33.……たとえそれが、誰かの命を奪うことであっても。
茨の道を抜けた先には、少しの距離を置いて、川が流れていた。そしてその先には……見覚えのある集落があった。そこは、紛れも無く俺が過ごしていた……『黄金耳の集落』だった。
全力で走りながら逃げてきて、辿り着いたのはこの場所だった。ただし、集落とは言っても外れの方であり、そこには俺がこちらの世界に来てから過ごしていた僅かな時間の中でも、その大部分を占めていた……俺の畑、があった。
「さーて、ここが最後の関門だ……。シバ、準備はいいか?」
「は……はい!ここまで来たら、もうどこまでもロキさんに着いて行きます!」
「ははっ、そりゃありがたい話だが、どこまでもなんて着いてくるなよ。危なくなったらオマエだけでも逃げろ」
「えっ!あ、あの……それは……」
そんなこと考えてすらいなかったのか、シバは驚いた顔をして俺の方を見ると、何と言っていいのか分からずにモゴモゴと俯いて黙ってしまった。俺はそんな仕草にシバの根っからの優しさを見て、何も言わずにポンと方に手を置いた。
「ん?」
その時、何故か視線を感じたような気がして振り返った。が、そこには誰もいない。……ひょっとして、ルルガたちだろうか?……いや、どうやら彼女たちはこの付近にはいないようだ。それどころか、黄金耳の集落は厳戒態勢でも敷かれているのか、付近には誰の人影も見えない。
「どうかしましたか?ロキさん?」
シバから声が掛けられる。一瞬、魔法で辺りを探ってもらおうかとも思ったが、断念した。……何故ならその時、とうとう森の奥から数匹のコボルドたちが姿を表したからだった……。
***
「……ニンゲンめ……!」
現れたコボルドたちは、総勢五匹だった。
ようやくここまでの一連の出来事の意図を悟ったのか、コボルドたちの族長が憎々しげに言い放つ。そう、全てはこの族長を孤立させるための作戦だった。
予めシバからコボルドたちの部族の特徴を聞いてから、俺はその対策を練った。その結果、部族の中で最終的に決定権を握っているという族長を納得させることが今回の作戦のポイントとなると考えたのだ。
そして同時にそれは、俺が日本にいた頃に感じていた『ムラ社会』を彷彿とさせる出来事だった。臆病なコボルドたちは、肩書きと実績のある権力者に判断を委ねたがる。……いや、選択権を放棄する、と言ってもいいかもしれない。簡単に言えば、『族長さえ屈服させることができれば、他の村のコボルドたちは言うことを聞く可能性が高い』ということでもあった。
なので俺は、様々なトラップを使ってコボルドたちの集団から族長だけを引き離す方法を考えた。シバの魔法の援護と、実際に俺が戦うことで、何とか族長を倒せるのではないかと思ったからだ。
最善の結果で族長一人、最悪でも十人ぐらいにまで減らせることができればいいと考えていたのだが、五人というのは……なんとも言えないがまあ、うまく行った方だろうか。そもそも、俺がここまで辿り着けずに途中で捕まってしまう……という、BAD ENDの可能性もあったのだから。
そう考えれば、族長を含めて五人というのは上出来だ。……そう再び自分に言い聞かせて、コボルドたちと対峙する。右手には、ショートソードだけを握りしめているが、なんだか心許ない。それでも俺は、精一杯の虚勢を張って声を張り上げた。
「族長!最後にもう一度言う。人間たちと戦うのは止めて、森の奥へ戻れ。食糧が足りないのなら、俺が協力する。今ならまだ間に合うぞ」
俺としては、かなり冷静に伝えられたと思ったのだが、どうやらこれまでに散々挑発した効果がまだ残っているらしく、コボルドたちの反応は良くなかった。
「今更何を言っているニンゲン!」
「そっちから仕掛けてきたのではないか!」
「たった二人の癖に、何を偉そうな……!」
この期に及んでも、数の優位があるためか、コボルドたちは強気だった。……ここで若干しくじったと実感したのだが、こちらとしては『ここまで数を減らした』という感覚でいたのだが、コボルドたちからしては『人数は減ったがここまで追い詰めた』という感覚があるらしい。
この最後の詰めで人数によるプレッシャーが与えられないというのは厳しかった……。せめてルルガやミミナたちだけでも居たら良かったのだが……。
しかし、居ない人間に対してどうこう言っても仕方がない。こうなったら覚悟を決めて、やり合うだけだ。ここからの方針では、最悪でも族長一人さえ倒してしまえば、優位性はこちらに戻ってくると思っていた。
果たして五人相手にそれが達成できるかどうかは、少々歩合の悪い賭けになるが、それでもやるしかない。……俺はこの異世界で生きていくと決めたのだ。生きていくと決めたのであれば、生きるために最善の力を尽くす。
……たとえそれが、誰かの命を奪うことであっても。
頭の片隅に浮かんでくる日本の生活を思考の奥深くへと追いやって、俺は目の前の現実に向き合う。今生きるためにやらなくてはならないことは、奴らの体力が戻らないうちに勝負を決めることだ。
「そうか……なら仕方ない。とどめを刺す前にもう一度だけ聞いてやるよ!……行くぞシバ!」
俺はシバに合図を出すと同時に、行動に移った。




