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異世界農家  作者: 宇宙農家ロキ
二章 異世界で初収穫した俺
55/100

55.そりゃ良かった。頑張って作った甲斐があったよ

沈黙を続けるけもみみ族の村長に対して、俺はもう少し説得を試みる。


「確かに今までは争っていたかもしれない。けど、この村の力とコボルドたちの力、この村の食べ物とコボルドたちの食べ物を合わせることによって、両者ともが幸せになれるんなら、少しずつでもいいから協力できないかな、村長?」


「……しかし……」


たっぷりと沈黙を咀嚼した後、僅かに村長は口を開く。


「いきなりじゃなくてもいい。少しずつ、こうやって交流していけばいいと思うんだよ。相手のことを決めつけて、勝手に思い込むからいけない。……そうだ、毎回食べ物が収穫できたら、こういう風に収穫祭を合同でやろう!そこから少しずつ始めていくのはどうかな?」


ここぞとばかりに、熱意を込めて俺が説得を試みる。打つ手は全て打った。後は、心からの熱意だけだ。諦めずに粘り強く、何度も何度も試みる。……それこそが、農村で人を動かす唯一の手段だと、俺はよく知っていた。


「……」


こいつは良い案だろ?……とでも言いたげな明るい表情と共に、俺からの提案を口にしてみたが、村長は再び沈黙を口にしてしまったようだった。……その牙城はまだまだ固い。


俺はどうしたものかと思案した挙句、チラリとルルガとミミナの方を見る。だが、彼女たちの視線はこちらをしっかりと見つめたままだ。……まるで、(ここはお前がやらなければならないんだ!)とでも言いたげな視線だった。


実際、それと同じようなことを事前に彼女たちからは言われていた。ここまで来る前にも、彼女たちは何度も村長に掛け合ってくれたらしい。『俺がこの村の問題を解決する、新しい暮らし方を提案してくれるから』……と。だが、やはり彼女たちは身内の人間であり、村の権力を持った者たちには逆らえない。古いルールを破れるのは、いつだって外部の人間なのだ。


俺は改めて彼女たちからの視線を受け止め、再び村長の方を見る。

目が合っているのかどうかは分からないが、とにかく視線を逸らさないようにまっすぐ見つめる。……だが、なんと言っていいのか、俺にはまだ言葉が出てこなかった。


『なんで分かんないんですか!?このままつまんないことで喧嘩しててもしょうがないでしょう!冷静に考えればこっちの方が絶対いいじゃないですか!』


……ということは簡単だった。しかし田舎においては、時に合理的な結論が逆効果になることがある。例えそれが間違った判断だったとしても……だ。


かつて俺は、日本でその方法を選んで大失敗したことがある。特に村は、人間の感情が多くを支配する世界だ。そこに無理やり客観性を持ち込んだ所で、反発を招いて孤立することもある。……孤立するだけなら、まだいい。時には悪い噂を流されたり、嫌がらせをされることだってあるのだ。


日本において、俺はそうして農地を手に入れることができずに悔しい思いをしたことがある。そのことを思い出すと、ここで自分の意見を押しすぎるということは、非常に難しい判断だった。だからこそ、ルルガもミミナもこれ以上何も言えないのだ。

表情には出さないが、内心苦渋を舐めながら、俺は歯噛みをしていた。


「…………」


村長の表情は動かない。曲がりなりにも、この村全てを司る長なのだ。その肩に背負う責任の重さは俺には分からない。だが、おそらくこの村だけでなく、周囲の村全てにも関わる責任についても考えているのだろう。これ以上は安易にお願いすることなどできなかった。一体これ以上、何というべきなのか……?


「……」


理論で詰めていくべきなのか?


「……」


感情をもっと揺さぶるべきなのか?


「……」


ダメだ、どちらもうまい言葉が見つからない。

長く重苦しい沈黙が流れる。


「…………」


「……」


「…」




……だが、真夏の雨季のようなじっとりとした沈黙を破ったのは、全く別方向からの声だった。




「……ニンゲン。分かった、その件飲もうではないか」


意外なことに、その沈黙を破る言葉は、コボルドの族長からのものだった。


皆が驚いて族長の方を見る。

さっきまで、じっと下を向いて沈黙を守っていた族長。


「最初から私は、ここを村ごと離れるつもりだった。ゴウダツに裏切られた今、我々の居場所はもうここにはないと思っていた。我が一族の皆には相当な苦労を掛けるだろうが、それでも仕方がないと思っていた」


誰にともなく、遠くの一点を見つめながら滔々と語る族長。詳しくは分からないが、それでもその声色には、何か深く複雑な感情が滲んでいるのが分かった。


「……だが、先日の出来事といい、そのニンゲンの言うことは最初は全く理解できなかった。何故我々を滅ぼさないのか?一族ごとハグレた我々には、もう歯向かう力は無い。それなのにも関わらず、そこのニンゲンは我々に何もしないという。それどころか……こうして……しょ、食料を……っ……」


意外だった。

コボルドの族長の言葉の最後は、涙声になっていく。


別に俺は、感謝されようと思ったわけじゃない。

むしろ、自分のために利用しようとすら考えていたと言うのに。

それなのに、コボルドの族長の心には、何かが届いたというのか……。


「……っ……条件は全て飲もう。そして……そしてただ……感謝する……」


結果的に、この族長の言葉が全てを決めた。

村の長も、さすがにこの状況を見て思う所があったのか、全面的に肯定はしなかったものの、コボルドたちに対して危害を加えるつもりは無いということと、こうして合同収穫祭を行うことは了承してくれたようだった。


その場にいた他の全ての人たちも、この出来事には心打たれる者も少なくなく、ルルガなどは滝のような涙を流して族長をずっともふもふしていた。




***




晩餐会の片付けもあらかた終了し、ようやく肩の荷が下りたのとともに、今後の増産計画についてあれこれと考えを巡らせていると。


「……ロキ君。いや〜見事な腕前だった。素晴らしかったよ」


何だかニヤニヤしながら、マルミラとベルナルドが俺の方へやって来た。俺は残り物を少し味見しながら、冷めた後の味の変化などをチェックしていたのだが、一応彼らにも感想を聞いてみようと顔を上げた。


「そりゃ良かった。頑張って作った甲斐があったよ」

「ふふふ、そうではない。あ、いや勿論それもそうだ。あれらは非常に画期的な味で控えめに言っても最高だった。だが、我が言ったのはそこではない」

「……ん?どういうことだ?」


……これがまさか、新しい食料……じゃなかった、新しい冒険の幕開けだとはこの時の俺にはまだ知る由も無かったってことだ。



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