五秒は短すぎる!
「ぎゃああああ!!」
巨大な竜の口から吐き出された炎を必死に躱しながら、祐介は絶叫した。彼の頭の上を掠めていった火球は、数メートル先の民家をなぎ倒しながら辺り一面を焼け野原にしてみせた。
話が違う。
隠れるように路地の角に身を潜め、祐介はゴクリと唾を飲み込んだ。
少女からもらった「勇者の剣」と「時を五秒止める能力」さえあれば、ドラゴンに勝てるはずじゃなかったのか。
祐介は震える右手に握り締めた「勇者の剣」をマジマジと見た。
「剣」はあろうことか、刃が根元からポッキリ折れている。先ほど祐介がダメもとで竜の胴体に斬りかかった結果、案の定ダメであっさり折れてしまったのだ。
『勇者の剣があれば、あのドラゴンに勝てるんです』
確かあの少女には、そう言われた気がしたんだけど。何かがおかしい。勇者のくせに、防戦一方だ。
「はっ!?」
突如上空から巨大な影が差込み、祐介は上を見上げた。いつの間にか飛び上がった黒い竜が、祐介の真上から彼を睨みつけていた。
「う…うわあああ!」
巨大な竜が口を開く前に、祐介は左手のペンライトをかざし「五秒」時を止めた。
全てが静止した時の中、案の定竜の口からは今にも紅蓮の炎が祐介目掛けて放たれようとしている。口元に浮かぶ静止した炎は、まるで美麗な絵画を見ているような、妖艶な美しさを感じる。祐介は思わず見とれてしまった。
そしてすぐ「五秒」は経った。
「…ぎゃあああ!」
吐き出される炎を飛び上がって避け、祐介は転がるように反対方向へと駆け出した。
「こ…こんなの詐欺だ! 五秒止めたって、避けるだけで精一杯じゃないか!」
漫画やアニメだと、「時間停止」さえすれば、あとは鼻歌でも歌いながらゆっくり敵を観察したりできるのに。静止した相手に聞こえてないにもかかわらず「お前の敗北の理由」を長々と語ったり、武器を投げつけたり背後に回って悦に浸ったりできるはずなのに!
元々素質ゼロだった祐介に与えられた五秒は、所詮凡人の五秒だった。
死に物狂いで、祐介は黒竜に無残に破壊された住宅街を駆け抜けた。
まるで巨大な大災害の跡だ。木々はなぎ倒され、コンクリートの塀は粉々に砕かれている。見える建物はほぼ黒焦げに焼かれ、ところどころ消え残った炎が上げる黒煙が、空を覆っている。圧倒的な力の前に、街は成すすべもなく蹂躙されていた。
これがさっきまで、自分が住んでいた街なのか。祐介は愕然とした。まるで映画でも見ているように、現実感が湧いてこない。
「はぁ…!はぁ…!」
気がつくと祐介は、先ほどの空き地に戻ってきていた。
「冗談じゃない…ホントに殺される!」
瓦礫の山と化したコンクリート塀に身を潜め、祐介は頭を抱えた。
甘かった。
やはり自分には、勇者など向いていなかったのだ。
異世界から来た謎の少女との出会い。手にした剣と特殊能力。
勘違いしてしまったのだ。力さえあれば、自分も勇者になれる、と。
使い方が分かっていない料理包丁など、ただの凶器と変わりない。
祐介は先ほどの巨竜の、爬虫類のような冷たい目を思い出して身を震わせた。殺意の篭ったあの目。あれに睨まれただけで、祐介は瞬時に戦意を喪失してしまった。
「無理だ…あんなファンタジーな巨大トカゲに勝てるわけないじゃないか!」
「そんなことありません。祐介様はこのエミリアが選んだ、正当なる由緒正しき勇者様なのですから」
「うわっ!?」
気がつくと、祐介の横にさっきの少女が座り込んでいた。エミリアと名乗った少女は彼の手に握られた折れた「勇者の剣」と、今にも泣き出しそうな持ち主の顔を交互に見て、にっこり微笑んだ。
「いや…笑ってる場合じゃないよ!?君にもらったこの剣、折れちゃったんだよ!」
「あらあら」
「それに…それに、五秒は短すぎる!僕には五十五秒くらい無いと、相手の背後にも回れやしないよ!」
「落ち着いてください、祐介様。今この世界を救えるのは、貴方だけなんです!」
「何で僕なんだよ…」
人目も憚らず半べそをかきだした情けない勇者に、少女はしれっと言い放った。
「だってほかに候補になりそうなのが、残っていないんですもの」
「そ…そんな…」
祐介は折れた剣を取り落とした。確かに勇者に向いてそうな奴らは、とっくにこの世界から旅立った後だ。何が正当なる由緒正しき勇者様だ。要するに自分は、消去法で選ばれた代替品という訳だ。
「無責任すぎる…そっちが勝手に勇者に選んだくせに…」
「別に私だって、貴方を選びたくて選んだ訳ではありません。最初は吉井様と言う、同じくこの世界の若者を選んだんです」
涙でぐちゃぐちゃになった視界の向こうで、少女が淡々と答えた。吉井…。聞いたことがあるような名前に、祐介はぴくりと眉を動かした。もしかして数年前同じクラスメイトで、最初に異世界転生を果たしたあの吉井だろうか。
「吉井様は祐介様より顔立ちも良く、体つきも大変素晴らしいお方でした。勇者としての素質も祐介様の何倍も持ち合わせていらっしゃいました。剣術も時止めの能力も、祐介様とは違いすぐに使いこなされて…」
「…君、僕のこと本当に勇者だと思ってないだろ…」
「…ですが、その吉井様すら力が及ばず、あの黒竜にものの数分で返り討ちにされてしまったのでございます」
「え…ええっ!?」
この期に及んで絶望的な話をしだす少女に、祐介は口をあんぐりと開けた。
「ぼ…僕よりも何倍もすごい勇者が勝てなかったなら、僕なんかが勝てるわけないだろ!?」
「まぁ…私も、それほど期待はしておりませんでした。本物の強い勇者が見つかるまで、これで妥協しとこうかなァ、くらいの気持ちで声をかけた次第でございます」
「はぁ!?」
呆気にとられた祐介に、少女は可愛らしく微笑んでみせた。祐介は頭を抱え込んだ。
「も…もう嫌だ…滅茶苦茶だ…こんな」
「…いいからやれや。玉無し野郎が」
「はっ!?」
突然、瓦礫の山が爆発したかのような衝撃を受け、祐介は思いっきり真横に吹っ飛ばされた。
「……いってぇ…」
何が起こったのだろう。一瞬、少女が口汚く自分を罵ったような…いやそれよりも。「これ」は、もしかして…。
ひどく打ち付けてしまった頭をさすりながら、祐介は何とか上半身を起こした。もうもうと立ち込める煙の向こうで、それは待っていた。
「きゃー!助けてー!勇者様ー!」
「う…うわああ!」
空き地の入口に、異世界少女をその手に握りしめたあの黒竜が、こちらを睨み静かに佇んでいた。




