66.わ、私のことか!?
「な、なんなんだアイツは?」
「ロキ君。奴が貪り大王だ。我々の町を壊滅させかけた、最低にして最悪のオークたちの大王だよ……!」
緊張した様子でマルミラが呟く。――貪り大王。今回の件で何度かその名を聞いた単語だ。
その名を冠した、目の前にいる巨大な肉の塊は、耳障りな声と悪臭を撒き散らしながら、俺たちの視界を遮って鎮座していた。
『ぶひゃひゃひゃひゃ!ニンゲンよ!こんな所へ何しに来たんだな!』
笑い方だけでなく、いちいち言動が下品だ。
一体何人分かも分からない大きさの玉座に座り、額には月桂冠か何かの植物でできた王冠を身に付けている。……おそらく、それが大王たる証なのだろう。
そしてその両手には、何やらうまく無さそうなパンだか饅頭だか分からない食べ物を持って、今も尚クチャクチャと食べ散らかしながら食事を続けていたのだった。
そのあまりの様子に業を煮やしたのか、先ほどから完全に真面目モードになっているベルナルドが叫ぶ。
「大王よ!我々の町から追い出されたのを忘れたか!退治されたくなくば、大人しくここから立ち去れぃ!」
ガラットの町の周辺で起こったという先の争いがどのようなものだったのかは知らないが、こいつらオークたちとベルナルドたちが戦ったのであれば、その苦労はなんとなく予想が付いた。肉体的というよりも、むしろ精神的にきつそうだな……。とそんな想像をしながら、激昂するベルナルドの横顔を眺める俺。
一方で貪り大王の方はと言えば、そんなベルナルドの様子を鼻で笑いながら、ふふん……といった表情でだんまりを決め込んでいた。俺ですら見るからに分かる、見下しているような視線だ。
聞いていた話によれば、人間たちの連合軍がオークたちを追い散らかして撃退した……というように捉えていたのだが、実際は違うのだろうか?大王のあの様子は、まるで人間たちにやられて撃退されたようなそれではなかった。
「お、おい……なんでアイツはあんなにふてぶてしい態度なんだ……?」
「奴はそういう奴なのだ。全く、人間だとかオークだとかは関係なく、生物として最低な奴だよ……」
憎々しげに語るマルミラ。最低呼ばわりされた大王は、微かに開いている細い目で俺たちのことを見回すと口を開いた。
『僕ちゃんに命令するのかぁニンゲン……?そうだなぁ……そこのガリガリで細っこい娘を差し出せば、考えてやらんこともないんだな!』
貪り大王が投げかけたその視線の先に、みんなの視線も集まる。
その先にいたのはなんと……ミミナ!?
「えっ!?」
「……なっ……!?わ、私のことか!?」
突然突き付けられた謎の告白に、思わずミミナが耳を竦ませる。
『そうだぁ〜。その貧相な体に頼りない体格。僕ちゃんが飼って、ぶくぶくに太らせてあげたいなぁ〜……』
恍惚とした表情で呟く大王に、思わず俺たち全員の背筋にゾゾゾッと寒気が走った。
「ホントだ、最低な奴だ……」
「わわわ、私が奴に飼われ……ロキ殿。ダメだ私はもう生きていける気がしない」
「し、しっかりしろミミナ!まだそうなったわけじゃない!」
「良かったなミミナ〜!とうとう婿が決まったぞ!」
みるみる顔が青ざめて、今にも倒れそうなミミナに対して、ルルガが無邪気に笑う。ますます血の気が失せるミミナ。
「あ、ああ……ロキ殿。最早こうなったらいっそのこと、お主の手で私の人生を終わらせてくれ……」
「待て早まるなミミナ!」
「死にたい……」
貪り大王に対する生理的嫌悪感が頂点を越えたのか、ミミナのMPは既にゼロを切ってしまっているようだ。
「戻って来い!戻って来いミミナーッ!」
俺が必死で肩をガクガクと揺すると、ようやくミミナは正気を取り戻して、目に焦点が合うようになってきた。
そして、なるべく大王の視線から逃れようと、すすす……と俺の陰に隠れようとする。
「なんて奴だ……戦う前から既に一人を戦闘不能にするとは……!」
『ぶひゃひゃ!そんなに嬉しかったんかなぁ〜!僕ちゃんのペットになるのが!』
「殺す……殺していいかロキ殿……話はそれからだ」
怒りが頂点を越したミミナが、俺の後ろから物凄い殺気を放っているのが分かる。……ちょ、ちょっと待ってくれミミナさん。そんな狩人仕込みの握力で肩を握られたら、俺の肩が潰れてしまうよ……!
俺の肩甲骨を握り潰さんばかりに拳を固めたミミナはとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、それとも一刻も早くこの現実から逃避したいと思ったのか、にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる貪り大王に対して、素早く背中から弓を取り出して、矢をつがえた。
「お、おい待てミミナ!それは……!?」
「いいよロキ君。やってしまえば分かる」
「え?マルミラ、それはどういう……!?」
マルミラの気になる言葉を確かめる間も無く、ミミナは流れるような仕草で、つがえた矢を大王に向かって放った。……俺の耳元を、風切り音だけが通り過ぎていく。
そしてもちろん、あれだけ大きい的なのだから、凄腕狩人たるミミナが外すはずもない。それどころか、あの軌道ならもしかしてもしかすると……?
プスッ
『ん?』
そしてそれは見事、貪り大王の眉間へと刺さった。




