68.『う、うわわわわぁ〜ん!』
『いい加減にするんだな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!』
バカでかい声で、貪り大王が叫ぶ。
そのあまりの声の大きさに、俺たちはみんな耳を押さえて後ずさった。
『ひ、人が大人しくしてればいい気になっちゃって!』
俺たちが一旦引いて大王の様子を見ていると、さっきまで微動だにしなかった体を起こし、瞑っていた目を見開いてこちらを睨みつけてくる。身構える俺たち。
『ぼ、僕ちゃんもう最高に怒ったんだな!』
大王はそう言うと、ゆっくりと身を起こした。……来るのか?ついに来るのか?
ごくりと唾を飲み込み、俺たちは体を緊張させる。みんな、いつでも飛び出せる格好だ。俺も震える手を隠して、また再び鍬を体の前に構えながら拳を握りしめた。
まだ、ゴウダツとの戦いの余韻が消えていない。あの絶対的な暴力に服従しそうになった時のことを思い出す。
マルミラたちは、俺が実力で奴を撃退したと思っているようだが、実の所、俺にはそんな実感はまるで無かった。……とにかく必死で何とかしようと思ったら、結果的にそれがうまくいっただけだ。またアレを再現しろと言われたって、うまくいくかどうかなんて全然分からなかった。多分、9割近く失敗するのではないかと思う。
しかしそれでも、俺はこの異世界で生きていくと、生き延びると決めたのだ。いくら怖くとも、やるべきことをやるしかない。それに今なら、周りに仲間たちがいる。俺一人だけではないのだ。それならまだ全然マシだ。不死身だか何だか知らないが、貪り大王とやら、来るなら来てみやがれってんだ……!
もう一度俺は鍬を握りしめ、いつでも動けるように腰を少し落として両足を肩幅に開いた。
大王はまだ動かない。
緊張が辺りを包む。そして……?
『う、うわわわわぁ〜ん!』
突然、大王は泣き出した。
「……は?」
「え?」
「マズい……!」
呆気にとられる俺たちをよそに、マルミラとベルナルドだけが険しい顔をしていた。
貪り大王の号泣は、さっきまでの下品な声と同様に、このオークの村中に響くぐらいの大声だった。少し気を張っていないと頭痛で動けなくなるほどだ。実際、ルルガたちけもみみの皆さんは、聴覚が敏感なのか耳を押さえている。
ただ、俺が見た感じ、大王はそれで何かをするわけでもなく、椅子から立ち上がるでもなく、ただその場でジタバタと手足を振り回しながら暴れて泣いているだけだ。確かにあの巨体で暴れられたら、さっきまでのように気軽に攻撃することはできないが、別にこちらに何か攻撃してくるわけでもないので、飛び道具などを使えばいいだけではないかと思うのだが……?
気になった俺は、ベルナルドに聞いてみる。
「おいベルナルド。何がマズいんだ?ただ奴は泣き喚いてるだけだろ……?」
「そうだ。あの《悪霊の叫び(バンシーボイス)》が出たということは……」
「バンシーボイス……?」
その時、ガラリと辺りの空気が変わったのが分かった。
「なっ……!?」
というのも、広場に響いていたのは、大王の泣き叫ぶ声だけ。だが、『それ以外の声が全くしなくなった』のだ。その場にいた全員がそのおかしな空気に気付き、辺りを見回す。
すると、いつの間にか俺たちの周りに、さっきまでは散り散りに逃げ回っていたオークたちが、ずらりと並んでいることに気付いた。
いや、並んでいるわけではない……囲まれている!?
「何だ……オークたちの雰囲気がさっきまでと明らかに変わってる……?」
「あれこそが、奴が『大王』たる所以。そして、オークが集団行動生物だという証拠だよ……」
そう答えるマルミラの額に、丸粒の汗が一筋流れる。
『泣かせたな……!大王を泣かせたな……オマエタチ……ニンゲンめ!』
その数、30匹ぐらいだろうか?
……俺たちを囲んだオークたちは、全員無表情のまま徐々にその輪を狭めるように近づいてきている。その姿は、さっきまでの逃げ惑っていた情けない様子など、微塵も感じさせない迫力を持っていた。
確かに、あの太った巨体で静かに迫ってこられると、かなりのプレッシャーがあるな……。輪になって徐々に後ずさりをする俺たち。逃げ場は無い。
「ああなったオークたちは、先ほどまでの弱々しい生物ではない。あれは最早……『狂戦士』だ」
「またしても……大王め!先の戦い、あれで私たちの仲間が何人も……死んだ」
「そんな……ホントかよ!?」
『ニンゲンめ……ニンゲン……ニンゲン!!!』
静かな迫力を見せながら、口々にニンゲンニンゲンと呟いて迫ってくるオークたち。もうあまり……時間がない!
「みんな、逃げろ!ああなったらオークたちは最悪の相手と化すぞ!」
「そんな、逃げろったって一体どうやって……?」
「大丈夫だ。オークたちの実力が変わるわけではない。殿は私に任せたまえ。君たちは元の方向へ向かって一点突破するんだ」
「おい、そんなこと言って大丈夫なのかよベルナルド!?」
「大丈夫だ。ご心配ありがたく受け取ろう。……そしてこんな所で死ねるぐらいだったら、私は全然苦労しないよ」
「意味が分からんが……とにかく大丈夫なんだな!?なら行くぞ!もう時間が無い!」
「ああ。ではマルミラ嬢の屋敷で再び落ち合おう……」
そう言うとベルナルドは、俺たちと逆を向き、迫り来るオークたちに向かって長剣と盾を構えた。
「鈍重なるオーク共よ。死神の鎌にも捕まらなかったこの私を、貴様ら如きが捕まえられると思うか!」




