22.精一杯生きよう。
驚いた顔をする子供コボルドに対して、俺は真剣な顔で問いかけた。もちろん、うまい飯を食わせてもらったということもある。だが、こいつの話を聞いていて、俺は少し昔のことを思い出してしまったのだった。
小さい頃から、俺もハグレ者だった。
外見的に分かりやすい特徴があったわけではないが、だからこそ……逆に孤独感を感じる少年時代を送ってきた。大人になった今でこそ分かるが、漫画などでよく見る『世の中を達観した子供』だった。
結局それは、学生時代の間は騙し騙し周りに合わせて生きてくることができたが、最終的には社会へ溶け込むことはできなかった。何とか努力して社会に合わせようとした結果……無理が生じて、俺の精神の方が耐え切れずに、田舎へ移住して農業をすることになってしまったのだ。
今でこそその選択は間違ってなかったと思うし、この仕事も天職だと思う。(収入面さえ除けば……)
そしてその時、俺は一つ誓ったことがあったのだった。それは……、
『もし俺みたいな奴と出会ったら、ほんの僅かでも力になってやりたい』
ということだった。
世界には、どうしても周囲から少しはみ出してしまう奴は存在する。しかし、閉ざされた世界ではそれは「呪い」として見なされ、はみ出した者の心を徐々に蝕んでいき、やがて殺す。
ある特定の群落の中では、その集団とは異なる種類の植物は育たない。集団でいる植物が『アレロパシー物質』という、生育を阻害する物質を発生させるからだ。ある群落の中では、どれだけ素晴らしい性質を持った種類の生物でさえ、「性質が違う」だけで呪いにかけられてしまうのだ。
しかし、そんな呪われた生物も、何も無い環境や多様性のある環境に移し替えた場合、順調に生育する場合がある。適切な肥料を与えたり、管理をすることで、その生物の持っている特性を最大限に活かすこともできるのだ。
……おっと、長くなってしまった。
とにかく俺は、目の前にある枯れかけたほんの小さな芽を見て、ほっとけない、と思ってしまったのだった。
「このままではお前は、明日の朝には磔にされて殺される。……だが、もしお前がそれを望まないのであれば、俺はお前に小さな光を与えよう」
「光……?」
我ながら、やや偉そうに語ってしまった。だが、少なからず本心なのも事実だった。
幸い、俺にはコボルドだとか、けもみみだとかは関係ない。こいつ自身がその「呪い」から逃れたいと思っているのであれば、僅かな道筋を照らすことはできる。……そう思ったのだ。
「で、でも……そんなこと……できるんですか?」
「俺の考えでは、おそらく大丈夫だ。だが、それにはお前の協力も少なからず必要になる」
「ボクの力が……?」
「ああ。……お前とは少し違うが、俺も『呪い』を受けていた人間だ。でもその呪いは、自分自身の力で解くことができた」
「呪いを……?」
「いいか?俺はどうやら異世界から来た人間だ。だからこの世界のことなんか知ったこっちゃない。そんな俺が一つだけ言えることがある。それは……『神は呪いなんか与えたりしない』ということだ」
「……え……?」
「いつだって、呪いをかけるのは人間だ。……あ、いや人間というかコボルドというか……とにかく、呪いは『何者かの意志』によってかけられる。だから、その呪いは同じ『意志』によって解くことができるんだ」
「……」
「もしお前が死にたくないのなら。その『呪い』を解きたいと思うのであれば、俺はそのヒントを与えてやる。後はそれを選択するかどうか、お前自身の『意志』の問題だ」
「……意志……」
俺の言っていることが難しすぎて理解できないのか、それとも自分の中での葛藤のせいなのかは分からないが、コボルドは小さく呟いた後、黙ってしまった。後はこいつ自身の問題だ。自分で助かる気のない奴を助ける力は、俺にも無い。
「ど、どうしたらいいんでしょう……?ボクなんて、生まれてからずっと、誰かの役に立てることなんて無かったんです。みんなからも叱られてばっかりで……。昨日も結局、ほとんど役に立つことなんてできず……ってあっ!すみません!ボクはあなたに向けて魔法を……!」
……やはりダメか。「呪われた」人間は、なかなかその力を自分で解けるなんて思ってはいないのだ。それこそが「呪い」の力であり、幼い頃から長い時間を過ごせば過ごすほど、その力も強力になっていく。
きっと、これまでの俺であれば、すぐに諦めて見限っていただろう。本人にその気が無ければ、こちらにできることなんて無い。そう思っていたかもしれない。
だが、ほんの僅かの間にしか過ぎないが、俺はこっちの世界に来て異世界農家となって過ごす中で、少しずつ変わっていく気持ちがあった。
どこにいても変わらない自然。
悠久に続く生命の営みの中で、精一杯生きる生き物たち。
日本というある種、経済社会から解き放たれた生活の中で、俺が生きる目的とは何なのか。
赤の他人に過ぎない俺に対して、身を挺して守ってくれたルルガとミミナ。
損得なんて関係ない。
ただ、思うままに彼女たちは生きているのだ。……まさに、その姿は自然そのものだ。
うまく立ち回ってのうのうと暮らして、あわよくばちょっといい思いをして元の世界に戻れたら……なんて考えていた自分が恥ずかしくなった。
精一杯生きよう。
モヤモヤと考えていた悩みが、少しだけクリアになってきたような気がした。
……だから、目の前のこいつに対しても、出来る限りのことはしてみよう。こっちに来る前の俺ではできなかったことにもチャレンジしてみよう。……そう思ったのだった。
「今までのことはいい。それよりも……これからどうしたいか?……だ」




