72.いいよ、後の話は我がしておく
「その先の説明は、我が替わろうか。……少し休み給え、ベルナルド」
誰もが口を開けない中、唯一マルミラだけがそう答えた。見れば、ベルナルドの顔は蒼白で、眉間には永遠に残ってしまいそうな皺が集まっている。相当……後悔しているのだろうか。若干息も荒くなっているようだった。
「はは……すまない、マルミラ嬢。思い出す度に何度も……死にたくなってしまうのでね」
「……。いいよ、後の話は我がしておく」
そう言うと、マルミラは椅子に座ったまま俺たちの方を向いて語りだした。
「『聖女』は死んだ。そうして、その『死』と引き換えに、ある男に奇蹟を残していった。そのおかげで男は命拾いをすることになったが……同時に、『呪い』にも掛かってしまった。『死ねない』……という、ね」
マルミラの話を聞いていた全員が、ベルナルドの方に注意を向けるが、さすがに顔を見ることはできなかった。……当のベルナルドは、持たれていた壁際から窓の方へ少し歩くと、窓の外に見える自然の風景に目を休ませているようだった。
「王国はそれから程なくして滅亡した。内政がボロボロになった所に内紛が勃発して、そこを狙った他国からの侵略に対応することができなかったからだ。……それが聖女の予想していた未来なのかどうかは分からないが、行き場を失って生ける屍と化していた元騎士を、滅亡した王国で宮廷魔術師をしており、聖女とも仲が良かった大魔導師が拾って、東の辺境の地へとやってきた。……と、言うのがこの出来損ないのお伽話の結末だよ」
「……え?それって……?」
「ということは、マルミラさんも……?」
「ああ、遠い昔の話のようだな……」
「そうかな。私には、ついこの間だったようにも思うよ。……それ以来、騎士は騎士と名乗ることを辞め、しがない賢者の護衛として植物の世話をする毎日さ。そして騎士にかけられた『呪い』は、直接的な『死』を予測させてくれるようになった。なのでその『死線』さえ避けるか塞げば、死からは逃れられる、ということさ。久々に死にたい……」
長かった二人の語りが終わり、何となく息を詰めていた雰囲気が解け、全員がほ〜……っと息を吐いた。
「退屈な話をしてすまなかったね。私は少し庭の様子でも見てくるよ」
そう言って、ベルナルドは部屋を出る。
俺は上半身だけを起こして、今の話を反芻した。「死にたい」と「死ねない」……。彼が普段口にするその口癖が、そんな過去を理由として生まれていたとは全然考えていなかった。
何と言っていいかは分からないが、それでとりあえずあのオークの集落から無事に帰ってこれたという理由が納得いった。それにしても、『死線が見える』というのは、一体どんな感覚なんだろうか……?
「ロキ君、どうやら君の体調も大分回復してきたようだ。明日からは普通に生活したまえ。だが、病み上がりだから体力には気をつけて、毎日私のハーブティーをきちんと飲むのだぞ……?」
マルミラから注意事項が告げられる。
ハーブは薬草でもあるので、体に抵抗力を付けるのにはいいはずだ。俺も長野で作ろうとしていたこともある。マルミラの屋敷でベルナルドが栽培している薬草は、なかなか風味も良くて文句無しだと言っても良かった。
「さて……だけど、問題はな……」
***
次の日。久々に俺がベッドから出てみんなと集合したため、改めてVSオークに関する戦略会議が開かれた。だが……。
「……結局、打つ手なしか……」
「私も、包囲網を脱出することは出来たが、奴らを倒す所までは無理だった、すまない」
「いや、あれは仕方ないだろ……」
「あれほどまでにタフな奴らでは、どうしようもできんな」
「食べても美味しくないしなぁ〜」
「何か弱点でもあればいいんですが……」
全員で集まった所で何か良いアイデアが出るわけでもなく、結局その日はみんなでうーんうーんと唸って一日が終わった。
相変わらず味も素っ気もないパンと固めの野菜をソテーしたもので腹を膨らますが、やはり美味いものを食べていないので、どうもやる気が出ない。こんなんじゃ俺はまだともかく、ルルガ辺りはいつキレてもおかしくないな……?とか思っていると、ちょうどルルガとミミナの話し声が聞こえてきた。
どうやら、屋敷の中庭で話し込んでいるようだ。ちょうどいいから、今のうちにルルガに頼んで黄金耳の村からいくつか野菜でも運んできてもらおうかな……。ついでにちゃんとコボルドたちが畑をやってるかどうか気になるし。
……そう思って声を掛けようとした時だった。
「おい、ルル……!?」
「だから、いくら役目があるからとは言え、もうアレは止めるんだ」
「でも、あの人にもしものことがあったら、私は……!」
「分かっている。分かっているが、しかし……」
「ミミナ、ありがとう。……でもいいんです。私は自分の役目のために生きているんだから。それを全うすることが、私の生きる目的。だからあなたが気に病む必要は無い」
「ルルガ……違う、そうじゃ……そうじゃないんだ。ただ、私はお前のことが……!」
「……」
「お前が一体何であろうと、私はお前の唯一無二の親友だ。それは何があっても変わらない。……それだけ……覚えておいてくれ」
「ミミナ……」
入口付近に置かれた観葉植物の影から、俺は二人の会話をじっと聞いていた。
そして、二人がそっと抱き合う衣擦れの音が聞こえたかと思うと、ミミナがすすり泣く声が、微かに聞こえてきた。そしてそれを慰めるように撫でるルルガの姿が、月に照らされたシルエットで僅かに揺らめいて見える。
(……え?あれが本当に……ルルガなのか……?)
いつもの様子とは全く違うルルガの口調、声色に、俺は完全に違和感を隠せなかった。おかげで、出て行くタイミングを完全に無くした。……いや、そうじゃない。あの二人の会話は、『なんだか聞いてはいけなかった』ような香りが漂っていたんだ。だから……動けなかった。
背中越しに二人の様子を見つめたまま、俺は息を潜めてそっとその場を去るしか無かったのだった……。




