56.……その画期的な人材がキミというわけだよ、
「いや〜、久々に草原なんて見たな」
「ははは、それは画期的な台詞だな」
「死にたくなるほど眩しい陽の光だ」
馬車に揺られて俺たちは真っ直ぐな道を征く。……唐突だが、我々は森を抜けて草原を進んでいた。
***
「え?一体どういうことだ?」
順を追って話そう。
それはあの晩餐会の後、マルミラが俺に対して声を掛けてきたことが発端だった。一仕事が終わり、ホッとして後片付けをしている俺の元へ、マルミラとベルナルドが訪れる。
いつもならややリラックスした表情が見て取れる二人だったが、この時は妙にパリッとした佇まいだったことを思い出すな。
「つまり、画期的な君の力を、我々に貸して欲しいのだよロキ君」
「えーと、もう少し具体的に言うと……?」
確かに、後になって考えてみれば、彼女たちがあの晩餐会に参加したいと言ってきたのも、やや強引なような気もした。だが、この十数日彼女たちと過ごす時間が多くなるうちに、徐々にパーソナリティが理解できるようになってきたわけだが、マルミラは特に好奇心という感情が非常に強いということが分かってきた。
何かあって説明するにつれ、「それは画期的だ!」とか「画期的を越えるほどの画期的さだ!」……とか、キャラクターの濃い言動をいちいちしてくるので、そういうものかと思っていたのだが、それならば別に晩餐会に出る必要など無く、後で料理のレシピや調理法などを聞いてくればいい。
だがわざわざ、マルミラとは真逆にいつも無気力なベルナルドまで伴ってあの会場に参加するということは、何かの目的を持っていたとしてもおかしくなかったのだ。
で、ここでようやく彼女たちがこの村にやって来た真意と言うものが理解できたのだった。
「ロキ君、おそらく気づかなかっただろうが、我はこう見えても結構好奇心旺盛な方でな」
「いやバレバレだが」
「君の知識や考え方には、なかなか興味深いものがあり、しばらく観察させてもらった」
「観察っていうか、ガンガン突っ込んで聞いてきてたよね?ウザいぐらいだったよね?」
「だが一番興味深かったのは、君の持っている《菜園師》の能力、そして……その『問題解決力』だ」
「……は?」
謎の単語が出てきて、一瞬で頭が混乱して訳が分からなくなってしまった。後で詳しく聞き直したのだが、なんだ《菜園師》って。そして問題解決力って。もしかして俺の隠されていた能力が、とうとう開花したというのか?
そうだったとしたら、なんだガーデナーって。ほのぼの系能力者かよ。特にそんな感じの力を実感したことは無かった気がするが、一体どういうことなんだ……?
しかしそれを尋ねるよりも早く、マルミラはそれに対する俺の疑問への回答を口にしたのだった。
「我々がこの村に訪れたのはだな、実は少々我々の町が困ってことになっていてな、それを解決できそうな人材をスカウトしたいと思い、やって来たのだよ」
「……へ?」
「そう。……その画期的な人材がキミというわけだよ、ロキ君」
これが、俺がついにこの村を出るきっかけとなった一言なのだった。
***
「……で、もうすぐお前たちの町が見えてくるっていうのか?」
「ああそうだ。画期的でもなんでもない普通の町だよ、ロキ君。名を『ガラット』という」
「ガラット……知ってるか?誰か」
俺は一緒に着いてきているルルガやミミナ、そしてシバに対して聞く。だが、その質問に対して特に反応する者はいなかった。
「私とルルガは行ったことがあるが、いつも滞在するのは僅かな期間だけだな。大体村に来る商人の護衛として一日や二日ぐらいか」
「そうだな〜。いつも豚のお肉とパンを食べるんだな〜」
「ニンゲンの町ですか……ボクは初めてなので、ドキドキします!」
「シバ君、君は一応コボルドだったな。……殺されてしまうかな」
「えっ!?そそんな!かかか帰ります!!!」
シバの台詞に対して、マルミラが神妙な面持ちでポツリと呟く。それを聞いたシバは耳がしょげかえるほどに青ざめていた。馬車の手綱を引いていたベルナルドが振り返らずに答える。
「マルミラ嬢……そんな羨ましい冗談を言うものではないよ……。残念ながらシバ君、我々の町は君が何か重大な犯罪でも犯さない限りは、そんな簡単に死なせてくれるような素晴らしい場所ではない」
「……何だか、喜んでいいのか悪いのかよく分からん説明は止めて欲しいぞベルナルド」
「だ、大丈夫なんですよね……?」
心配そうに上目遣いで見てくるシバの顔を見て満足したのか、マルミラははじけるように笑って答えた。
「はははっ、君の外見なら全く問題無いだろう。獣人族の一員ということにしておけばいい。なーに、人間には君たちの種族の違いなどほとんど分からんよ」
「まあなぁ……。で、結局どんな町なんだ?ガラットって」
「今詳しく説明しても構わないが、どうせなら実際に見ながら話した方が分かりやすいだろう?ほら」
マルミラの指差す方向には、久々に見る石造りの家屋がちらほら見えてきたのだった。




