18.なんか大事になってきちゃったよ!
……あ。
「発芽してるっ!」
俺は思わず叫んだ。
そして、駆け寄って見てみる。……そこには、一昨日蒔いたばかりの葉物の種から発芽した、小さな双葉が出ていたのだった……。
「マジか……早くないか?」
こちらの気候のせいなのか、それとも何らかの環境の違いがあるのか、本来なら一週間はかかっていいはずの種が、もう発芽していたのだ。あまりの驚きに、近寄ってマジマジと双葉を見つめる俺。
何度見ても、発芽の瞬間というのはいいものだ。例えるなら、クリエイターが作品を完成させた瞬間とか、演劇がフィナーレを迎えた瞬間のようなものだろうか。こればっかりは実際に農業をやってみないと分からないと思うし、農業の一番素敵な所だとも思う。……特に、自然の采配に左右されてしまう、農業ならではの部分だ。
周囲の様子が日本に居た時と違っていたこともあり、改めてあの頃の農業を始めた時の気持ちが蘇ってくる。……そうだ。あの時もこんな気持ちだった。
異世界でも、植物たちは何も変わらずにそのまま生きている。
人がいる以上、それはどこでも変わらない。
……いつでも、どんな場所に行っても、植物は人とともに生きているんだ……!
単純な俺は、たったそれだけのことでさっきまでのネガティブスパイラルな考えが吹き飛び、誰もいない空に向かって小さくガッツポーズをしたのだった。
「やるぜ……やってやるぜ異世界農家……!!!」
……我ながら、ホント単純だ。はは。
俺は改めて決意する。
『なんとしてもこの世界で生き延びてやる』
山を開拓していたあの頃。知り合いが誰もいない長野へ移住して農業を始めたあの頃。……持って生まれた、開拓者精神がふつふつと湧いてくるのが分かった。
チートじゃないのがなんだ……!
LVが低いのがなんだ……!
俺は俺のやり方で、この世界を生き延びてやる……!
火星に四年間一人ぼっちで取り残されるのに比べたら、全然なんてこと無いぜ!ここには空気だって水だってある。後は俺の工夫次第じゃないか……。
よーし、大分テンションも回復してきた。そうと決めたら行動は早いのが俺。早速現状を打開するための手段を考え始める。
(……とりあえずあれをあーして、ああすれば何とかなるだろうか。それにはまず、あの件を何とかしないといかんかな。てことはあそこから攻める必要があるか……)
いい感じに想像も暴走してきた。
***
しばらくした後、俺はうちへと戻った。
既にルルガの治療は終わっており、包帯のような白い布を巻いたルルガとミミナが出迎えてくれた。……少しまだ良心が痛むが、もう俺は後ろは振り返らないと決めたのだ。
「ロキ、ばーちゃんが呼んでるらしい。みんなで寄り合いに出てくれってさ」
「あ、ああ……」
そう言われてルルガの家に向かうと、前回と同じように車座になって長老会議が行われていたようだ。そして、ルルガの治療が終わったのを知ると、状況を説明して欲しいという話があった。
俺とルルガ、そしてミミナがそれぞれ当時の様子を説明すると、6人ほど集まった長老たちは、難しい顔をして「う〜ん……」と悩み始めてしまった。
「これは、久々に人間たちに応援を頼まなければならんか……」
「最早、我々の集落のみで解決できるものではないな。気は進まんが、他の部族にも文を出してみるか……」
「そもそも、原因は一体何なのじゃ?ここ最近になってこの増えよう、何かあったと考えるのが筋じゃろう」
「確かに……」
「おい、ルルガ。……いや、ミミナ。どういうことなんだ?俺にも分かるように説明してくれないか?」
俺はいまいち状況が飲み込めず、説明を求めてルルガに聞こうと思ったが、やっぱり止めてミミナに聞くことにした。こういう場面では、彼女の説明の方が分かりやすそうだったからだ。
「うむ、ロキ殿。コボルドの襲撃が増えているということは前も話した通りだが、最近の頻発具合や、これほど村の近くにまで現れるようになったのはつい最近の話なのだ。現状、この村で戦士として戦えるのは我々を含めてごく少数しかいないので、真正面から戦うようなことはできない。……それは今回ロキ殿も分かったことだろう。なので、一番近くにある人間の街へ行って応援を頼むか、あまり仲は良くないのだが、他の部族たちの協力を仰ぐ必要があるかもしれない……という話なのだ」
「なるほどなぁ。……そう言えば、俺が召喚?されたのも、コボルド絡みだとか言ってなかったか?」
「ああ、それはルルガの方が詳しいかな」
「……うん、そうだな。ロキの世界に行った魔法の儀式も、うちらの集落の周りがコボルドたちによって荒らされるようになっちゃったので、食料が少なくなってきてしまったからなのだ。今はまだあまり影響はないけど、実が食べ尽くされちゃった木とかもあるので、来年とかその先には食べ物がどんどん減ってきちゃうんじゃないかと、とてもうちは心配している」
「へぇ……そうだったのか……」
なんとなく、今起きていることの背景と状況が見えてきた。要するに、何らかの原因によってこの辺りは急激に人口?上昇が起こっており、食べ物の供給が追いついていないってことなのか。
それでルルガは俺の世界へ来たし、俺がこっちで農業やるのも何の問題も無かったわけなんだな……。大分分かってきた。
なら次は、その背後に起こっている現象を見極める必要があるな。何らかの情報収集が必要になるが……?
