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異世界農家  作者: 宇宙農家ロキ
一章 異世界で新規就農した俺
41/100

41.だから……だからボクは、絶対に逃げません!

「やめてくださいっ!」

「シ……シバ……!?」


かすれたような声で、その名を絞り出す。

聞こえてきた声は、どこかへ消えていたシバのものだった。声の聞こえた方を見ると、震えるシバが俺とは反対側の茂みの前に立っている。……どうやら、今まではその茂みの中に隠れていたらしい。


「あぁん?……なんだ、ハグレもんか」


ゴウダツはそちらを一瞥しただけで、特に興味もなさそうにしている。何の脅威にも感じていないようだ。だが……。


「おい……シバ!ハァ……ハァ……何……やってる!は、早く……逃げるんだ……!」

「ロキさん……」


何とか力を振り絞って、シバへと叫ぶ。

自分の身すらどうなるか分からないというのに、咄嗟に出てきた言葉がそれだった。いくら魔法が使えるとは言っても、どう見てもシバに奴の相手は荷が重い。ルルガですら太刀打ちできなかった相手なのだ。さっきまでの様子を見ていれば分かるだろう。何で逃げなかったんだ……。


「ロ、ロキさん……ボクは、に……逃げません……」

「え……?」


今にも逃げ出しそうな、全く口とは正反対の格好をしながら、それでもシバは確かにそう言った。思わず、驚きの声が漏れる。

一体何を言ってるんだ。この場の誰も敵わなかったあのゴウダツなんて化け物に対して、あんな小さなハグレコボルドができることなんて無いだろう……?もうとっくに逃げ出してたっておかしくはない。それなのに、なんでアイツはそんなことを……。


「ろいを……くれたんです……」


再び呟くシバ。


「は……?」


その小さな声を俺は聞き取ることができず、聞き返した。


「ロキさんは……ボクの呪いを……解いてくれたんです……!」


相変わらずシバの体は及び腰だった。だが、さっきまでとは違い、その瞳には明らかな決意の色が浮かんでいるのが見える。その瞳を見た瞬間……俺は、何も言えなくなってしまった。


「ボクはずっと、弱くて臆病で人の顔色ばかりを伺ってきたコボルドでした。……でも、この前初めて人の役に立てて、人を喜ばせることができて。そして……誰かに必要とされてようやく分かったんです。


こんなボクでも、できることがあるんだって。勇気を出すことで、ずっと闇ばかりだったボクの人生にも……光が見えてくるんだって。


ホントはすごく、怖いし逃げたい……です。

でも、ここで逃げちゃったら、また元のボクに逆戻りしちゃうんです。弱くて、情けなくて、何も自分で選べない……そんなボクに。


だからボクは、ここで逃げるくらいなら……死んだ方がマシなんです!ロキさんを見捨てて逃げるくらいだったら!だから……だからボクは、絶対に逃げません!」


「……シバ……」


子供のように小さなコボルドが発した、心からの言葉が、俺に刺さる。その目を見る限り、シバの決意は本物だった。

今にも崩れ落ちそうな膝を必死に奮い立たせて、今にも泣き出しそうな表情を必死にこらえて、シバはあのゴウダツと対峙していた。

逆に体の方が着いてきていないからこそ、その決死さが伝わってくる。ルルガもミミナもやられて、俺だって満身創痍状態なのにも関わらず、シバはたった一人でも立ち向かうことを決意したのだ。


逃げるくらいなら……死んだ方がマシだ。

その言葉が、やけに重く響く。

ぼんやりと重くなった頭で、ふと昔のことを思い出していた。


『……一体これはどう責任とってくれるんだよ!?』


若い頃働いていたバイト先で、理不尽なクレームを付けてくる客がいた。上司に命令され、仕方なく土下座をさせられた日。……あの日はずっと悔しくて、眠れなかった。そして、心に誓ったんだ。


『自分の心を曲げるくらいなら……死んだ方がマシだ!』


あの頃決意した記憶が、農業へと繋がり、今に至っているのをぼんやりと思い出す。

……誰にも指図されたくないし、誰にも支配されたくなくて……俺は独立して農家になったのだ。それを今、こんな異世界でコボルドからまた……教えられるとは。

体の底の方に、熱い何かが湧いてくるのを感じる。


「うるせぇハグレチビだな。……殺すか」


意外にも今まで静かに聞いていたゴウダツが、いよいよ聞き飽きたとばかりに吐き捨てた。だが、ゴウダツが行動を開始する前に、心に火が灯ったシバの方が動いた。


「ボクはチビでも……ハグレでもない。ボクは……精霊使いのシバだ!……わあぁっ!【火蜥蜴の舌】!」


先日、ルルガを襲った火の玉の魔法が発生する。火は確かに獣にとっては警戒すべきものではあるが、さすがにゴウダツのあの体と、先ほどまでの身のこなしを見ていると、焼け石に水であることは否めなかった。だが。


「……チッ!」


咄嗟に身構えたゴウダツは、ミミナの矢と同じように手で払いのけるのかと思いきや、身をよじって避けた。火の玉は、すんでのところで的を外し、地面に落ちて弾ける。

しかし……そのゴウダツの姿は、さっきまでの無双状態と較べてみても、明らかに違和感があった。


(……避けた?アイツは炎が苦手なのか?)


「てめぇ……!」


だが、それはある意味逆効果でもあったようだ。

ついにゴウダツの目に本気の炎が灯る。……マズい!


「逃げろシバ!」


咄嗟に俺は叫ぶ。と同時に、残った僅かなエネルギーを振り絞って、頭をフル回転させた。弱点が分かればまだ戦いようはある。


(……火。炎か。それを何かで増幅させることさえできれば……!?)


油……菜種か?いや、種を絞っている暇など無い。脂分を含んでると言えば、アボカド……?いや、この辺りには生えて無かった。なら樹木はどうだ?松か……針葉樹?いや、これらは熱帯には無い……!


ダメだ。間に合わない。

痛む体を必死で我慢し、持ちうる知恵と知識の全てを持って考えた。……が、どうしてもダメだ。今この瞬間に使うことのできる方法など、有りはしない。もしくは、思いついた所であとほんの僅かの時間で、シバが……シバが……っ!!!



……。



ゴウダツの意識は、完全に向こうに行っているようだ。こっちのことなど、見えていない。もう完璧に、戦意喪失していると思っているのだろう。


気が付いた時には、俺の両足に力が入っていた。


……全身に激痛が走る。


が、そんなのには構ってられない。


なんとかしないと、シバが殺される。



弱々しくて、生きるのを諦めていたシバ。

俺にうまい飯を分けてくれたシバ。

そして、勇気を振り絞って俺を助けようとしてくれたシバ。

そんなシバが……っ!




……いつの間にか俺は、もう一度立ち上がろうとしていた。





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