58.どうやら今夜は眠れなさそうだ……
「さて、ロキ君。最初の問題だ。……この原因を突き止めてもらいたい」
「うーん……とりあえずざっと見た所……『水が腐ってる』んじゃないか?」
とりあえず思い付いた考えを率直に話す。
「お!さすがだね。画期的ではないが、妥当な答えだ」
俺の考えでは、もしかしたら本当にこっちの世界では呪いのようなものがあるのかも知れないが、少なくともこういう類のようなものではないような気がしていた。
もしあるんだとしたら、それよりももっとこう……「なんだこの大規模な結界は……!」みたいな感じ?
ラノベの読みすぎだろうか。
……ともかく、そんな俺の予想はマルミラに言わせてみると、それほど間違ってはいないようだった。満足気に頷くマルミラ。
「流石はロキ君。一目でそれを見抜いてしまうとは!……我が調査をした結果、どこにも『呪い』などというものは掛かっていなかった。そもそも呪いというのは大体の場合、人間心理における誘導効果を狙った全く根拠の無いものがほとんどだ。それを崇高な理論と実証の裏付けによる魔法と一緒にしてもらってもだな……」
「ちょちょ、ちょっと待ったちょっと待った!それは分かったからだな、俺にもっと簡潔に魔法とか呪いとかいうものを説明してくれよ。でないと原因なんてハッキリと分からん……!」
そのまま延々とどこかの世界へと行ってしまいそうなマルミラを慌ててなだめて、重要なポイントだけを教えてもらう。
「そうか、そうだな。では異世界の理を持つロキ君には、まずはこの世界の理を教えることにしようか。そうだな……何から話そうか……ではまず、魔法の素となる《魔力》について語るとしよう」
「始まったぞ……マルミラ嬢の魔法理論講義が……。それでは我らは屋敷に向かうとしよう。知恵熱で死んでしまう前にたどり着けるといいが……」
「ちょ、何だか不安なことを言わないでくれベルナルド……」
馬車が進路を変えて再び町の外へ向かうのと同時に、マルミラの長い長い延々と続くエターナルな講義が始まった。
***
ロキ君。以前にキミから聞いた、【電気】と言う画期的なものは非常に興味深かった。この世界における電気と似たようなものが《魔力》だ。
ここはまだ田舎の方だからそれほど普及していないが、もっと都市部へ行けば、魔力による灯りや調理用の炎、冷蔵器具など、様々なものが魔法によって生活に溶け込んでいる。
ではその魔力とは一体何か?ということについてだが、お……良い質問をしそうな表情だ。そうだ。我々魔術師は一見何もない場所から魔力を生み出し、魔法という現象を実体化させる。その仕組みはまだ正確にははっきりとは分かっていない。ただ、厳然たる事実として、遥か昔から、一部の素質あるものたちが修練と研鑽によって体系化してきたものでもある。
そうした積み重ねの結果、どうやら経験則的に分かってきたことというのが、『世界には目に見えない物体というものがある』ということだった。例えば、我々の意識や魂と呼べるようなものだ。これらはいつどうやって生まれ、どこに定着し、死んだ後はどこへ消えていくのか……?それが実は、魔力と同じ仕組みなのではないかということだ。
我々魔術師は、呪文と呼ばれる定型句の詠唱とともに、場合によっては魔法陣を描き、場合によっては媒体となる物質を介し、ある特定の事象を起こすために魔力を使用する。これはうまく伝えるのは難しいが、その空間にある魔力を、自分の体や物体や魔法陣を通して集め、この世に具現化する、という手順だと思ってもらえばいい。
例えば光を灯す呪文を使うとしよう。
その場合、まずは魔力を宿す物体を用意する。そしてその物体に向けて周囲の魔力を集めていく。……場所によっては、魔力が多い場所少ない場所というのもあるのだが、そのような特殊な場所でなければ、魔術師の体を媒介にして魔力は集まってくるはずだ。
集まってきた魔力を、魔術師は自らの体内の魔力を使って構成し直して、光の組成へと変化させる。うまく構成し直すことができれば、用意した物体に光は灯る。その後、魔術師の魔力が尽きるか構成を解消するまで、光は灯り続ける……という具合だ。
このように、一般化することは難しいのだが、それでも我のように魔力を感知することが可能であり、それを自分の体内に集められるものであれば、訓練することによって魔法を使うことは可能となる。……ええと何の話だったか。そうだ、魔力だな。
つまり、魔力というのは、いつでもどこでも今ここに、目には見えないが存在する『何か』ということになる。一部の学者によれば、魔力は「何にでも形を変えることができる流動的なエネルギー」という定義になるらしい。言っておくが、空気とは違うぞ?空気は既にそれ自体が魔力が形を変えて実体化したものなんだそうだ。現実世界に形として存在しない何か。……それが魔力なのだよ。分かったかね?ロキ君。
***
「……あ、ごめん寝てました」
「おいおいっ!」
どうやら今夜は眠れなさそうだ……。




