表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界勇者の敗戦処理  作者: てこ/ひかり
22nd different world people
12/13

戦いの火蓋

「はぁ…はぁ…!」


 すっかり暗くなってしまった夜の街を、祐介は必死に走り続けた。


 電車、エミリア、そしてホームの消失…目の前で次々と起こる怪奇現象に、祐介はパニックに陥っていた。一刻も早く、ここから離れなければ。恐怖心に支配された祐介は、父の勤務するオフィス街から数キロ離れた自宅目指して足を動かした。


 「はぁ…はぁ!」


 そして凡そ三分後、カタツムリもびっくりするほど少ないスタミナをあっという間に消費すると、祐介はビルの一角に背を預け、その場にずるずるとへたり込んだ。


 (あり得ない…! モノが消えるなんて…!)


 冷たい風が、先ほどまで全力で走っていた祐介の頬を撫でていく。火照った身体に、張り詰めた夜の空気がより一層冷たく感じられた。苦しいほど乱れた呼吸に、止め処なく溢れる汗。しばらく時間が経っても、心臓の鼓動は高鳴りを静めようとはしなかった。


 物体の消失。明らかに、地球ではあり得ない現象。

 ということは…まさか、異世界から何者かがこの地球にやってきた…?


 (それに…あの狐の男は…)


 祐介の脳裏には、先ほどホームで遭遇した謎の仮面の男の姿がこびり付いていた。灰色のスーツに赤いネクタイ、それに狐の仮面は、地球にもあるものだ。背丈も風貌も、地球人といわれても納得できる。だが、あそこで目にした奇想天外な出来事が、あの狐の男が原因だとしたら…。


 …だとしたら、自分にはもうどうしようもない。

 一般的、いや平凡以下の地球人として何ら特殊能力に目覚めていない自分が、異世界の能力者にどう立ち向かえばいいのだろう。こんな時に、エミリアがいれば…彼女なら戦えはしなくとも、見聞きした異世界の知識で何らかの対策を思いついたに違いなかった。


 「エミリア…」


暗い路地の一角で、祐介は唇を噛んだ。もし、本当に狐の男が能力者で、その攻撃でエミリアが消されたのだとしたら、もう祐介は途方に暮れるしかなかった。誰かを頼ろうにも、勇者候補がこぞって異世界に出かけてしまった今の地球に、戦える人材など残っていない。


 いや、諦めちゃダメだ。とにかく誰かを頼らなければ、僕だけじゃ話にならない。まずはそう、エ※※アを探さなきゃ。※ミ※※なら、きっとこの状況を何とかしてくれる…。


 「あれ…?」


 立ち上がった瞬間、目の前がぐにゃりと歪んだ気がして、祐介は目を擦った。立ちくらみとはまた違う、妙な違和感…。自分は今、何をしようとしたんだっけ?そう、誰かを探していたような…?


 「※※※※…?」


 誰だったのか、さっぱり思い出せない。ためしに声にだそうと思っても、音にならない濁音が喉から出てきただけだった。ダメだ、「忘れ」てしまった。


 「はッ!?」


 次の瞬間、祐介は雷に打たれたかの如くその場で飛び跳ねた。祐介の顔の前…ガードレールをはさんで、向かいの道路に、一人の男が立っていた。


 狐の男だった。道路橋の下で、祐介の方を無表情な仮面でじっと睨んでいる。


 「うわあああっ!?」


 祐介は思わず悲鳴をあげ、尻餅をついた。逃げなきゃ。あの仮面の男はまずい。何がまずいのかというと…あれ…なんだったっけ?


 「ええ!?」


 次の瞬間、狐の男が道路から姿を消した。慌てて祐介は辺りを見回した。いない。暗がりの路地には、人っ子一人見当たらない。


 「消えた!?」

 「消えちゃいないさ…お前の記憶から、俺の姿を消しただけだ」

 「ぎゃああっ!?」


 突然、後ろから声を掛けられ祐介は飛び上がった。だが、振り向いてみても、そこには壁があるだけで誰もいない。見えない空間から、「誰か」が祐介に話しかけた。


 「何にも消えちゃいない…只お前は、忘れていくんだ。大切な人も、ものも、概念さえも」

 「う…うわああ!?」


 ぐにゃり、と視界が歪み、祐介の目の前から壁が「ビルごと」消えた。


 「これが壁だという、目から脳に送られるはずの電気信号も…お前は何も、覚えておくことが出来ない」

 「あああああ!」


 気がつくと、祐介の身体は急降下し始めた。何が何だか分からず、祐介はただただ叫ぶことしか出来なかった。下を覗き込むと、さっきまであったはずの地面が無い。というかそもそも、地球が無い。無限に広がる宇宙の果てに向かって、祐介の身体は落下し始めていた。


 「ぎゃああああッ!?」


 …無茶苦茶だ。狐の男の攻撃に、祐介は成す術もなかった。忘れるだって?地面を忘れた人間は、果たして宇宙に落下してしまうだろうか。いや、あり得ない。あり得ないけれど、今自分は現にそうなっている。


 「忘れてしまえば…最初から覚えていないのと、一緒だろう?」


 宇宙の果ての何処かで、そんな声が聞こえた。祐介は、返事をする暇も無く、落下し続けて…。


 「…あああああッ!?」

 

 …気がつくと、誰かに身体を抱えられ、祐介は先ほどまでいた路地裏へと戻ってきていた。全身が、汗びっしょりだ。


 「それは違うぞ、坊主」


 祐介は顔を上げた。彼を抱きかかえていたのは、これまたスーツ姿の見知らぬ男性だった。祐介の倍はあろうかという、中々大きな男だった。まるで仕事帰りとでも言うように、ビジネスバッグを背中に拵えている。男は片手で祐介を支えながら、もう片方の手で蓄えた無精髭を撫でながら言った。


 「気をつけろ。幻覚の一種だ」

 「幻覚…!?」

 

 そんな漫画かアニメみたいな台詞を、ガタイの良い厳ついサラリーマンが言い出すとは思ってもおらず、祐介は困惑した。


 「坊主っていうのは、そのガキのことかい?」

 「!」


 いつの間にか、先ほどまで姿を消していた狐男が目の前に立っていて、祐介は目を丸くした。狐男は相変わらず無表情のまま、静かにこちらを睨んで佇んでいた。


 「ふざけた仮面被ったお前しかいないだろ、坊主」

 「………その言葉、忘れるなよ。といってもお前は、覚えていられないだろうけど」

 「……!」


 夜も更けた街の片隅で、今狐の男と、謎のサラリーマンの火蓋が切られようとしていた。


 祐介を挟んで。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