65.……なんと表現していいか、私には分からない
「なあ、その……【貪り大王】ってのはどんな奴なんだ?」
聞いてはいけないような気もしながら、それでも仕方なく俺は聞く。もうこうなった以上、事前に情報を集めておくのは常套手段だ。ここから既に俺の生存戦略は始まっているのだ……!
俺の問いに、マルミラが答えてくれた。
「貪り大王というのは、オークの変異種とも言われている。コボルドやゴブリンにも、ごくたまに凶悪でレアな人種が生まれてくることがあるが、オークも例外ではないようだ。その姿、体格は通常のオークの五倍、身体能力こそ高くはないが、その分タフネスは普通のオークの一体何倍になるのか測定不能なくらいだ」
「一説には、不死身ではないか……ともな」
マルミラの言葉に付け加えたベルナルドの言葉を聞き、思わず一瞬、俺は聞き間違いかと思って聞き返した。
「は?不死身……!?」
しかしそれに対して、マルミラもベルナルドも、大真面目な表情でコクリと頷いただけだ。マジかよ……!?さらに突っ込んで俺は聞く。
「不死身ってどういうことだよ?」
「……」
「……なんと表現していいか、私には分からない。実際に見てみるのが一番だろう」
そう言うと、ベルナルドは颯爽とオークたちの集落へ向かって歩き始めた。何だかいつもの「死にたい……」のような表情は全く無い。
「お、おいっ!」
思わず俺は叫ぶ。
が、ベルナルドはそれには全く構わず、たった一人で進んでいってしまう。他の面々も唖然として見守っている間に、彼はもう百mも先へ行ってしまったので、慌てて俺たちも後を追った。
「マルミラ、ベルナルドを止めなくていいのか!?あの様子だとホントに一人で行っちまうぞ……?」
「あの程度のオークたちなら問題無い。君たちは下がっていてくれ」
「ホントに大丈夫なのか……?」
「ベルナルドなら何とかなるだろう。……ある意味、奴もまた『不死身』だからな」
「……?」
不可解なマルミラの言葉に引っかかったが、彼女の落ち着いた様子から、本当に大丈夫そうなのだということだけは分かった。なので、俺たちはベルナルドのしばらく後ろから着いていき、様子を窺うことに。
そして森を出てから間もなく、オークたちの集落に大分近づいてきた。ベルナルドも相変わらずだ。……オークたちと彼の間にどんな因縁があるのかは分からないが、とにかく大丈夫だというのなら、ここは彼に任せておこう。俺は手にした鍬を固く握りしめた。
果たして、一体どんな剣戟が繰り広げられるのだろうか?……そう言えば、ベルナルドがまともに戦うのを見るのは初めてだ。何だかアレだろうか?無駄にチートで必殺技とか出せそうな感じの……?
ハラハラしながら俺たちが見守っていると、とうとうベルナルドがオークたちと接敵をする距離にまで近づく。ブヒブヒ言っていたオークたちも、ようやくベルナルドの接近に気付いたようだ。
その数、およそ二十数匹……。とても一人で敵いそうな人数には思えない。しかし、それでもベルナルドは一人長剣を抜き、盾を構えながら颯爽とオークたちの群れに真っ直ぐ向かっていくのだった。
放たれる剣気。そして……!?
「わーっ!ニンゲンだニンゲンだ!ニンゲンが攻めてきたぞ!逃げろーっ!」
……逃げるんか。
「先にオークたちとの戦いがあったと言ったな。あれはそう、実は『逃げ回るオークたちを倒すことが困難だったのだ!』
「なんだって……!?」
「奴らはほとんど戦意など無い。だが、そのタフさは本当にしぶとい。我々人間たちの方が奴らを追いかけ回すのに疲弊し、次第に弱って病に倒れていく始末……。おかげでここへ追い払うのが精一杯だった」
「マジかよ……」
まさかの裏話を聞いて、派手にズッコケそうになる俺。ということはまさか、前回とは違ってそれほど危険な仕事じゃ無さそうかな……?ちょっとだけやる気が出てくる。
「どうする……俺たちも行くか……?」
「アレなら何とかなりそうだな」
ベルナルドが近づくに連れて、蜘蛛の子を散らすように逃げていくオークたちを見て、先ほどまでの用心深さは消えてきた。なので、ベルナルドの後を続いて俺たちも集落の中程へと向かうことにしたのだった。
***
「あれが……『貪り大王』」
それから程なくして、何の問題もなく中央部へと俺たちは辿り着くことができた。若干ベルナルドは不満そうだったが、逃げ回るオークたちを追いかけて倒すよりも、今はやるべきことが優先だと思ったようだ。
後からついてくる俺たちに気が付くと、歩調を緩めて合流した。……相変わらず、表情はまだ固かったが、それでも俺たちと一緒に歩むことで少しは緊張が緩和されたようにも見えた。
……一体、彼の過去に何があったのだろうか……?気にはなるものの、今はそれを聞けるような状況ではない。また後で聞くことにして、今はとにかくオーク集落の中心部にいると思われる例の『大王』の元へと向かっていた。
そして、その存在はすぐに気づくことができた。
何故なら……歩いて行く方向から、下品なその声と悪臭が容赦なく漂ってきたからだ……!
『ん〜……?なんだぁ?ブタちゃんたちじゃない見慣れない奴らがいるぞぉ〜……?うひゃひゃ!』
オーク集落の中心部には、ちょっとした広間があり、そこに作られたハリボテのような玉座には、あのゴウダツをも小さく見せるほどの、身長およそ5m、ウエストはもしかしたらそれ以上ありそうな、まるでちょっとした小山を思わせるほどの巨大な肌色の塊が鎮座していたのだった……!
「こいつが……貪り大王!?」
『そんなカッコ悪い名前の人は知らないぞぉ〜っ!』
巨大な顔をくねらせて、俺の言葉を否定する大王。
これが、その見た目の威圧感とは裏腹に、何だか拍子抜けしてしまう邂逅の始まりだった。




