64.まあ一つ、最も手っ取り早い方法はあると言えばある
「な、何だよこれ……!?」
そこには、見たことのない風景が広がっていたのだった。
確かに、高原と言えば高原だ。辺りは草原で、仄かに涼しい風が吹いている。
が。
「……く、臭い!」
「一体何の臭いだ……?」
森を抜けた場所には、高原の爽やかさは微塵もなく、あるのはただ、どこかから吹いてくるアンモニアが分解されたアミン臭の混じった不快なそよ風だけだった。
……『不快なそよ風』って単語は初めて使ったと思うな。
「おそらく……あそこから漂ってきているのだろうな」
「あれは……!?」
「豚の……町ができてる!?」
マルミラが促した先の景色を見てみると、遥か遠くではあるが、眼下には小規模の町……というか集落程度の大きさの掘っ立て小屋の集まりがあった。
パッと見、先日ガラットの町の外で見たスラムのようにも見えるが、そこに集まっていたのは浮浪者や低所得者たちではなく、丸々と太った肌色の体を持った豚人間たち……即ち『オーク』たちだった。
「おいおい、一体アレは何人いるんだ……?」
「ロキ君、それは亜人のみの話かね?それともあの……豚たちを含めてかね?」
マルミラがそう言うのも無理もなかった。そこにいたのは、オークたちだけではなく、おびただしい数の『豚』だったのだ!
それは遠くからでも何となく分かった。オークたちは、あれらの豚を全て飼っているようだった。粗末な柵と掘っ立て小屋を作って、そこに大量の豚を飼っている。大まかに見繕っても、その数はオークたちの十倍は居そうだった……。
「なんだこりゃ……!?」
「我々の村から連れ去られた豚たちは、皆ここに集められているようだな」
ベルナルドが呟く。
この時点でみんなが気付いていたが、どうやらここに集められた豚たちが放つ臭気が、ここまで漂ってきているようだった。
一体、この場所でこの臭いだということは、近づいたらどんな臭いが漂っていると言うんだろう……?あまり想像したくない出来事だった。
だが、これでようやくハッキリした。オークたちの集落の真ん中には、ガラットの町に流れ込んでいる湖の源流らしき川が流れていた。そしてその周囲に広がる豚小屋の数々……。
ここが元凶なのは間違い無さそうだった。
「どうやら、ガラットの湖の異変の元はやっぱりここだったようだな……。ほら見ろよアレ。川沿いに豚どもの敷ワラを捨てる場所があるだろう?」
「あ……ホントだ」
「あそこから地下に染み出した豚の糞が、水に溶けて下流まで流れてきてるんだな。あの後から急に川岸の緑が増えてるからな」
「確かに分かりやすいですね……。ということは、あの豚たちをなんとかする必要があると?」
「……だろうな。問題は『どうやって?』という部分だが……」
「ふむ、確かに。こちらは少人数で、あちらは一体何人いるのか分からんぐらいだ。一応聞いとくが、オークってのは強くないんだよな?……さっき会った奴ら見てもそう思ったが」
「そうだ。オークは個体としては大したことはない。だが、そのタフさと繁殖力は見ての通りだな」
その場にいた全員がオークの集落を見下ろしながら、ある者は空を眺め、ある者は腕組みをしてうーんと唸り、何かいい方法は無いかと頭を捻る。
「またこの間みたいに、近隣の町から援軍を募るわけにはいかないのか?ルルガたちの村とかから」
「先日のガラット戦線では、町の近くだったこともあり、比較的人を集めるのは容易だった。だが、ゴウダツによる近隣被害のせいで、今はやや難しいそうだ」
「婆ちゃんも言ってたな〜。全然人が足りないんだってさ」
「てことは、俺たちだけであいつらを全部倒さないといけないのか……?」
「……」
全員がそこで、黙ってしまった。
まあ無理もない。こちらは六人。向こうは……数え切れないが、あの集落の規模だと百人以上は居そうだ。ざっと計算して一人頭十六人か……うん。
俺を入れていた時点で無理ゲーだった。
「まあ一つ、最も手っ取り早い方法はあると言えばある」
「何だって?」
全員が黙る中、唯一真面目な表情で突然ベルナルドがそう言った。……それは、普段のあの鬱っぽい表情とはあまりにもかけ離れていたため、一瞬俺は別人かと見間違えてしまったほどだ。
だが、みんなからの注目を集めても尚、ベルナルドの表情は真剣だった。
「奴らは群れだ。その群れを崩壊させてしまえばいい」
「……うむ。確かにベルナルドの言う通りではある。オークというのは、非常に集団思考性の強い種族だ。その中枢である意思決定機関を破壊すれば、必然的に群れは崩壊し、少なくとも当面はこの場所で新しい集落が形成されることは無いだろう」
ベルナルドの言葉に対して、マルミラが肯定の言葉を重ねた。
しかし……何だか気になる。だったら何故最初からそれを言わなかった?
そんな簡単な解決方法があるのなら、最初からその選択肢はあったはずだ。
俺は気になって尋ねる。
「……なんか気になるな。何故最初からそれを言わなかった……?」
「そうだ。だったら話は早いではないか。その方法を取ればいい。だが、ひょっとしてそうできない何かがあるのではないか……?」
ミミナも同様のことを感じていたらしく、俺に続く。
俺たちの視線を感じたベルナルドとマルミラは、何か言いにくそうに黙っていた。
「……」
「……」
『ぶうぇっへっへっへ!』
その時、オークたちの集落の中心から、巨大で下品な笑い声がここまで聞こえてきた。
その声は、一言聞いただけで不快指数100%とでも言えるような、まるで腐りかけた野菜を食べて一晩吐き気を催し続けた時のような、生理的な拒絶感を引き起こさせるほどの大声だった。
思わず、背筋に寒気を覚える俺やルルガたちだったが、ベルナルドとマルミラはそれを予期していたかのように平然としたまま、質問に答えてくれた。
「ああ。確かに君たちの言う通りだ。そして、おそらく予感している通りでもある」
「その通り。唯一、方法はある。だが……矛盾するようだが、『それこそが最も困難な方法である』ということでもある」
「……どういうことだ?」
「まさか、今聞こえたあの声が……?」
再び嫌な予感が湧き上がってくるのが分かる。結局……結局もしかして、このルートを回避することはできないんだろうか?
俺の中に、その先を聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが共存し、うまく口が開けない。しかし無情にも、俺の代わりに彼らが避けていたその結論を語ってくれるようだった。
「そうだ。群れを破壊するには、そのボスを倒さなければならない。しかしそのボスこそが、最も倒すことが難しい相手でもある」
「それってもしかして、さっき言ってた……」
「画期的なご明察だよ、ロキ君。……あの集落の中心にいるのがおそらく、オークキング【貪り大王】だ」




