59.ああ、すまんすまん。ついつい食事に夢中で
ガラットの町から離れて、馬車で数時間ほど進んだ森のほとりに、マルミラたちが住んでいる屋敷は存在していた。
「ということは、やっぱり魔力ってのは、『量子力学』によく似てるってことだな……」
「ほほう?画期的な言葉だな。その『リョーシリキガク』とやらをもう少し詳しく聞かせて頂こうか……」
「あのー……。着いたみたいですけど……」
おっと、いかんいかん。ついつい途中からマルミラの話に興味が出てきて、いつの間にか屋敷に着いていたことに気付かなかった。俺の悪い?癖だ。
農業に関しても、脱サラする直前から仕事中に色々ググって自然のことを調べてたっけ……。それがいつの間にか量子力学の世界にまで広がってきてしまったのだが、聞けば聞くほど、魔力というのは量子の世界とよく似ていることに気付き、話が盛り上がってしまった。まあこの話はまた今度にするとしよう。
それよりマルミラが住んでいるという屋敷は、中世貴族のものでも、おどろおどろしい魔女の住む館でもなく、元の世界におけるかの有名な絵本作家『ターシャ・テューダー』のような幻想的な世界だった。
やや古ぼけた木造と石造りのマッチした中規模程度の屋敷に、木蔦が絡みついている。玄関横の庭園には、小さな池があって小鳥のオブジェなどが飾られていた。玄関までのアプローチや、池の周り、そしてよく見れば見るほど、あちらこちらに花壇が設置されていて、季節の花が咲くように設計されているようだ。
植物全般に興味があり、いずれは盆栽も育てたいと思っていた俺にとっては、実に見事と言って良い庭園だった。……思わず息を呑んで見入ってしまう。
「どうかね?ロキ君から見てうちの庭は?」
「……いや、素晴らしいよ。マルミラ、君がこの庭を?」
「ふふ、まあね……と言いたい所だが、残念ながら我ではない」
「気に入って頂けたようで良かったよ、ロキ君」
「べ、ベルナルド……!?あなたが?」
「一応、屋敷の護衛としてマルミラ嬢に雇われている身なのだが、何しろこのような場所だ。普段やることが無くてな……」
「へぇ〜意外だな。でもすごいよこれは」
「いやいや、たまたま季節の花が咲いているのを持ってきて植えただけだよ。彼らへの手向けへね。死にたい……」
「……なんでそうなる?」
何故か急に鬱ってしまったベルナルドをそっとしておきながら、俺たちはマルミラの屋敷へと上がらせてもらうことにした。どうやら、依頼を達成するまでの間はここに住むことになるらしい。……久々のまともな住宅だ!これはテンション上がるぞ!
俺と同様、今までテント暮らしだったけもみみフレンズたちは、相当テンションが上がっているようだった。シバなんか、ベッドに何度ダイブしたことか。……ちなみに、部屋数も足りなかったために、俺とシバはベルナルドと同室、ルルガとミミナは別室という部屋割りになったのだった。
マルミラの指示で、夕食頃に全員で集まることになる。それまで、俺たちは魔女の館というものがどんな所なのか色々見て回っていたのだが、やっぱりあのデカい鍋で謎の色の液体を煮込む……みたいな場所(マルミラ曰く、魔術工房)があって、さらにテンションが上がった。
そして、ここはさっきの町のように濁った水ではなく、家の裏にある清流から水を引いてきているようだった。家の裏に溜め池を作り、そこから魔法生物であるゴーレムが生活用水を汲んでくる……という仕組みになっているようだった。なんか異世界っぽい。ようやく実感も湧いてきた俺だった。
「悪いな、諸君。料理もゴーレムができればいいのだが、さすがにまだそこまでは行っていない。ありあわせのもので悪いが、これが現在の精一杯のご馳走だ。遠慮なく食べてくれたまえ」
小柄なその姿とのギャップにいつも違和感があるマルミラの台詞に、夕食で集まった俺たちは食事の時間を開始する。みんなそれぞれ一斉にテーブルに向かって手を伸ばすのだが……?
「……なあ、ご馳走してもらう身でこんなこと言うのはアレなんだが……。これだけか?」
「村のご飯が懐かしいなぁ……」
ルルガが情けなく言うのも分かる。というのも、テーブルの上に載せられていたのは、山盛りのパンとサラダ、そして干し肉と村から持ってきた幾つかのフルーツだけだったからだ。量としてはそれなりに用意してくれたようだが、質としては……言葉がない。
「う、このサラダ、ちょっと苦すぎじゃないか……?」
「文句を言わず食い給え。一応我の名誉のために言っておくが、我だって料理はそれなりにできる。だが、肝心の食材がないのでは仕方なかろう……!」
マルミラが心外だとばかりに鼻息荒く意義を唱えてくる。しかし俺は口に入れたサラダの葉っぱのエグみが強くて、全然聞いていなかった。
「パンはそれなりに食えるみたいだけどな……。植物の繊維が固すぎて、サラダって感じじゃねーよこれは。むしろ油で炒めたほうがいいんじゃないか?」
「おお、その手があったか!では次回からはそうすることにしよう。……て、食材が無いという所に何か突っ込みは無いのかね?」
「ああ、すまんすまん。ついつい食事に夢中で……で?その食材不足だってのとさっきの町の異変が関係あるのか?」
「さすがロキ君だな。話が早い。そうなのだよ。『町の湖がああなってしまってから、この町の食料は激減してしまったのだ』」
「激減……!?」
「そう。だから、異世界農家であるロキ君に頼みたいのはそこだ。再びこの町の食料を元通りに戻して欲しいのだ」




