75.魔女め……全くこんな災厄を連れてくるとは……
「……とこの通り、依頼されたオーク退治を達成するためには、我の開発したこの『毒』を使用する必要がある。ついては町の人間たちに水の利用を禁止するか、しばらく他の町へと移住してもらうことを通知してもらいたい」
俺たちは、ガラットの街を治める領主の元へと訪れていた。
マルミラとベルナルド、そして一応けもみみ族の代表としてルルガも同行し、そこへ何故か先日のコボルド撃退の功労者として、俺も加わって領主に謁見しているのだった。
ガラットの街は以前にも増して閑散とし始めており、特に湖周辺の住人は一人また一人と郊外へ引っ越すか、近隣の知人を頼って移住し始めていた。
そのせいで湖の周りは異臭漂う沼地のような風景へと変貌しており、まるで魔族が彷徨う不浄の地のように、かつての風光明媚な景色は、全く過去の遺物のような様相を呈していた。
そんな中で、何とかというこの街の領主は、対して有効な手立てを見出すこともできずにいたようだった。前回の戦で壊滅してしまった警備兵たちを嘆きながら、いつまた襲ってくるとも分からないオークたちの襲撃に怯えていたらしい。
たまたまこの地で最も広い土地を持っていた……というだけの理由によってその地位を継いだ、特に取り立てて特徴の無い領主は、あまり眠れていないナスのような顔をしながら答えた。
「『魔女』マルミラよ。それが君の出した結論だというのならば従おう。だが、言うまでもないがその解決策はわが町にとってあまりにも代償が大きいものだ。……そのことは理解しているな?」
「……無論だ」
「……」
領主の物言いに、俺はどこか納得できないものを感じながらも、黙って聞いていた。
マルミラが作り出した特製の毒は、オークたちの集落を壊滅させるほどの力を持つため、その余波が下流のこの街へも影響してしまう可能性がある。
それを危惧したマルミラが、こうして事前に対策を取ってもらうため、街の領主へと話を通しに来たのだった。
だがどうやら、折角の解決方法もあまり歓迎ムードでは無いようだ。そもそも、彼女がわざわざルルガたちの村まで俺を探しにきたのは、この領主からの依頼だったらしい。
何とかこの街の問題を解決し、オークたちからの脅威を取り除いて欲しい……というのが、当初の依頼だったようだ。だがその結果は、このように対して役にも立たずに病に倒れただけだったのだが……。情けない。
「では何も言うことはあるまい。その忌まわしい『魔術』か何かで、一刻も早くあのオークどもを退治してくれ」
「……」
ただしその依頼は、必ずしも好意的なものとは言えなかったようだ。そのニュアンスを感じ取れる言動が、領主の端々に感じ取れる。
しかしマルミラの方は、そんなことは当然理解していると言ったように平然としていた。隣りにいるベルナルドも、城の廊下に飾ってある鎧のように微動だにしない。
……どこか釈然としない気持ちを抱えながら、俺は彼女たちの後ろでじっと話の行方を見守っているしかなかった。
領主は再び、こめかみの辺りを片手で押さえながら、厄介なハエを追い散らしたいかのような声で吐き捨てる。
「その後はまた再び、あの屋敷に戻って暮らすが良かろう。……そして、町にはできる限り、近づかないようにしてもらおう」
「……ああ」
「はぁっ?」
俺は思わず声を漏らしてしまった。
いくら依頼主とは言え、それが現場で体を張って問題を解決しようとしている者に対して掛ける言葉だろうか?
しかも、それに何も言い返さず、黙っているマルミラもマルミラだ。一体いつもの尊大な様子はどうしたんだ?何か弱みでも握られているのか……?
納得できない俺の様子に気付いたマルミラが、俺が再び口を開こうとする前に遮ってきた。
「いいのだ、ロキ君。……領主、今の件は了承した。だから先ほどの話は頼む。では行くぞ、皆」
「魔女め……全くこんな災厄を連れてくるとは……」
「おっ……おい!てめえっ!」
頭を抱えて暴言を吐く領主に、思わず俺はカチンと来て叫びそうになる。だがそれはすぐにマルミラに押し留められ、領主の方もまるでこちらのことなどお構いなしかのように、何も聞いていなかった。
魔女。
……どうやら、この街にとってのマルミラは、その不穏な言葉がピッタリと当てはまるような認識のようだった。
「ロキ君行くぞ!」
ムカついて何か一言言い返さなければ気が済まない俺を、彼女はその小さな体で無理やり押し返しながら、俺たちはその場を後にするのだった……。
***
「……我があんな所に住んでいる理由が分かったかね」
「ああ、まあな」
帰りの道すがら、俺はマルミラからおおよその話を聞いた。
その話によると、普段彼女たちはほとんど街の人々との接点は無いらしい。というのも、彼女とベルナルドがこの街に来た後、例の彼らが前に住んでいた国の話が広まり、街の中には住みづらくなったからだそうだ。
この辺りは、この世界においては辺境の地の部類に入る。そんな場所では、文明や情報が伝わるのが遅くなる。俺も田舎に住んでいたからそれはよく分かった。
いつの時代もどの世界でも、流行を作り出す最先端の場所は都市部だ。文明が発達して最先端の人材が集まる巨大都市こそが時代の最先端となり、そこから離れれば離れるほど、情報は遅くなる。
そんな辺境の地において、彼女たちはあまりにも異端だった。魔術師もほとんどいないそんな田舎に流れ着き、彼らは街へ溶け込もうと暮らし始めた。だが遠い地での王国滅亡の噂が流れてくると、その噂は巨大でたくさんの尾ひれを付けて小さな街に広がった。
巫女を誑かして王国を滅亡させた男女。
国を乗っ取ろうと企む悪の魔術師。
それに失敗して、今度はこの街を支配しようとしているのではないか……?
そんな話が聞こえてきた時、彼らは街から離れた。
僅かな友人知人を作り、ひっそりと暮らしていた時、オークたちの襲撃が起こる。しかし困った領主は、打算的に彼女たちに救いを求めた。
……マルミラは話さなかったが、領主からの依頼を断ったら、街からの物資を提供するのを禁止する……というような脅しもあったようだ。後でベルナルドが教えてくれた。
なるほど。大まかな話は分かった。
……俺は馬車に揺られながら、再び考え始める。
「あのさ。……これで本当に、いいのか?」
「何がだね?」
「……今回の作戦だよ」
「いいも何も、……他に方法がない」
「だけど……」
「ロキ君、私もまだ全然画期的にはなれない、どこにでもいるただの平凡な魔術師だということだよ。もっと画期的方法が思い浮かべばいいのだがな……」
……ははは、と自虐的に乾いた笑いを浮かべるマルミラ。俺はそれに、少しも笑顔を返せなかった。
(何笑ってんだよ……。こんなの……何にも面白くねえよ……っ!)
こんなんじゃダメだ。
こんな方法じゃあ……解決とは言えない。
俺たちを集めた時、どこか浮かない顔をしていたマルミラの横顔が思い浮かぶ。
考えろ。
考えるんだ。
……俺にできることは、それだけなんだから。




