57.お!見えてきたぞ!
やがて見えてきた町並みは、これまでのジャングルの中とは違う、石造りの建物群だった。森の中を約一日、森を出てから約一日馬車で進んだ先に見えたガラットの町は、俺にとっては初めて見るこちらの世界の人間の都市だ。
マルミラから事前に聞いていた話から、ある程度の想像はしていたのだが、まあ想像通り……というか、想像以上にボロさが目立つ町だったので、雰囲気としては嫌いではないが、生活することを考えるとちょっと複雑な気分にもなった。
とりあえず畑は収穫も終わり一段落したので、残った者は村の人々に任せ、コボルドたちの方も一通りは教えてきたが、長いこと留守にするわけにもいかない。そんな中でマルミラたちにくっついて町に来たのは、少々思う所があるからだった。
「まあこの辺りは、エツナ王国の中でも辺境の地に当たるし、ラウ自治国家群との国境だからな。王都はもっと離れた場所にある。我慢してくれたまえ」
俺の表情を読み取ったのか、マルミラがそんなフォローを入れてくる。そう言えば道中でこの辺りの国家や社会知識に関して彼女に色々教わったのだが、それはまた別の機会に語ろう。
それよりも、今の話でベルナルドの無表情な顔が少しピクッと反応したのが気になったが……。
「お!見えてきたぞ!」
ルルガの一声で、俺とみんなの意識が町の方へと向かう。彼女が指差す方向には、まばらに広がる民家と、その向こうに背丈の二倍ほどの大きさの城壁がそびえ立っていた。
「あれは……何だ?城でもあるのか?」
「ロキ君は初めて見るものか?前に話した通り、この辺りはしばらく昔は国境地帯だったからな。獣人族たちとの争いから町を守るために、防壁が作られた跡だよ。まあ、勝ったり負けたりで当時の城は壊されて、今の領主の屋敷しか残っていないんだが、町の周りにはああしてまだ壁が存在している。貧しい人々や定職を持たない者などは、町の中に入れずにああして壁の外で暮らしているんだ」
「いわゆる、スラムって奴か……」
何だか日本の綺麗な町並みのことを思い出して複雑な気分にもなったが、東南アジアなどの途上国では普通に見られる光景だ。そう考えると、こっちの世界での経済格差などがどうなっているかというのも気になる。
しかし、その辺りを考えてしまうと魔王と勇者が頑張って中世世界の経済発展をさせる別の物語になってしまうので、とりあえず忘れることにしておいた。
「ちなみに我らの住居は、この町からやや離れた場所にある川の側だ。だが今日はこのまま町の中を見てもらおうと思っている」
「……ん?俺たちは町に滞在するんじゃないのか?」
「残念ながらロキ君。それは諸事情により難しいのではないかと思っているし、正直オススメしない。というのは……見てもらった方が早いかな」
何だか意味深なことを言うと、マルミラはベルナルドに伝えて町の中へと馬車を進めた。人喰い巨人から身を守るには頼りない壁の門にて、門番に簡単な検査を受ける。シバだけは唯一ビクビクしていたようだが、そのまま特に問題なく通ると、俺たちは町の中へと入っていった。
外の乱雑な建築物と比較して、規則正しい町並みが俺たちの目の前に広がる。初めての人間の町に、俺は多少なりとも期待していたのだが……?
「何だか……立派な町の割に、人が少ない気がしますね……」
「歩いている人たちも、どこか活気が無いような気がするな……」
「……」
シバとミミナが呟く。……そう、確かに彼らの言う通り、レンガ造りで統一されている町並みはそれなりに立派なのだが、それに比べて人間の数が少ない。しかも、店や市場も一応開いていたりはしたが、人の賑わいのようなものが全然無かったのだった。
マルミラたちは、それに関して何も言おうとはしない。仕方なく、あれこれ頭を悩ませながら町の中心と思われる方へと進んでいくと、視界が開けて大きな水面が目に飛び込んできた。
「……あれ、町の真ん中に湖があるのか」
「でもなんか……臭いますね」
「ホントだ。水もなんか緑色っぽいぞ?」
パッと見は綺麗そうな湖だったのだが、よくよく見てみると……何か濁っている。というか、沼っぽくなっているようだった。そして、近くに行くまでもなく漂ってくる異臭。
思わず俺たちが鼻と口を手で覆うと、既に同様に服の袖口で顔を覆っているマルミラが、ようやく口を開いた。モゴモゴと聞き取りにくかったが、何とか言っていることは分かる。
「そう。実は今のガラットの町は、この水の問題に悩まされている。町の生活水は、ほぼこの湖を源泉に汲んでいるんだが、最近はどうもこの水を飲んで体調を崩す人が多いのだ」
「これを……飲んでるのか?げげっ!」
驚いた。まさかこんな……スライムが大量に流し込まれたような……というと大げさだが、それに近いような濁った水を使って生活しているとは……!
トイレを流す水とかならともかく、料理に使う気など全くしないぞ……。
「もちろん、直接飲むわけではない。濾過したり、沸かしたりはしている。だがそれでもやはり……病人が出てしまうようなのだ。人々はこれを『黒妖精の呪い』と呼んでいる」
「……黒妖精の呪い?」
「うむ。全てではないのだが、これらの病人の中には、何人か体が黒くなってしまう者が現れているのだ」
俺たちはその単語を聞いた時、互いに顔を見合わせてしまった。……呪いだって?しかも、ダークエルフ……?
その様子を見たマルミラが仰々しく、俺に向かって言葉を放つ。
「さて、ロキ君。最初の問題だ。……この原因を突き止めてもらいたい」
おっと、俺が初めて着いた人間の町では、いきなり無茶ぶりが降ってきたようだ。




