またある者は凡人として
「何だ?」
帰宅途中、西の方角から大きな音が聞こえ、祐介は後ろを振り返った。そこには晴天の空といつもの見慣れた景色があるだけで、ここからは特に何も確認出来なかった。もしかしたら異世界からドラゴンでも来襲したのかと期待を膨らませたが、残念ながらそんなことは起こりそうもない。この世界は平凡だ。
重たい野球用具を引き釣りながら、祐介は近くの空き地へとたどり着いた。空き地には誰もいなかった。昔は友達と皆で集まって野球をしたものだったが、今ではその友達も全員この世にはいない。
決して物騒な話ではない。彼らは全員異世界へと転生していったのだ。
ある日突然、この世界とは別の時空から必要とされ、彼らは旅立っていった。ある者は勇者として、ある者は悪役令嬢として、またある者は大魔王として。
大体中学校に上がったくらいから、皆「勇者」になっていったと思う。最初に転生したのはクラスでも人気者だった吉井だ。それから一人、また一人と転生していって…三年に上がる頃には、最後に祐介だけが残った。
物言わぬ壁にボールをぶつけながら、祐介は一人ため息をついた。
異世界転生は今や日常的な現象だ。世界中の「素質」を持つ選ばれし若者達が、様々な世界に旅立っている。ゴーストタウンと化したこの街で、どこの世界からも選ばれず、必要とされなかったのは自分くらいだ。祐介にはそれが堪らなく哀しかった。勿論自分が凡人だなんてことは痛いほど良く分かっている。だけど、明らかに自分より弱虫な村井や亀沢達が選ばれて、自分だけが取り残されるなんてあんまりじゃないか。
…やっぱり僕には、どんな世界の、どの物語の勇者になることも出来ないのだろうか。
「…あ」
視線を落としながら投げたボールが、壁の出っ張りに当たり道路の方へと跳ねてしまった。祐介は慌ててボールを追った。
点々と転がる白球が、空き地の入口に立つ一人の少女に掬い上げられた。
「え…!?」
その姿を確認して、祐介は驚いた。一つは、最早ほとんど残っていないはずの同い年くらいの女の子が立っていたから。そしてもう一つは、その少女がおよそこの世のものとは思えないほど可愛らしい少女だったからだ。
少女は不思議な微笑みを浮かべながら、祐介の元へと静かに歩み寄ってきた。
「はい」
「!」
見知らぬ美少女にボールを差し出され、祐介は顔を強ばらせたまま、ぎこちなくそれを受け取った。汗が半端ない。こんなに可愛い子は、誰もいなくなる前のクラスにもいなかった。熱に浮かされたように彼は少女を眺めた。その出で立ちはとても奇抜で、所々肌の見える服装は目のやり場に困る。綺麗な銀色の髪が見たこともないような形にセットされている。およそこの世界の人間だとは思えなかった。
だけど、この世界から異世界への転生は遇っても、別の世界からこっちへ誰かが転生してきたという話は聞いたことがない。大体この世界は平凡すぎる。ドラゴンのようなファンタジーな生き物はいないし、宇宙人は何時まで経っても攻めてこない。この世の秘境と言う秘境はとっくの昔に探検し尽くされ、最果ての地には誰かの足跡がいくつも残されている。
もしこの世界に異世界から勇者や英雄がやってきたとしても、やることはほとんどないだろう。せいぜい災害による人命救助とか、紛争や犯罪を失くすといった、この世界の人間に解決出来ることばかりだ。何より今では、若者のほとんどはこの世界に残っていない。みんな異世界を救うために旅立ったのだ。静かに衰えゆく最中の地球を救ったところで、一体誰がその後土地を耕し、種を植えるというのだろう。
「あの…」
「!?」
少女は白球を受け取った祐介の手を、小さな両手でそっと包み込んだ。途端に彼は地球の未来などどうでも良くなった。
「貴方が祐介様ですか…?」
「え…!? は…はぁ…」
上目遣いに眉を寄せていた少女の困り顔が、ぱあっと明るくなった。
「良かった!お探ししておりました。貴方こそ、この地球を救う勇者様ですわ!」
「ええ!?」




