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つるぎのもろは

麗らかな午後の風が春の匂いを運んできた明くる日のこと。達本祐介は一人トタン屋根の上で晴天の空模様を眺めていた。閑静な住宅街といえど、辺りは不気味なほど静寂に包まれている。それもそのはず、今世界中殆どの人間は、この地球上のどこにもいない。「第一次異世界転生ブーム」とでも言うべき流行病に侵された若者たちは、我先にと別の世界を救いに旅立ってしまった。


「あーいい天気だなァ…」

「ミャーン…」


 祐介が大きくあくびをすると、隣でお昼寝していた野良猫も釣られて眠そうな鳴き声を上げた。この世界は今平和そのものだ。


 彼が唯一人地球に残ったのは、決して「自分の故郷を見捨てたくない」とかそんな美徳の為ではない。ただ単に、能力が低かったのだ。残念ながら「コイツに異世界を救うほどの力は無い」と判断された彼は、どこの世界の案内役ポジションからも声がかからなかった。政府の発表によると、同世代の中学生の約99.8%が異世界転生済という事だから、彼の特異さもお分かりいただけるであろう。かくして「自世界警備員」と化した祐介は、大切な高校生活をこうして誰とも触れ合うことのないまま、延々と暇を持て余し続けていた。


「あーあ…そろそろ誰か帰ってきてもいい頃だよなァ」


 祐介は屋根の上にだらしなく体を投げ打ったまま、あくび混じりに独り言ちた。そろそろ誰かが、何処かの異世界を救っても可笑しくはないころだ。今にもあの青い空が縦に裂け、さながら特撮映画の如く誰かが帰還しないものだろうか。退屈に痺れを切らした祐介は、さっきから全く期待せずにそれを待っていた。


「誰でもいいから話し相手になってくれないかな…うん?」


 ふと、視界に違和感が過る。なんだろうか…?彼が目を凝らすと、遥か上空を漂う白い雲のちょうど真ん中あたりに、いつの間にか小さな黒い点ができていた。


「なんだありゃ…」


 ぽかんと口を開けたまま、祐介は黒い点を見つめた。初めは蟻のように小さな点だったそれは、次第に大きさを増して行き…。


「んんんんん?」


 …やがて瞬く合間に、その全貌を祐介の眼前に現した。


「危ない祐介様!空から大きなダンゴムシが!!」

「ぎゃああああああ!!」

「ミャアアアア!!」


 何処からともなく女子の可愛らしい警告が祐介の耳に届く頃には、空からの落下物は彼の目の前に迫っていた。


「うわあああああああ!!」


…ダメだもう。死ぬ。


 巨大なダンゴムシの影にすっぽりと覆われ、彼の頭の片隅に、そう過ぎった瞬間―…。


「はぁッ!!」


 またしても何処からともなく凛々しい女子の声が、祐介の耳に届いた。


「ああああああ…?」


 気がつくと祐介は、先ほどと同じ青い空を眺めていた。目と鼻の先にまで迫ったあの巨大なダンゴムシは、一瞬で姿を消した…ように見えた。


「大丈夫ッ!?」

「あああああ…」


 誰かが、彼の近くまで駆け寄ってくる。祐介は表情を恐怖で強ばらせたまま、首を動かさずに目だけでそちらを追った。一人は、知っている顔。異世界からやってきた、エミリアと名乗る謎の少女。色白の肌にゴスロリ風の服装に身を包んだ彼女は、最初に祐介に警告を与えてくれた人物だ。

何故か祐介のことを「転生勇者」だと勘違いし、半ば強引に祐介の家に住み着いている。


 そしてもう一人は、彼のまだ知らない少女だった。白いセーラー服に身を包み、健康的に焼けた黒い素肌が眩しく映る。ボーイッシュに整えられた黒の短髪が、エミリアの銀髪と一緒に爽やかな風に靡いていた。少女は右肩に担いだ木刀を下ろすと、人懐っこく祐介に笑いかけた。


「危なかったよッ。もう少しで君、ウッドボールにぺしゃんこにされるところだった」

「ああああ…」

「良かったですね祐介様。この方に間一髪助けていただいたようですよ」


「あれはウッドボール。僕が転生した異世界の魔物さ」

「あああ…」

「あの巨大なダンゴムシですね。ということは貴女も、やはり転生者様…?」


「うんッ。あの手の雑魚は一匹残らず倒したつもりでいたんだけど、どうもあいつにだけ逃げられちゃったみたい。おかげで地球まで逆戻りさ」

「ああ…」

「あらまぁ。あんな巨大な生物をお一人で?」


「たいしたことないよッ。僕は元々剣道部で鍛えてたし、あれは本当に弱いから。ところで、君たちには迷惑をかけてしまったね。本当に申し訳ないッ」

「あ…」

「失礼ですが、お名前は?」


「僕は鶴木乃諸葉ッ。よろしくねッ!!」

「ぁ…ぁ…」

「ミャーン…」


 恐怖で表情を引きつらせたまま、祐介は微笑む二人の美少女に死にかけのクリーチャーみたいな声で応えた。



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