「あ、そう言えばあの捕まえたコボルドっ子、一体どうするつもりなんだ?」
「ああ、奴か。コボルドは食べても美味しくないらしいからなぁ……。どうするんだろ?」
「どうやら、何か魔法であの姿に化けているのではなく、元々ああいう個体らしいな。新種のコボルドだろうか?気に入らない姿だ」
え!コボルド……美味かったら食べるのか!?……マジか……なんてゆーか流石だぜ異世界。全く食欲わかないんだが……。まあ、犬食べる国もあるからな。別世界の文化に口を挟むのは止めとこう。
だが、そうなると一体あの子はどうなるんだろうか?一応捕虜という形になるんだろうが……。こっちの世界というか、この部落では人質の扱いは一体どうなるんだろう?……と思っていると。
「今の村に、余分な食い扶持を増やす余裕は無い。近いうちに処刑とする」
「そうじゃな。死体は見せしめに奴らの巣穴の近くに放ってやれば、しばらくは近づいて来まい」
え……?ええっ!?マジすか!怖い!異世界怖いよ……っ!
いきなり処刑ですか……。まあ確かに文明レベルとか見たらそうなのかもしれんけど、あの平和ボケで有名な日本から来た俺としては、まさかあっさり『処刑』とか『見せしめ』とか出てくるとは思わず、ちょっとヒイてしまう……。
うわ〜……だが、あのコボルドっ子をさっくり処刑してしまうのは色々と困る気がする。……もちろん、人道的に俺はまだそこまで割り切れないという部分もあるが、普通のコボルドですら喋れる世界なんだから、あの子だって何らかの意思疎通はできるだろう。と思いたい。なので、色々と考えが……あるのだよ……!
「ちょ、ちょっと待ってくんないかな。折角コボルドを捕まえたんだし、向こうの様子を色々と聞いてみたりしてもいいんじゃないかなと思うんだけどどうかなぁ?……ねぇ?」
一応、隣りにいるルルガに語りかけるような雰囲気で全体に聞こえるように話す。だが、その反応は思ったよりも淡白だった。
「何を言っておる。コボルドなどと会話ができるわけはないだろうよ。明朝にでも処刑じゃ」
「あ……いや、でも……あいつら普通に言葉喋れるし……」
「異世界の御仁。お主はどうか知らんが、我々はコボルドなどと話をするつもりはない。まみえたならば、どちらかが死ぬ運命。問答無用なのじゃ」
「え、えぇ〜……」
取り付く島もない長老たちの言葉に、ドン引きしてしまう俺。というのも、この感じは見たことある。とても見たことあるのだ。
それは……『田舎にずっと住んでる爺さんたちの集まりの時の雰囲気』にそっくりなのだ!これは……無理だ。説得は完全に無理だな。何故かこんな所だけはよく分かる。
「まあまあ、ばーちゃん。ロキが言ってることも聞いてみてもいいんじゃないか?」
「確かに。ロキ殿の戦略は一理あるとも言えるぞ」
「だまらっしゃい小娘ども!あんな奴らと取引をする必要なぞ無い!……よし、明日の最も日が高くなる時間に処刑じゃ。骸は川向こうにでも捨ててこれ。ワシらはこれから、どこの場所に使いを送るのか決める。お主らは帰って良いぞ」
「あ、あわわわ……」
……なんか大事になってきちゃったよ!