
ドンッ!
俺は机を力任せに叩き付ける。
仕方ない。
俺が一番嫌いな言葉だった。……特に、自分の気持ちと裏腹な言葉だった時は尚更だ。
「なあ、マルミラ。あんた大賢者を目指してるんだろ?そんな人間が、こんなことで諦めていいのかよ?本当は……毒なんて使いたくないんだろ?」
「…………」
「あんなに俺に言ってたじゃないか。『破壊や暴力に溺れるのは、低俗な魔術師のやることだ』って」
「それは……っ!」
「あの台詞な……結構良かったぜ?農家的にも響いた。俺も……そうなんだよ。『争って解決する方法を選びたくないから、農家になった』んだよ。……何かを作れれば、別の方法が選べるんじゃないか?ってな」
「ロキ君……」
「だからまだ……諦めるんじゃねーよ。『私は平凡だ』とか言うんじゃねーよ。お前はさ……『画期的な未来を見つける大賢者様』だろ?」
「………………………………」
「………………………………」
たっぷりと長い沈黙だった。
他のみんなも、俺たちの行く末を固唾を呑んで見守っている。
「……何か、アテはあるのか?」
「無い。……でも、これから見つける」
「領主の手前、もう後が無いぞ?」
「……わ、分かってる」
「それでも君は、未知なる画期的な方法に賭けるというのかね?」
「もちろんだ!」
大真面目にそう言う俺の方を見て、マルミラとしばらくにらめっこの状態が続いた。
そのまま、しばらく時間が経過する……かと思ったら。
「…………プッ!」
『はははははっ!』
耐えられない、と言った感じにマルミラは吹き出す。
それと同時に、この場の空気が和んだのが分かった。
「全く、君という男は本当に画期的なまでの……馬鹿だな!……負けたよ」
「そうかもな!じゃなきゃ農家なんてやらねーよ!」
「ははは……はぁ……。本当に、いいんだな?」
目の端に滲んだ涙を手元で拭い去りながら聞いてくるマルミラに対して、俺は口の端を上げて答えた。
「ああ。異世界農家の知識を総動員して、解決してやるさ!」




