70.農家の朝は早い。
農家の朝は早い。
……って、そのネタはもういいな。というか、そんな爽やかな目覚めではなかった。いやそれよりもむしろ、気持ちが悪すぎて寝れなかった。
ホワイトアウトした俺が目覚めたのは、馬車に揺られながらマルミラの屋敷へと戻る道中の車内だった。周りを見れば、シバとマルミラ、それにルルガやミミナもいる。……良かった、無事に戻ってきたのか。
だが唯一、ベルナルドだけがいなかった。
「気が付いたか、ロキ君……」
「……大丈夫ですか?ロキさん」
「ああ、いや……気持ち悪い……吐きそうだ」
「ロキの生命力が乱れているのが分かるなー。多分、これは病気だなー」
「び……病気だって……?」
「やはり、やられてしまったか……」
「どういう……ことだマルミラ……おぇ……っ」
「あまり無理に喋らないほうがいい。……これが貪り大王の脅威の一つ、『感染する呪い(インフェクション)』だ」
インフェクション……?なんだか物騒な単語について考えようとするが、頭の中がどんよりと雲がかったように重く、あまり頭が働かなかった。
ただ、腹の底から湧き上がってきそうな猛烈な吐き気を我慢しながら、マルミラの言葉の続きを待つ。
「奴の周りの猛烈な臭気を嗅いだだろう……。あれには呪いの元が含まれていて、近くにいる人間にその呪いを付与する。呪いにかかった人間は体調を崩し、こうして病気になる場合もある」
「なん……だと……?」
「ロキ君の場合、こちらの世界の住人ではないため、抵抗力が無かったのだろう。我々は対策をしているし、獣人族たちは元々抵抗力も高い。怪我や無理をしなければおそらく大丈夫なのではないかな」
そんな風に説明をされたが、なんだか無性にイライラする。くそっ!何で俺がこんなことに……!だが、そのイライラも気持ち悪すぎてぶつけようがない。
あーとかうーとか言いながら、ゴムが無いためにクッション性皆無の木の馬車に揺られて屋敷へと戻る。頼む御者さん……もう少しゆっくり走ってくれないか……。
***
「とりあえず、部屋で横になっていたまえ、ロキ君」
マルミラにそう言われたが、そこからしばらくが地獄だった。
頭痛に加え、悪寒と吐き気、それに腹痛と下痢が続く。なんだか、東南アジアに行った時に食った屋台のメシに当たった時のような感じだ。もしくは牡蠣に当たった時の。
つまりは食中毒に近い感じだったのだろう。後になってみるとそう分かった。だが、当時はとにかく生き延びるのに必死で、脱水症状に気を付けながら、何とかお粥……は無いからパンを薄いスープに浸して食べるのが精一杯だった。
そんな最中、仲間たちがお見舞いに来てくれようとしていたらしいのだが、呪いが伝染ってはいけないということで、看病はマルミラだけが担当し、他のメンバーとは隔離されてしまっていた。
俺自身、それどころでは無かったのだが、心配していたベルナルドも次の日には無事に帰ってきていたらしい。らしい……というのは、そのことを後日聞かされたからだ。こんな時に司祭や神官がいれば、呪いを解くことができるんだが……とマルミラは言っていた。
ちなみに彼女は何故大丈夫だったかというと、魔除けの薬草を日々煎じて飲んでいたからだそうだ。俺の寝かされた離れの部屋には、同様の効果がある植物たちが所狭しと設置されていた。
そのおかげか、植物が部屋にあることで俺の心も安らいだからか、一週間も過ぎる頃には大分体調も良くなっては来ていた。まだ体力も回復していないし、本調子とは言えないが、普通に歩けるくらいには回復してきた。
「いつもいつもすまないねぇ婆さん……」
「誰が婆さんだロキ君。言っていい冗談と悪い冗談があるぞ。ちなみに今のは完全にアウトだ」
そう言うとマルミラは苦い薬草を俺の口の中にねじ込んでくる。
「あがが……ご、ごめんごめん!悪かったからもうその薬草は勘弁してくれ!」
「全く……。だが大分回復してきたようだな。この大賢者様に感謝するがいい」
「確かに。助かったよ……」
この一週間、話し相手はほとんどマルミラだけだったので、彼女の話を聞いていたのだが、どうやらマルミラの専門分野は賢者ということらしい。この世のあらゆる知識を蓄え、それを世のため人のために活用することが役目なのだそうだ。
「……だから、我に火力魔法などという低級な魔術を期待するな。あんなものはただのミーハー魔術師が覚える魔法だ」
と、いうことらしい……。そ、そうなんだろうか……?
こちらに来て間もないただの異世界農家には、その辺りのことを突っ込めるような知識は無かったために頷くしか無かった。
ガチャ
「お、ロキ!大丈夫だったか!まだお腹は痛いか!?」
「ロキ殿!しっかりするのだ!ここからは私が付いているぞ!」
「ロキさん、すみませんでした。ボクも今度は新しい魔法を覚えて、お役に立てるようにします……!」
扉を開いて入ってきた仲間たちが、口々に声を掛けてくる。……久々に会ったような感じがするな。なんだか懐かしいぞ。
「みんな、すまん。農家のくせに体調を崩すとは……迷惑かけたな」
「ふふ、ロキ殿。死にそびれてしまったようだな。実に残念」
「ベルナルド……無事だったんだな」
「うむ。あれしきの窮地で死ねるほど、私の呪いは軽くはないよ」
「呪い……?そういや、不死身だとか何とか言ってたな……?一体どういうことだ?」
一人、貪り大王の所に取り残してきてしまったベルナルドが無事に戻ってきているのを見て、ホッと一安心する。パッと見た所、どこにも大怪我や変わった所は無いようだ。
本人が大丈夫だからということでそうしたわけだが、それでもやっぱりあまりいい気分ではなかった。なので、こうして無事に再会できて、思わずお互いに安堵のため息を吐いてしまう。
「……うむ、それでは一応話しておこうか。私にかけられた、聖なる呪いのことを……」
だが、続いて話し始めたベルナルドの話は、俺の予想を上回るものだった。




