25.「ああ、頼りにしてるから、頼むな」
「……ええ。大丈夫です。ボクもロキさんと同じく、覚悟を決めました。どうせあのまま部落に戻った所で、みんなからはヘマした奴だとイジメられて終わりです。何も変わらない生活に戻るだけです。でも……ロキさんは、『そうじゃない』んですよね?」
「……」
「今まで、ボクの作った料理にあんなに感激してくれたのは、ロキさんだけでした。そしてボクの料理を褒めてくれた。あんなこと言われたのは……初めてです」
「……」
「だから、ボクもロキさんを信じてみます。『みんなを守りたい』と言ったロキさんを。それに……」
「?」
「ロキさんが言った、『異世界の食べ物』。できたら絶対にボクにも食べさせて下さいね!絶対、絶対ですよ!!!」
……どうやら、昨夜語った日本で俺が作っていた食べ物のことが、相当気になっているらしい。今育てているスイートコーンで作ったコンポタや、焼きナスに彼のキノコディップを付けて食べたら美味いだろうなぁ〜……ということを、滔々と語ったからか。途中からマジでヨダレを垂らしそうになりながら、俺の話に聞き入っていた。
「分かった分かった。もちろんやるよ。そのためにも、今回の計画は絶対成功させないとな。もしかしたら……お前にも大変な思いをさせるかもしれないが、大丈夫なのか?」
「……はい。料理と精霊魔法以外には全然何にもできませんが、皆さんの期待に応えられるよう、頑張ります」
「ああ、頼りにしてるから、頼むな」
「はいっ!」
***
食事を終えた後、俺たちは周辺の散策をしながら話をした。
俺がまず知りたかったのは、コボルドの生態についてだ。大雑把な部分は分かっているつもりだが、具体的な生活様式や詳細な部分が分からない。まずはそういう部分をシバから聞きたかったのだ。
「……というのが、我々の暮らしですね」
「なるほどな……」
一通り話を聞いて理解した。コボルドたちは、家を建築するような文化は持たず、洞窟の中や簡易的な木のテントのようなものを作りながら、暮らしているらしい。一夫多妻制で、サルの群れのようにリーダーが居て、男はその序列に沿って暮らしているのだとか。
「なので、基本的には族長さえ説得できれば、何とかなると思うんですが……」
「ああ、大体分かった。にしても、そろそろ追手がかかってる頃かな……?」
「……」
ルルガとミミナにはできるだけ迷惑がかからないように、俺たちは隙を見て逃げ出したということにしてある。もちろん二人は一緒に村長たちを説得しようと申し出てはくれたのだが、あの寄り合いの様子と状況から考えて、とても難しい上に下手したら彼女たち二人も巻き込んで、その場で処刑……!のような事にもなりかねないと思い、丁重にお断りした。リスクを負うのは俺一人だけで十分だ。
とは言っても、既に十分迷惑を掛けているのも重々承知しているため、何としてもこのミッションはコンプリートしなければならないのもよく分かっていた。
……さて、どうやら今日中には戻れそうもないな……。
***
「全く、異世界人だからと言って大目に見ておれば……!」
「長老、これは由々しき事態ですぞ!」
「……。まあ、いずれにせよコボルドたちとは戦う運命。今更子犬の一匹や二匹、問題では無いわ。それより、周辺部族との協定の方が重要じゃ。あ奴らめ、これを機に縄張りを幾ばくかよこせと言ってきおらんじゃろうな……?」
黄金耳の部族の村は、やや騒然としていた。これまで普通に家事を行っていた女性たちまでもが、倉庫から槍などの物騒な武具を取り出している。女系部族だけあって、有事の際には当然女性たちが戦士となって戦うのだ。
そんな中に、ルルガとミミナの二人の姿もあった。囚えていたコボルドと、客人として扱っていた異世界人が、逃亡を手引きして逃げ出したことの責任を追求されて、テントの一室に胡座をかかされている。
二人はお互いに目配せをしながら、ガチャガチャと騒々しい外の様子と、今は姿の無い一人の男の動向に気を配っていた……。
「大丈夫かにゃ、ロキ……?」
「ロキ殿……」
***
「あれがお前たちの巣か……?」
「そうです。でも……本当に大丈夫なんですか?」
おそらくルルガたちが大変そうなことになってるだろうな……と思いながらも、一方その頃、俺とシバはシバが住んでいたコボルドたちの巣である洞窟の近くまで来ていた。
コボルドは比較的暗い穴の中を好んで住む。元の世界でも穴を掘る犬の習性があるが、あんな感じの遺伝子が働いているようだ。それは獲物を捕るためなのか、敵から身を守るためなのか、それとも両方なのかはよく分からないが、熊だって穴の中で冬眠するわけで、動物よりのコボルドだって穴に住むのは当然なのかもしれない……。
ここの洞窟はそれほど大きくなかったのか、シバたちの部族が結構多いからか、洞窟の中だけでは足りずに、入り口周辺にもはみ出して、木などを組み合わせた簡易な小屋を作っている奴らもいるようだ。
その辺りをシバに聞いてみたら、「我々も増えすぎたせいで、こんな方まで追い出されてきちゃったんですよ。前はもっと森の奥の方に住んでたんだけどなぁ……」ということだった。
残念ながら、シバは料理と精霊魔法の素質はあるものの、これまでの境遇のせいなのか、高度な知識や情報については余り知らないようだった。なので、道中簡単な家庭教師のようなことをしながら、幾つか話を聞いていた。
その中で俺は、これから考えていることをシバに話し、それがうまくいくかどうかを聞いてみた。……が、当然ながらシバの返答は「分かりません……難しいんじゃないでしょうか……?」というものだった。
もちろん、俺だってそんなことは分かっている。希望的観測などしていない。
でも、そうした方がいい理由は知っているし、俺自身の使命としてもそうしなければとは思っている。そして……「俺ならそれができる!」とも思っているからだ。
だが、同じ文化で育ってきた日本の中で、農村に移住するのとは違う。……異世界に移住するのだから、うまくいくかどうかなんてまだ分からない。
そこまで考えた所で、ようやく俺はシバに対して小さく返答をした。
「さぁな……。やってみないと分からん。それは食べたことのない作物を作る時と同じだ」
「な、なるほど……」
「さ、行くぞ」
余り納得していないような表情で頷いたシバを催促し、俺たちはコボルドの巣の方へと進んでいくのだった。




