49.悪いニンゲンじゃないといいな!
受粉作業が終わり、集落に戻ってくる。
村には以前よりも、見たことのない人々が増えたようだ。部族間の交流を活発化させると言った村長の言葉通り、あちこちの村から伝令役の人がここに訪れては、様々な情報交換が行われているようだった。
その話を聞く限りによれば、あれからゴウダツたちコボルドによる被害は出ていないらしい。そこに俺の力があったかどうかは定かではないが、とにかく争いにもならず平和に済んでいるということはめでたいことだ。獣人たちは、この機会にそれぞれの交流を増やすことによって相互支援のネットワークを構築しようと躍起になっている。……外圧が襲ってくることにより、身内の結束が固まるというのは歴史上でもよくあることだ。
「ロキさん、さっきやっていた作業はどういう意味があるんですか?」
隣を歩くシバが聞いてくる。
「ああ、あれはトウモロコシの花にあるオスの花粉をメスの花に付けて、トウモロコシの実を成らせるための作業なんだ。トウモロコシの実から出てるヒゲみたいなのがあるだろ?あれ一本で一つの実が付くんだ。だから丁寧にやんないといけない」
「へぇ〜、ハチが花粉を運んでいるのは見たことがありましたが、あの植物には人間が手伝いをしないといけないんですね」
やはり獣人たちとは元々の性質が違うのか、それともシバの個人的な性格なのか、俺たちの中ではこいつが一番物覚えがいい。というかとにかくやる気がある。おかげでこちらも教え甲斐があるというものだ。
「そうだな。もっと数が多ければ、勝手に受粉してくれるんだが、あの数では人間が手伝わないとダメだな。あと近くに別の種類のトウモロコシがあった場合、その種類と混ざっちゃって元々の性質が出ない場合がある。それを『キセニア現象』と言ってだな……」
「なになに?キセニャー現象?うちにも教えてくれよロキ」
「……。真面目にやる気があるんなら教えてやるけどな。そもそもお前は食べることしか興味ないだろが」
「あはは、バレたかー」
横からルルガが茶々を入れてくる。全くこいつがもっと頼りになるんなら、コボルドたちに畑を持ちかけたりしないんだが……ってそういえば、こいつはこう見えても『巫女』って立場だったよな。そもそも農家なんて関係無い身分なんだろうなぁ……。
「そういえばルルガ、あの時ミミナが言ってたんだが、『憑依』って一体何だ?」
「えぇ〜……っ?そのことについては……あまり気が進まないにゃあ……」
「……?」
普段あっけらかんとしているルルガでも、気が進まないなんてことがあるのか。どうもモゴモゴと固すぎて噛み砕けない木の実でも食べているかのように、ルルガは口を濁していた。まあ、本人が言いたくないというのであれば、無理に聞こうとは思わないが……。
「でもさ、またあのゴウダツとかいう奴が攻めてくるかもしれないだろ?そうしたら一体俺たちはどうやって村を守ればいいんだよ……」
「にゃはは、それなら大丈夫だ。この村にはロキ様という勇者がいるからな!」
「お前な……」
何だかうまくかわされたような気がしないでもないが、この事については今は深く聞かないことにした。まああんなことは早々起こらないに越したことは無いが……。
「そういえばロキ殿。最近村に来た人間が、ロキ殿のことを探しているようだったぞ?」
「え?俺のことを?」
「ああ。なんでも近くの街から来た者たちらしい。我々のような獣人族ではない、普通の人間だ。ロキ殿と同じく」
ミミナからのその情報に、俺は自分でも驚いた。……そうか、こっちに来てから、彼女たちのようなけもみみ族の奴らとしか交流してなかったから、こっちの世界にも俺と同じような普通の人間がいるんだ。そのことに改めて気付いたからである。
「へー……。それは気になるな。後でうちに呼べないかな?」
「そ……そうか、では聞いてみるかな」
「おお、頼むよ」
ちょっとミミナが言い淀んだのが気になるが、異世界に来て初めてのニンゲン!気になるぞ!悪いニンゲンじゃないといいな!
***
「キミがロキ君か!初めまして。我はマルミラ。魔術師という奴だよ。こっちは騎士のベルナルド」
「……ベルナルド・ディシュカだ。私のことは覚えなくても構わない。どうせすぐこの世からいなくなってしまうからな……」
「……は?」
えーと、最初の方は構わない。よくあるややロリの魔術師風の格好をしている女の子だ。今更そんなのが異世界で一人や二人現れた所でどうってことはない。あっちの世界ではありふれた存在だ(主に二次元で)。で、もう一人の方は何つった?
「全く……ベルナルド。いい加減に初対面の相手に鬱対応するのは止めないか。あちらさん、顔に魔力の矢でも食らったような表情をしているぞ?」
「あ、ああ、いや……うん。なんとゆーか初めまして。ロキと言いますが、あなた方が俺を探してた人?」
「そうだ!噂はかねがね聞いているぞ!なんでも画期的な方法であのコボルドリーダーを撃退したそうじゃないか!」
「ん、ん〜……そうなの、か?」
「画期的と言えば画期的かもな。我々には思いつかないことだぞ、ロキ殿」
「まぁ……なぁ……」
ミミナに連れられて、マルミラとベルナルドと名乗った二人がうちにやって来たのは、次の日の事だった。
ルルガたちの住む集落がある森を抜けて、最初の平原にある街に住んでいる人たちだそうだった。先の事件を受けて、けもみみ族たちだけでなく、周辺の人間族たちまで含めた総合的なネットワークによる相互扶助のため、交流が活発化したおかげで、なんでも俺のことが伝わったらしい。それに興味があり、彼女たちはわざわざこの村までやって来たそうだ。
「で?一体何が聞きたいんだ?」
『全てだよ。キミの画期的な全てが知りたいんだ!』
……前言撤回。やっぱり一人目も謎だったわ。




