60.……うむ、謎は概ね解けたぞ
「さーて、それじゃあどこから始めるか……」
マルミラの屋敷で一泊した次の日。俺たちは水筒とお弁当を持って再びガラットの町へとやって来ていた。
「おいしいものが無いと、やる気が出ないにゃあ……」
「こらルルガ!シャキッとせんか」
「すいません。頑張ったんですが、サンドイッチが限界でした……」
「ロキ君、今日も君の鋭い推理が見られることを楽しみにしているよ」
「今日は死ぬのに良い日和だ」
「……頼むから集中の邪魔だけはしてくれるなよ?」
最早こいつらにはなんと言葉をかけていいのかも分からないので、扱いが面倒くさい奴はとりあえず放置だ。俺も食事がうまくない場所にはモチベーションが涌かないので、とっとと解決して戻るに限る。なので、使えるものと知識を総動員して取り掛かることにした。
「マルミラ、この町の地図はあるか?……シバはこの湖の付近の精霊に異常がないか見てくれ。ルルガとミミナは町の人々に聞き込みを頼む。ベルナルドは俺と一緒に来てくれ」
手早くそれぞれに指示を出すと、俺はベルナルドと一緒に浅瀬の中に入って、湖に生えている藻と岸に生えている植物を採取した。村の川と違い、薄緑に濁った湖は、臭いも酷いし足にへばり付くようだ。気持ち悪み。
「う〜む……やっぱりヘドロ臭いな。『こいつ……腐ってやがる』って感じか。植物の方も、イネ科メインで徒長してる奴らばっかだな……」
「まさかこんな日中から臭い泥まみれになるとは……死にたい……ロキ殿、これで何か分かるというのかね?」
「そうだなぁ……予想が付くのは、この湖一体が富栄養化……つっても分からんか。栄養分が多すぎて、プランクトンが……ってのもダメか。要するに、栄養が多すぎて水が腐ってんだよ。前はこうじゃなかったんだろ?」
「その通り。二、三ヶ月前から気温の上昇と共に徐々にこうなってきたのだ。その前は、それは綺麗で爽やかな景色の湖だった」
「なるほどねぇ……とすると、その前に起きたことが原因と見るべきだけどな……?」
岸に上がって休んでいる俺たちの元へ、シバとマルミラがやってくる。
「ロキさん、やっぱり思った通り、この湖の周りの水の精霊はすごく弱っているようです。ウンディーネたちは苦しがっていますね。なんとかしてくれとお願いされてしまいました……」
「ロキ君、何か分かったかね?ほら、要望の地図を持ってきたぞ」
「おお、サンキュ。あとマルミラ。この町で二、三ヶ月前に起きた出来事って何かあるのか?」
羊皮紙に書かれた地図を広げながら、俺はマルミラへ尋ねる。薄汚れた紙の上には、この町付近一体の大雑把な手描きの地図が描かれていた。
「二、三ヶ月前……?そうだなぁ、数ヶ月前には町の付近に住み着いた、大規模なオークの群れの討伐作戦が行われたことぐらいかな?後はこれと言って特には……」
「オークの群れ……?そこちょっと詳しく」
「ん?そうか。実は数ヶ月前からだな、町の北の山の麓にオークの群れが住み着き始めて、度々我々と衝突する事があったのだ。なので、近隣都市からの応援を求めて、討伐隊が組織された。そして、我々はオーク共を撃退して奴らは逃げていったというわけだ。どうだ?何かの参考になったか?」
「んー……。他には思い当たることは無いんだよな?とすると、それが関係してるような気がするんだが……。奴らは水に何かしたとかあるのか?」
「いや、特に何もしたわけではないな。ただ、とにかく奴らは臭うからな……今のこの臭いと似ていると言えば似ているかもしれん」
「この臭いと……?」
「ロキ殿、後は奴らは町で飼っていた豚を盗んでいったよ。『同士をこんな扱いにするとは見捨てておけん!』などと言ってな」
「同士……?えーと一応聞いておくが、この世界のオークってのはどんな存在だ?」
オークと聞いて、普通にファンタジー世界のオークを思い浮かべたのだが、先日のコボルドみたいに何か想像してない部分があるのかもしれない。そう思って一応聞いてみた。
「オーク?そりゃあオークと言えば、豚の亜人だと思ってもらえればいいよ。コボルドが犬の顔をしているとすれば、奴らは豚の顔だ。そりゃあ同族意識も生まれるだろうよ」
「うむ、そして奴らのおかげでまんまとこの町の食事情が貧しいものになってしまったのだ」
横からベルナルドも口を挟む。なるほどな……今度はブタの亜人か。先日のゴウダツのことを思い出して、思わず背筋に冷や汗をかく。
そうだ、そうなんだよな……ここは異世界で、当たり前のようにモンスターがいるんだ。そして俺は植物を育てるしか脳のない農家……はぁ。死にたい……って誰かの口癖が伝染ってしまった。いかんいかん。農家は自分のやれることをやるだけだ。
「食事情ってのはどういうことだ?あと、嫌な予感もするが、そのオークのことを聞かせてくれないか……?」
「それはだね、この町はパンと豚の肉が名物だったんだよ。パンに挟むソーセージの料理は、それはもう絶品だった。だが、奴らが町の豚をほとんど盗んでいってしまったために、今では豚肉が全く足りなくなってしまったんだよ」
「そうなのだロキ君。オークというのはコボルド同様、個体としてはそれほど強くないのだが、やはり数が多いのと耐久力が強いためになかなか厄介な存在だ。そのために人手が足りず、奴らを全滅させることはできなかったため、追い払うことしかできなかったのだ……」
「……なるほどねぇ……それが数ヶ月前ね。ちょっと待ってくれよ。何か浮かびそうだ。『豚』『腐った水』『オーク』……」
俺はその場に座り込むと、一休さんばりにあぐらをかいて思考を巡らせる。ポクポクポク、チーン!……って、最近の若い子には分かるのか?と思い始めてきた時、幾つかの断片が結びついてきた。
「どうだ?ロキ君。君の知恵なら何か分かるんじゃないかと正直期待しているのだが……?」
「……うむ、謎は概ね解けたぞ」
覗き込んでくるマルミラに対して、俺は自信満々にそう言った。




