47.悔しい話だが、お主たちには世話になった
「あのな、ちょっと相談がある」
そう言って全員をうちに集めたのは、その日の夜の事だった。
「きのこがこんなにうまいとは、うちも完全に見落としてたなー……もぐもぐ」
「うん、聞いてないな」
「聞いている!ちゃんと聞いているぞロキ殿!こらルルガ!お前も落ち着かんか!」
「どうしたんですかロキさん?食べないんですか?」
「いや、食べるぞもちろん。食べるんだがその前に……ルルガ!お前は食い過ぎなんだよ!よし……話は食後にしよう」
あっという間に計画変更し、俺たちはとにかく自分の取り分をルルガに奪われないように必死に食ったとさ。さてさて、食後。
「シバ、この村に来る時、一応お前の村に挨拶してきたって言ったよな」
「あ、ええ……あんな村でも、何も言わずに出て行くのはちょっとだけ気が引けたので……」
「いや、ちょうど良かった。ちょっとあの村に用があってさ……」
「???」
***
「あのー……。どうしても僕が一緒に行かないといけないんですか……?」
「そりゃそうだよ、頼む。お前がいると色々交渉が楽になるんだって」
「交渉……?」
「ああ、ちょっとコボルドたちに頼みたいことがあってな」
「まあ、やるだけやってみますけど……あまり期待しないでくださいね?」
気が進まないシバと、護衛のためにルルガとミミナを連れて、例のコボルドたちの集落にやって来たのはその次の日の事だった。
シバに聞いた所によると、あのゴウダツにボッコボコにされた族長を、捨てておくのも気が引けるからと、ミミナたちでコボルドたちの巣に返しに行き、その流れでシバはあの村を出て俺と一緒に来る……と伝えてきたようだった。
あの状況では、流石にコボルドたちも「そんなのダメ!」とは言えなかったようで、そのままシバはうちに住み着いたわけだが……?今回俺がここに来たのには、ある理由があった。
「ニ……ニンゲン!また来たのか!おのれ、ぬけぬけと……!」
「待てって!前にも言ったが、戦いに来たわけじゃない!あの……族長を出してくれないか?」
「そんなこと言って、貴様また……」
「止めるのである」
「あっ……!」
「ぞ、族長……」
「そのニンゲンは、悪いニンゲンではない。私が話をしよう」
奥から出てきたのは、確かにあの時の族長だった。逃げまわる俺と死闘?を繰り広げた後、現れたゴウダツにギッタギタのメッタメタにされてしまったのだが、今はほとんど回復したらしい……と思ったが、少し足を引きずっているようだな。
「その節は……世話になったのである。本当なら一言礼でも言うべきであったろうが……見ての通り、この体なので、まだ療養中だったのである。申し訳ない」
「あ、いや……そうか。それは別にいいんだ。お大事に」
「……一体今度は、何の用であるか?」
「あ……あのさ、お前たちはまだ……ゴウダツに食料を届けてんのか?」
「……」
「えーと……実は少し、お前たちに提案があってだな……」
「……我々はもう、赤黒い牙の部族とは交流を断った」
「えっ!?マジで?」
「コボルドだからといって、全ての部族が親交が深いわけではない。ニンゲンたちにも様々な者がいるようにな」
「ま、まあそれは確かに……」
「先日の出来事で、それは明らかになったのである。最初から奴らは、我々を対等な存在として見てくれてはいなかった」
「……」
引きずっている右足をさすりながら、コボルドの族長は淡々と語る。なんだか急に老け込んでしまったかのようだ。きっと、彼は彼なりに色々考えて、自分たちの部族をどうするか決めていたのだろう。それがあんな形で裏切られて、しかも自分もバッキバキのメッキメキにされてしまったのでは……仲間たちに合わせる顔がないのかもしれない。
その様子を見ていたシバも、若干同情した様子で耳を伏せている。同伴していたルルガたちも、特に何も言うこともなく様子を伺っているようだ。
「また以前と同じように、奴らに食べ物を贈って機嫌を取ることはできる。……だが、我々がきちんと自立していないのでは、いざという時にただ搾取されるだけだということが分かったのだ。だから……今は危険かもしれないが、我々は独立して暮らしていこうと思っている」
「……そうか……」
深い感情が込められた族長の話に、俺はついつい聞き入ってしまい、同情の念を禁じ得なかった。思い出せば、今でもあのゴウダツの巨体と恐ろしいまでの暴力性に身震いしそうになる。だが、それでも家畜のように飼い主のご機嫌を取って暮らしていくことは、もうやめたのだ。独立して農家を始めた俺にも、その不安と恐怖はなんとなく想像が付いた。
……しばらく、沈黙が辺りを覆った。
「……で、何の用だニンゲンよ。我々にはもうほとんど戦力は無い。今ならここから追い出すことも可能であろう。悔しい話だが、お主たちには世話になった。もし邪魔だというのなら、潔く出ていこうではないか……」
自虐的というわけでもなく、悲観するでもなく、族長が発した言葉には確かな重みがあるのを感じた。……もしかしたら、あの時の俺が族長へと向かうゴウダツに対して「やめろっ!」と言ったのを聞いていたのかもしれない。
ゴウダツが去った後も、命も取らずにここまで連れてきたのだから、俺たちに悪意は無いことがようやく伝わったのだろうか。だとしたら……?
「いや、そうじゃない。今日俺が来たのは、一つ頼みがあったからだ」
「頼み……?」
「そうだ。前にも少し言いかけていたが、お前たちに頼みがある。実は……『俺と一緒に畑をやってくれないか?』ってことだ」
「……は?畑?」
茶色の短い毛の犬の顔をした族長が、ようやくそこで間抜けにポカンと口を開けたのだった。




