73.こちらだ。入り給え
「おっはよーロキ!もう体は大丈夫なのかニャ?」
「あ、ああ……」
次の日。いつもと変わらぬようにルルガから声を掛けられた俺は、一瞬戸惑ってしまい、うまく返事ができなかった。怪訝そうな顔をするルルガ。
「どしたのかニャ……?まだ具合悪いのか……?」
「い、いや!そうじゃない大丈夫だぞ!それよりもな、あのオークたちをどうするかで悩んでてな……」
「そうかぁー……ロキにも思い付かないのなら、うちにも何も思い付かないな〜……」
「おはようロキ君。さすがの画期的な頭脳を持つ君にもどうしようもないというのなら、我に一つ考えがある。ただ、これは最終手段だがな……」
「最終手段……?」
突如、話に割り込んできたマルミラによって、ちょっと気まずいと言えば気まずかった状況だったのが、話が逸れて助かったが、今度は何やらまた妙な話になりそうだった。対オークに関する作戦に妙案があるというマルミラ。しかしそれは最終手段だって……?
***
「こちらだ。入り給え」
そう言ってマルミラは、彼女の研究室に俺たちを招き入れた。
研究室の中は、彼女が賢者であることがよく分かる、様々なアイテムによって飾られていた。例えば壁一面に設置された棚の上にある瓶。そしてその中には、一つずつ効果が異なると思われる薬草や、何だか分からないものの数々がラベルとともに並べられていた。
部屋の中央には、小さめの囲炉裏のような場所とともに、鍋やツボが設置されている。きっとこれで色んな物を煮詰めたりするんだろう。俺はうっすらと魔女のようなイメージを浮かべながら、部屋の中を見回した。
「すごいな……」
思わず感想が漏れる。だが、それに対してマルミラは誇るでもなく謙遜するでもなく、やや眉を歪めて苦笑いのような表情をしながら、沈黙を返した。
俺がそれを不思議に思っていると、マルミラは机の前にある木の椅子に腰掛け、こちらを向いて話しだした。
「……さて諸君、それでは我の考案した最終手段をお見せしようではないか」
そう言うと、彼女はゴホンとわざとらしく咳払いをする。
「おいおい、本当にあのタフさと鈍感さを煮詰めて漉した化け物みたいな、あの大王を倒す方法があるのかよ」
「ロキ殿の言う通りだ。森の中に伝わる伝説の幻獣並みの不死身さだったぞ。……しかも最悪な性格と来てる」
苦々しくミミナが俺に続ける。
彼女は再びこの前のやり取りを思い出したのか、全身の鳥肌を抑えるように両手で体を抱き竦めていた。まあ……気持ちは分かるが。
「我の研究熱心さを甘く見てはいかんぞ。前回の……いや、もう前々回になるか。あの戦いにおいて、決着を付けたものは何だったと思う?ロキ君」
「ん?前々回って言うと、街の近くに奴らが来たから撃退したって奴か?」
「そうだ。あの時の戦いも二週間に及ぶ長期戦だった。我らは街に立て篭もり、オークたちを各個撃破して何とか退けたのだが、残念ながら勇敢な憲兵たちを何人も亡くしてしまった」
「ああ。あれは本当に慙愧の念に耐えない出来事だった。……私が死ねば良かったものを……!」
横からベルナルドが口を挟む。確か、彼もその時の戦いに参加していたはずだ。
そしてそこで仲間を失って憤っていたことが、前回の戦いで垣間見えた。……それにしても、最初や普段は『死にたい……』ばかり唱えていた彼の過去を聞いてしまった今、俺たちはみんな、ベルナルドに対して何とも言えない感情を向けざるを得なかった。
彼は今も、逃れられない過去を引きずり続けるしか無く、それでいて自らは命を断つことができないという因縁を抱えているのだ……。それがあんな口癖となって出ているということか。
俺たちが何と言っていいのか分からずに口を噤んでいると、再びマルミラが横から彼を嗜めた。
「まあまあベルナルド。あれは仕方ない。君には責任は無いよ。……なんせ、死因は病死だったんだからね。例の貪り大王の呪いだ」
「呪い!?ってつい先日まで俺がかかってたアレか!?」
「そうだ。長きに渡る戦いで、彼らの体力は衰えていた上に、我の屋敷にある数々の薬草が無かったため、助けることができなかったのだ」
「そうだったのか……」
ここで意外な原因を知ることができた。
確かにあのオークどもは、俺でも何とか戦えるぐらい動きも鈍いし弱い。ただひたすらにタフで頑丈なだけだ。だから何故ベルナルドたちが負けたのか不思議な部分があったのだが、それがまさか病死だったとは……。
そう言えば、医療が発達していないこの世界では、怪我や病気で死ぬということも十分に有り得る話だった。現代日本では既に完治されたような破傷風ですら命の危険があるのが、この世界なのだ。
「しかし、そこで我は新たな発見をした。……ここからが本題だ」
マルミラが再び、神妙な顔をして俺たちに語る。
俺たちは皆、彼女の顔を真っ直ぐに見つめて、次の言葉を待った。マルミラは、そんな俺たちの視線を若干ズラすと、ほんの少しだけ眉根を潜める。
その動作に、俺は何か引っかかるものを感じて気になっていると、その答えが出るよりも早く、彼女は目の前の机の上に一つの瓶を取り出して、疑問の答えを口にした。
「……奴らは毒に弱い」




