62.聞くんじゃなかった……!
「ニャッ!?誰だ!?」
ガサガサッ
ルルガが警告を発すると同時に、茂みをかき分けて何かが出てきた。一斉に戦闘態勢に入る俺たち。
そういえば、俺は何かあった時のために、とまたいつもの鍬を持ってきていた。あのゴウダツとの戦闘以来、ここが平和な日本ではないことを自覚し、畑作業を行いながら、同時に戦闘訓練もするようになったのだ。
そうなると、畑で剣と盾を持って作業するわけにはいかないし、わざわざ持ち替えるのを相手が待ってくれるとは限らない。なので、結論としては「やはり鍬で戦えるようにするしかない」という話に落ち着いてしまうのだった……。
まあ確かに、このまま順調に作物が増産できたと仮定すると、間違いなく害獣に襲われる可能性はあるし、さらには先日のようにモンスターたちが襲ってこないとも限らない。
畑において、何らかの敵の撃退法を考えておくことは必須なのだった。
いずれは、農鍬道を立ち上げるのもやぶさかではあるまい……なんて冗談交じりに思っていたら、やっぱり普通に戦闘は起こるのね……!
というわけで、愛用の鍬をまだまだへっぴり腰で構える俺と、その前に長剣を抜いて盾を構え、立ちはだかるベルナルド。……カッコいい!
その横には爪を逆立てて身を低く構えるルルガ、そして俺の横には弓を構えるミミナと、後ろに杖を構えるシバとマルミラ……という布陣なのだった。
なんか、かなりRPGっぽくなってきたのはいいが、唯一俺だけがその中でも浮いていた。……何?職業農家って。
そんな自己矛盾を考えながらも、油断してるとマジで死ぬのが野生であり自然だ。頼むからこの前みたいなことにはならないでくれよ……?と願いつつ、俺は鍬を握る手に力を込めた。茂みから出てきたモンスターは、丸々としてほんのりピンクな体を持った……。
ブヒッ!
「ブ……ブヒ?」
どうやら俺の予感は呆気なく外れたようだ。どこからともなく俺たちの前に現れたのは、丸々と太った普通の豚だった。
「豚だと!?」
「豚か!」
「豚だって?」
「豚だ」
「うまそう」
どこからどう見ても、普通の豚だった。ソーセージかハムにしたらうまそう……って、ルルガと同じような気分になってしまった。赤身の鹿肉ばかりを食べていたからだろうか。だがそんなことを考えながら豚の様子を見ていると、若干違和感を覚える。
回りの仲間たちも、一瞬の緊張がほぐれて、ほのぼのとしながらフラフラと歩いて時々近くの木にぶつかったりする豚を、微笑ましく見ていた。
そこでふと、ルルガが気付く。
「あの豚……目が見えないんかにゃあ?」
「何……!?」
そう言われてみると、確かに豚の様子はおかしかった。どこかへ向かっているようにも見えず、あっちこっちをフラフラと歩き回っている。というか、普通に考えて動物が木にぶつかるなんて滅多にない。どこかがおかしいと考えるのが妥当だ。とすると、ルルガの言う通りあの豚は目が見えないのかもしれない……。
ガサガサッ!
「お、いたいた。こんな所に……ってブヒィィィ!!!ニンゲンだ!ニンゲンがいるぞ!?」
「お、おわっ!オークだ!オークが出たぞ!」
突如として、さっき豚が現れた茂みの方から、また新たに二匹の獣が登場し、辺りは混乱を極めた。茂みから出てきたのは、小結ぐらいの体格をした豚頭の亜人……つまりはオークだ。俺はこの世界で初めてオークを見たが、何の問題もなく理解できるような容姿をしていた。
先日説明されていた通り、首から上は表情豊かな豚の顔であり、首から下は俺の体重の倍ぐらいはありそうな恰幅のいい二足歩行の生物の体を持っている。粗末な革鎧と、コボルドたちと同じような手作りの武器を持ち、汗をかきながらブヒブヒと言っている。……若干臭いが漂ってくるが、アンモニアが腐ったようなアミン臭がしている気がする。つまりは……臭い。これがオークの臭いか……。
「何ぃっ!?ニンゲンだと!逃げろ逃げろっ!獲って食われるぞ!」
「そうだそうだ!早く逃げて大王様の所へ報告だ!」
「ブヒィブヒィィィ……!」
いきなり鉢合わせた俺たちは、今ひとつオークの力を図ることはできず、意外と数が多かった、奴らの撤退っぷりを観察していた。おかげで、咄嗟に戦闘態勢を取っていた俺たちは肩透かしを食らって唖然としていたわけだが、ベルナルドやルルガたちはともかく、俺は若干ホッとしていた。……まだ、戦いには全然慣れていない。
あれから何度か、ルルガたちに協力してもらって戦闘の訓練をしたりはしていたが、やはり訓練と本番は違う。それに、相手もまだ未知の存在であるオークたちだ。こんなことなら、コボルドたちにお願いして協力してもらえば良かった……。
とか考えていた所で、ふと気になった部分があった。
「なんか、大王様……とか言ってなかったか?奴ら」
「むう……やはり出てきたか」
「死んでいなかったようですね」
俺が気になった点は、どうやらマルミラとベルナルドの間では暗黙の了解とされていたことらしい。二人ともうんうんと互いに目配せをして、深く頷いていた。
ん?なんだか、嫌な予感がするぞ……!
「おい、一体何のことだ?……あ、いや何でもない。分かったもうそれ以上は言うな……!」
「さすがロキ殿だ。一部の隙も無い考察だな」
「うむ。ロキ君、よくぞ聞いてくれた。あのオークたちの王、非常に厄介な強敵である奴らを束ねる長、それが奴……『貪り大王』なのだよ!」
あぁ……聞くんじゃなかった……!




