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青天の霹靂

 「しっかりつかまっててよッ!」


 白い雲の下を風のように駆け抜けながら、祐介とエミリアは今、空を飛んでいた。


「うわあああ!!」

「すごいですね祐介様!」


 背中にしがみついたエミリアが叫んだ。祐介はそれどころじゃなく、諸葉の背中に顔を埋め必死に目を閉じていた。


 三人が今乗っているのは、空飛ぶ魔法の絨毯…ならぬ魔法のホースだった。見失ったウッドボールを追って、彼らは空を飛んでいた。



 うねうねと動くホースの先端で器用に体を揺らしながら、鶴木乃諸葉が空を駆けていく。遠くから観察していれば、高層ビルの上を舞う空飛ぶ緑のホースと少年少女がその目に写ったことだろう。祐介は薄目を開けて下を見下ろした。米粒のような小さな点に見える民家の屋根が、とてつもなく遠くに感じる。バランスを崩せば今にも真っ逆さまに落ちてしまいそうだった。大体ホースなんて乗ってる感覚すらないに等しい。諸葉は後ろの二人に構うことなく、ホースを更に加速させた。



「早く追いつかないと…あの《ウッドボール》は…弱いけど凶暴で、お腹が空くと人間くらいなら平気で食っちゃうから…」

「えっ!?今なんて!?」

「このホースは鶴木乃様があっちの世界で手に入れたんですか?」


 慄く祐介の後ろから、エミリアが無邪気に言った。


「そうだよッ。向こうの売人から買ったの。絨毯とホースで迷ったんだけど、やっぱり空飛ぶならホースが良いかなって」

「何故!?」

「ではこの飛行能力は、鶴木乃様の《ギフト》ではないのですね?」


 エミリアが関心したように言った。祐介は聞きなれない単語に思わず首を捻った。


「ぎふと??」

「そういえば、祐介様はまだギフトについて知らなかったですわね。異世界に行ったことがないから」

「え!?行ったことないのッ!?」

「余計なお世話だッ!」


 信じられない、と言った表情で諸葉が振り向いた。その反動で危うくホースから振り落とされそうになりながら、祐介は叫んだ。そんな彼に優しげな微笑みを浮かべながら、エミリアがギフトについて説明してくれた。


「《ギフト》というのはですね…地球の学生達が異世界に旅立つ時に、向こうの世界から与えられたり、開花する能力や武器の総称です」



 那由他に広がる異世界。その一つ一つは決して過ごしやすい場所とは限らない。数秒生きることさえ過酷な環境、相容れない異質すぎる文化、そして何よりも、異世界の怪物達。生身の中高生が転生される場合、地球では有り得ないような困難に立ち向かうため、「スカウト」達は彼らに特殊な能力ないし武器を与える。先日ドラゴンと戦った時にクラスメイトの吉井から借り受けた「勇者の剣」や「時を止めるペンライト」もその一つだ。



「…中高生だって異世界に行って、すぐ敵にやられてしまうのは嫌ですからね。私たち勧誘する側は、より魅力的なギフトを提示して、優秀な人材を囲い込んでいるんです」


 エミリアがにっこり笑った。


「でも…何で異世界の人たちは、そんなチート能力を与えてまで地球の若者を勧誘してるの?」

「ひとつは…深刻な人手不足ですね。今現在ありとあらゆる異世界の若者達が、様々な理由で減少傾向にあります」

「様々な理由って…?」


 祐介は世界を束ねる悪の大魔王みたいなものを想像した。若者を失った世界は、やがて進化を止め、荒廃する運命にある。それを防ぐために、異世界人達はこぞって別の世界から若者を募っているらしい。


「でも…地球政府は20代から60代の働き盛りの人間を異世界に送ることに断固反対したんです。それで私たちは、その下の世代…ギリギリ戦力に成りうる中高生に目を向けました」

「へぇ…」

「祐介様。世界は予想以上に過酷です。それはこの地球も同じこと。貴方は確かにどこの異世界からも声がかかりませんでしたが…骨抜きになったこの地球を救うことこそが…」

「今時何処の異世界からも声がかかってないってッ!僕初めて見たよッ!」

「悪かったな、出来損ないで…」


 不貞腐れる祐介を置いてけぼりにして、エミリアは勝手に諸葉と盛り上がった。


「では…諸葉様の《ギフト》と言うのは…?僭越ながら私、別の世界の技術をご覧になったことが有りませんの…」

「へっへ~んッ!イイよッ、僕の《ギフト》見せたげる!!」


 そう言うと諸葉は、ポケットからメガネのようなものを取り出した。一見して、市販されているようなタダのメガネである。


「これは…?」

「イイから、かけてみてッ!」

「うわぁ、ちょっと!」


 振り向いて強引にメガネをかけさせようとする諸葉に、祐介はバランスを崩しかけた。大きな黒縁のメガネは、祐介の顔には驚く程似合わなかった。


「…(…何だ?…何か変化はあるのか?)」

「なんにも…ん?」


 きょとんとした顔のエミリアを見つめ、祐介は違和感を感じぽかんと口を開けた。おかしい。エミリアは今喋っていない。なのに確かに今、彼女の声が聞こえた。エミリアも不思議そうに祐介を見つめた。彼女も何が起こったのかわからないらしい。諸葉が嬉しそうに声を上げた。


「その《シンクロルーペ》は、相手の心が見えるメガネなんだよッ!(そのメガネをかけていれば、相手の考えていることが見えてしまうんだッ!)」

「心が読める…!?」

「(何!?早くそれを言え!)こ、心が読めるですって!?」


 驚く二人に、諸葉は嬉しそうににっこり笑った。


「そう!それが《心の国・イシン》に渡った時に、僕がもらったギフトッ!(そう!それが《心の国・イシン》に渡った時に、僕がもらったギフトッ!)」

「(も…諸葉ちゃんって…思ってることと言ってることが同じだ…!!)」

「や…厄介な物持ってきやがってェ…!(す…凄いですわ!)」

「エミリアは逆!本音と建前が逆ッ!そして口悪ッ!!」

「ハッ!?」

「あっはっはっはっは!!」


  慌てて取り繕おうとするエミリアと、振り返って大笑いする諸葉の二人によって、空飛ぶホースのバランスが大きく崩れた。


「あっ…」


 祐介は、気がつくといつの間にか青い空を見上げていた。そして次の瞬間には、彼は雲の上から遥か下の地面に向かって自由落下を始めた。空飛ぶホースから振り落とされたのである。どんどん点になっていくホースを見つめながら、祐介は今の状況が理解できず、頭が真っ白になっていた。


「ゆ、祐介くーん!!大変だ…きっとこの辺りにウッドワームがいるのに…!」

「うっどわーむに食べられる前に、衝撃に耐えられず骨ごと砕かれて死んでしまいますわ…」


 米粒のように小さくなっていく祐介を覗き込んだ後、エミリアと諸葉は心配そうに顔を見合わせた。

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