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異世界農家  作者: 宇宙農家ロキ
一章 異世界で新規就農した俺
43/100

43.何だ……この気配は!?


「ぐっ、ぉああぁぁ……っ!!!」


喋り終わった瞬間、俺の右拳は奴の口に食われた。何重にも連なる鋭い犬歯が、腕の肉に食い込み真っ赤な血が滴り落ちる……。

が。


「ん?……んぐふっ!ガ……ガハッ!き貴様……何をしゴフッ!!!」


突然、ゴウダツが咳き込み始める。ゴウダツの牙の奥へと吸い込まれた俺の右腕は喰いちぎられてはいなかった……なんたる奇跡。


……というわけではなかった。


通常なら、簡単に喰いちぎられてしまいそうな俺の細腕を守るために、俺は三つのからくりを施していた。

まず一つ目は……そう、俺はさっき挑発した時に、隠し持っていた『折れて短くなった鍬の柄を拳に握っておいた』のだ。それを縦にしたことで、支え棒となり、腕が食い千切られるのを防いでいた。


そして二つ目が、これだ。


「へ……へへ……。人間のしぶとさをなめんじゃねーよお犬様。獣に噛まれた時の心得その一。『引かずに押し込め』どうだったよ?」


あの鋭い牙は、肉を噛み千切るために作られている。……逆に言うと、吐き出すようには作られていないのだ。だから、鍬の柄で支え棒をした後、俺はその腕を『奥へと逆に押し込んだ』のだった。喉の奥へと異物を突っ込まれたゴウダツは堪らずに、吐き出さざるを得なかった。


そして最後の仕掛けがこれ。


「て、てめぇ……!何を食わせた……!?ゲェッ!」

「はっは!どうだよ?異世界農家特性『唐辛子MIX』の味は!カプサイシン抜群のグルメフルコースだぜ!!!」


俺は、走り出した時にむしりとった唐辛子の実を拳に握り込み、さっきからの殴打で中身を粉々に砕いておいた。……それを、食われたのと同時に喉の奥へとバラ撒いてきたというわけだ。これが言わば、異世界農家スペシャル必殺技!という所だろうか。


そうなのだ。さっき走り出す前に見つけたのは、畑の隅っこに植えておいた、こちらの世界の『トウガラシ』だった。周りをうろついていた時に偶然発見し、ほんの僅かだけの「こちらの世界で食べられるうまい作物の一つ」だ。俺はそんなに辛いのは得意ではないが、それでもこちらの唐辛子には、旨味成分も含まれていることは分かっていた。……のだが。

調味料として僅かに使うのであれば良いが、こんな風に直接そのまま食べたり……何より「唐辛子は飲み物ではない」かっこ笑。

……さすがの化け物ゴウダツも、所詮は生き物だったというわけだ。


カプサイシンは、唐辛子などに含まれるアルカロイドであり、生物の皮膚や粘膜を刺激し、咳や涙が止まらなくなる。……そう、辛味の成分だ。さらに辛味は痛覚と同じ感覚なので、哺乳類であれば堪らないだろう。

インドやタイのカレーを想像してもらえばすぐ分かる通り、熱帯地方の唐辛子は強烈だ。辛味の指標スコヴィル値が10万はくだらないと思われる、催涙スプレーの材料にもなるというカプサイシンの力が、ゴウダツの口内を蹂躙する。


「ぉ……のれ……!」


涙目になりながら、言葉もうまく話せないゴウダツの手が緩む。その隙を狙って、俺は掴まれていた左手を振りほどいた。相当の激痛が走るが、チャンスはここしかない。


「もう……いっちょ食らえよ!」


そして、左手に持っていた分の唐辛子を、ゴウダツの両目に向かって叩きつける。喉をやられて油断していたゴウダツの両目に、砕かれた唐辛子の粉が降り注ぐ。


「ぅ……おおっ!!!グァッ!!!」


たまらずゴウダツは両手を離し、慌てて目をこする。……だが、経験したことがある人は分かるだろう。『こすったら、逆効果』なのだ!


「ざ……ざ……ざまあみろ……っ!」

「う……ぅおおおっ!!!」


呪詛の篭った唸り声が辺りに響く。

最早俺の体は動かない。そこから逃げることもできず、地面に落ちた俺は尻もちを着いた。しかし、憎きゴウダツに一矢報いたことに満足し、その場にへたり込んだまま、不敵に笑うのだった。へへへ……。


「て……めえ……よくも……グォッ!」

「ロキさん!大丈夫ですか!」


そこへ、シバの火の魔法が炸裂する。ゴウダツの背中へ直撃したそれは、さっきまでの俺の正拳突きとは比較にならないほど効いているようだ。一瞬、体の毛皮に燃え移ったような気もしたが、すぐに奴は地面に転げて、その火を消した。

……だが、これでついに奴はとうとう地に付いた。


「に、人間め……ガハッ!」


恨めしそうな声が聞こえるものの、ゴウダツは全く見当違いの方向を見ている。……どうやら完全に目が見えていないらしい。これで視覚は奪ったな。

だが、もう俺の体は動かない。さっきので最後の力を振り絞ってしまった。ゴウダツの奴も、今はのたうち回って目が見えないだけだが、それもいずれは回復するだろう。なんだかんだで時間を稼いだだけなのだ。


「か……覚悟しゴホッ!……ろよオフッ!……げん。ガハゴホッ!……ぉのフッ!……ったら、貴様ァホッ!ングッ!」


全然奴が何言ってるのか分からない。とりあえず、なんだかすごく怒っている感じは分かるのだが……まあ、こんなのは一時しのぎだ。なんとか今のうちにあいつらを逃がすか、誰かを呼んでこないと……。


と思っていたら、急にゴウダツの様子がおかしくなった。ビクッと何かに気付いたように顔を上げる。


「何だ……この気配は!?」

「ん……?ま、まさか……ルルガ!?」


ミミナの声が微かに聞こえた。どうやら、ただならぬ気配に意識が戻ったらしい。その声に反応して、さっきまでルルガが倒れていた辺りに目を向けると、そこには『ゆらぁ……』とでもいう表現がピッタリのように、風にそよぐ柳の如く、再びルルガが立ち上がる様子が見えた。


「ルルガ!気が付いたのか……!」


そんな俺の呼びかけにも、ルルガは答えない。髪がボサボサのまま、顔全体を覆っていて表情がよく見えないのだ。そしてどこを見るでもなく、ただぼんやりと地面を向いて俯いている。


「あれは……『ヒョーイ』!!しまった……!」

「なんだと……!?」


なんだ……?どうした?

よく分からないが、急にミミナの表情が変わり、立ち上がろうと力を入れている。一方のゴウダツも、咽るのをなんとか我慢し、体全体で警戒を始めたようだ。


「止めろ!止めるんだ!あれをやったら、あいつは……あいつは……!」


ミミナが必死で叫ぶ。


(……ヒョーイ……?憑……もしかして『憑依』か!?)


確かに言われてみれば、意識も朦朧としたまま、ゆらりと立ち上がっているルルガの姿は、どこか妖異にでも取り憑かれてしまったかのような不気味な姿にも見える。あ……それで『巫女』なのか!


俺がそんなことを考えている間に、ゴウダツの様子が変化したようだ。いつの間にか俺たちから離れて、森の手前から憎々しげにこっちを見ている。


……て、あれ……?なんかちょっと気分が良くなってきたぞ?しかも目の前がなんだかボンヤリ……。


「……クソがっ!確かにしぶてえなぁ人間……!今回はこれぐらいの戦果で勘弁してやるぜ。……だがな、次に会った時にはこの落とし前は付けてやるからな……覚悟してやがれ……!」


……なんだか、色んな所でよく聞いたことのありそうな捨て台詞が聞こえた気もしたが、もうその頃には俺の意識は遠のいていく所だった……。ああ、なんだかこれは農作業で疲れすぎて寝落ちする時のような感覚だ。全てが別の世界で起きているようで心地良い……。


……そうか、これは夢だったんだな。


夢オチか。


きっと明日になれば、「……なんだ、夢か……」とか言って、今日もまた長野の爽やかな朝日と共に、畑に出る一日が訪れるんだ……。


そんでなんか、あちーなーとか言って、あのトウモロコシを採って……茹でて食べて……。


…………。


……。




そうして俺の意識は、途切れた。


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