だって
「こ…これは!?」
「グオオオオオオオ!!」
突然の出来事に戸惑うエミリアの下で、ラグーンが痛みに耐えかね暴れだした。エミリアの世界では魔法界最強の生物と呼ばれる飛竜種であるラグーン。そのウロコは今までどんな世界の刃も魔法も、何もかもを跳ね返してきた。今の今まで、彼を傷つけた勇者は誰一人いなかったのだ。
その彼の頭から、今折れた剣が飛び出して生えている。
「落ち着け…ラグーン!きゃっ!?」
慌ててエミリアが声をかけるも、彼は最早何も聞いてはいなかった。主が乗っていることも忘れ、長い首をブンブン振り回し、たまらずその口から祐介を吐き出した。その反動で、エミリアも彼の頭から振り落とされた。
「グオオ…!」
「待って!何処いくの!?ラグーン!!」
苦悶の表情を浮かべ、何処かへ飛び去っていく黒竜にエミリアは叫んだ。だが子飼いの竜の方は主の呼びかけに答えるどころではないらしく、うめき声を上げながら遥か彼方へと消えていった。
「全く…剣が刺さったくらいで大げさなんだから」
エミリアは肩をすくめた。彼は魔界最強の生物だ。あの程度の傷ならエミリアが回復魔法を使うまでもなく、五分もあれば自然治癒するはずだ。今まで味わったことのない、初めての「痛み」に、普段冷静な彼も気が動転してしまったのだろう。
ため息をつきながら、エミリアはちらと横を見た。
そこには、血だらけになった祐介の残骸が転がっていた。
「……!」
ヒュー、ヒューと荒い呼吸を繰り返す彼はぼんやりと虚空を眺め、その目には最早何も映ってはいないだろう。すでに虫の息だ。放っておけばすぐ死ぬ。エミリアは哀れな弱者の前に歩み寄り、無様な彼の姿を見下ろした。
エミリアは改めて彼を近くで眺めた。横たわった彼の左手には、時を止める力の籠ったペンライトが握られている。
「牙に貫かれて…絶命する瞬間、時を止めたのね」
エミリアはそれで理解した。恐らく彼はこう考えたに違いない。折れた剣が届かないなら、向こうの方から近づいてもらえばいい、と。
それで、彼はわざと喰われた。口の中なら、外殻と違い柔らかい。折れた刃でも容易に貫くことはできただろう。
「だけど…」
エミリアは頭を振った。理解はできても、納得はできなかった。危険すぎる。いやそれ以前に、捨て身以外の何物でもない。よもや口の中に飛び込んで、生き残る算段など出来ようはずもない。
彼は、死ぬ気だったのだ。
あれほどの実力差を見せつけられておきながら。自分の命を賭して、竜を倒しにいったのだ。
「教えて…何故貴方はそこまでして、ラグーンを倒そうと思ったの?」
そう呟くと、エミリアはどこからともなく杖を取り出し、横たわる彼に回復魔法をかけた。彼女は不思議でならなかった。今まで出会った転生勇者達に、そんな奴はいなかった。多少戦闘の心得があり、ラグーンと互角に渡り合った者でさえ、敵わないと知るやいなや結局逃げ出した。
だが彼は、最初は何度も逃げ回っていたくせに、何故か突然何度も立ち上がってきた。これじゃ順序が逆だ。それまでに受けていた痛みは、先ほどのラグーンのそれとは比べ物にならないはずだ。到底勝てない相手だとわかっていて、何故そんな馬鹿な真似をしたのだろうか。
エミリアが回復していく祐介をじっと見つめていると、彼が気づき、弱々しく笑った。
「だって…君を助けなきゃ…。僕は勇者なんだから…」




