38.やめとけロキ!あいつは無理だ!
遠くで鳥たちが飛び立つ音が聞こえたかと思うと、ぶわっとつむじ風のようなものが起こり、気が付いた時には、目の前に巨大な人影が現れていた。
ズズゥゥン……という地鳴りのような音が聞こえたことから、そいつがどこかから『跳んできた』ということが辛うじて分かる。
「なっ……!?」
「どこからっ!?」
俺を含めた一同が、驚いて目を見張る。ついさっきまでは、完全に周囲に気配など無かった。ということは、森の方から現れたことになるが……もしそれが当たっているとしたら……奴は『ルルガ並みの跳躍力を持っている』ことになる!
「奴は……!?何故一体こんなところに……!!!」
「なんだあいつは一体?」
俺たちの前に現れたのは、族長コボルドなどとは比べ物にならないほどの巨体を持った、黒い毛並みのコボルドだった。黒光りする革鎧を身にまとい、血走った赤く光る目で、静かにこちらを見下ろしている。
鋭い牙が覗く口からは、フシュルルル……とでも表現できそうな禍々しい吐息が漏れており、今にもそれは大きく開かれて俺たちを襲ってきそうな不穏な気配が漂っていた。
口を大きく開けた驚愕の表情のまま、言葉にならない声を挙げている族長。一方で、そんな族長を静かに見つめている巨体のコボルド。
「あ……あ……っ!」
「……」
……全く状況が掴めていない俺を、ようやくミミナの言葉が我に返してくれた。
「……あの黒い剛毛に包まれた巨体と鋭い爪と牙。間違いない……奴こそは、コボルドたちの中でも最も争いを好む部族……赤黒い牙の一族の長、通称『アカグロのゴウダツ』!」
「!?」
鋭い目で睨み返すミミナが放った言葉を聞き、ようやく巨体のコボルドがこちらの方に視線を向ける。そして、僅かに値踏みをするような目をした後、口を開いた。
「んん……?どいつかと思えば、黄金耳の狩人『百舌鳥』か……。あっちは『巫女』。こいつらがやられるのも当然だなぁ……」
超低音のウーファーを思わせるような地響きにも似た声が、俺たち全員の鼓膜を揺さぶる。その声だけで、圧倒的なまでの威圧感を「そいつ」は持っていた。
その言葉に、誰もが口を開くこともできず、ゴクリと唾を飲み込んで様子を見守っている。
「ふははは!だが一体何が起きたかと思えば茶色のチビよ。さっきから見ていれば、まさか人間風情にやられているとはなぁ……」
「ゴ……ゴウダツよ……頼む、献上品はもう少し待って欲しいのだ!我々の部族が食べる分で今は精一杯なのである……!頼む、もう少しだけ……」
心底おかしそうに、『ゴウダツ』という名の巨大なコボルドは笑う。見た所、その身長、およそ2m以上はありそうだ。しかも体格もいい。まるで……相撲の横綱のような巨体だった。ゴウダツの言葉に、族長は怯えたように慌てて懇願する。
「『献上品』?ああ、その話な……そりゃあもういいわ」
「ほ……本当であるか!?」
つまらなさそうにゴウダツは返す。
……なるほど、その言葉で大体の仕組みが分かった。おそらく、昔の『年貢』さながら、コボルドたちは自分たちの食料を奴らに渡していたんだろう。そのため、俺の提案を受け入れなかったのだ。
そして、それができなかったら何らかの制裁が加えられるに違いない。あの怯え方と体格差を見ていれば分かる。あれはおそらく黒くて固い、猟犬のような毛並みだ。……生まれながらにしての戦闘種族。それが奴らなのだろう。
「ヤバい……あいつはヤバいぞ……!」
「ルルガ……!?」
さっきから、ルルガが発する言葉はそれだけだ。戦士の血がそうさせるのか、さすがにもう体は震えてはいないが、全身から冷や汗が出ているほどに緊張感が走っているらしい。あちこちの毛が逆立っているのが分かる。……あのルルガがここまでの反応を見せるのは初めてだった。
そんな周りの中でも、唯一俺だけが鈍感なのか、ゴウダツというコボルドの威圧感は分かるものの、身が竦むほどではない。……どうなるかは分からないが……意を決して聞いてみるしか無かった。
「お……お前がコボルド族の中のリーダーか……?」
「あぁん?なんだ、ニンゲン?」
「お、俺は……そこの黄金耳の部族の村に居候させてもらっているもんだ」
「……で?」
やはりつまらなさそうに、ゴウダツはぶっきらぼうに返す。
「……なぁ、俺たちの食料を分けてやるから、何とかこの場を治めてくれないか?……お前たちだってこれ以上血を見るのは嫌だろう……?俺は農家だ。今よりもっといい方法で食料を……」
『ふ……ふふははははっ!!!』
突然、ゴウダツが大声を挙げて笑い出す。
「何を言っている、ニンゲン?……この程度で血を見たくないだと!?」
「……は?」
「全くおめでたい奴だ。大体争いを仕掛けてきたのはお前たちニンゲンだろうが!」
「何……?」
「おい、茶色のチビども。献上品なんてどうでもいいんだよ。『無ければ奪い取る!』ただそれだけだからなぁ……!」
「そ……そんなっ……!?」
族長が悲痛な声を上げる。
「頼む!今まで必死に収めてきたのだ!子らだってたくさんいる!頼むからそれだけは……っ!」
「うるせぇなぁ!てめぇらが弱いからだろうがぁ!悔しかったら俺たちから奪ってみろよ!情けなくキャンキャン鳴くだけの飼い犬が!」
「ま、待て!もう少しだけ待てば、俺が何とかする!彼らに食料の作り方を……」
「黙れニンゲン!!!……平和ボケてんじゃねーよてめぇら……。いいか?この世は弱肉強食!それが自然の摂理にして真理!弱い者は奪われ殺され蹂躙されるのみ!『奪って奪って奪い尽くせ!』……それが俺達の部族の絶対の掟なんだよ!」
「なっ……!」
その言葉に、俺は絶句する。……言い終わったゴウダツの目に、明確な殺意が灯るのが分かった。殺気に当てられ、総毛立つ族長。側でその様子を見ていた俺は、思わず鍬を持っていた手に力が篭もる。
「く……そっ……!」
「やめとけロキ!あいつは無理だ!」
横からルルガが肩を掴む。……いつもの様子など全く無い。マジな表情だった。
「全く役に立たないクソみてぇな子犬が」
吐き捨てるような言葉とともに、ゴウダツがこちらへ向かって一歩踏み出すのが見えた。




