生きていく為にお金が必要なんです
「俺が、『リーダーのレッド』だぁあああ!」
小高い丘の上で声を張り上げるのは、仲間であるはずの、ブルー。
「ほんと、なんでこんな事に……」
ピンクの私は、数ヶ月前の自分を呪った。
なんで契約しちゃったんだろう、と。
しがない派遣会社の登録社員だった私が、なんでこんな所で悪の秘密結社と戦っているのか。それはネットの正社員募集に申し込みをしたから……。
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!正社員募集!
<条件>
・若く体の丈夫な方
・福利厚生は充実
・平穏な生活を望んでいる方
・特別手当あり
やる気のある方、お待ちしております!
顔写真、全身写真を履歴書と一緒にご送付ください。
※合否の通知は、書面にて発送させていただきます。
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当時、怪しいと思った。なにかのやらせネタだと。
でも、不安定な職に就いていたので、つい送ってしまったのだ。いや、どちらかと言うと面白がって……ううん、真剣に。顔写真と全身写真、かなり大真面目に撮りました。
『株式会社 D.K.L. 合格通知書』
その封書が来た時は、一瞬どこからだと困惑した憶えもある。ただ、提示してある基本給に引かれて、冷やかし程度にビルを見に行った。怪しいアダルト関連の会社である可能性があったので、こっそりとだけど。
まさか大通りの真ん中に自社ビルなんて、驚いたのなんの。
つい新築で綺麗だったので、中に入ってみれば教育の行き届いた受付嬢がすぐに対応してくれた。
何も言わずに、だ。
お待ちしておりましたと丁寧にお辞儀をされれば、警戒心なんて薄くなる。
最上階の奥の部屋に案内されたけど、重厚な扉の前にあった『長官室』というプレート。意味が分からずに首を傾げたっけ。なんであそこで引き返さなかったかな……本当に私っておばかだ。
その扉の向こうに、長身のイケメンがショートカットの眼鏡美女を後ろに控えさせて微笑んでいて、つい……顔に騙された。なんてチョロイ、私。
気が付けば契約を交わし、サインを書いてしまったのだ。しかも持参していた印鑑まで押印して。
<条件>
・体の丈夫な方(年齢制限有)
・福利厚生は充実(保険加入不可)
・平穏な生活を望んでいる方(温厚希望)
・特別手当あり(敵の消滅確認後)
サイトの条件をクリックすれば、そういう情報が掲示されたのに気が付かなかった私は、カモだった。
入社日にスーツに身を固め、会社へ向かえば会議室に案内された。
広い室内に男性三人と私以外に女性が一人。
顔はいいのにぼんやりした印象の茶髪。
思いっきりソース顔なんだけど、体躯がよろしすぎるツンツン頭。
ひょろりとした細い目のオールバック。
大振りなカールをした、目元のキツイ女性。
どちらかと言えば地味目な私には、声を掛けにくい人達。
約束の時間が来るまで胃が痛かった。
長官室で会った長身イケメンが、白いスーツと真っ赤なマントで現れた時はなんのコスプレかと開いた口が塞がらなかった。
「ようこそ、努力・根性・LOVEの株式会社 D.K.L. へ。 君達を歓迎しよう!」
高笑いをしつつ明瞭な口調で、宣言した。
努力と根性とラブってなんだ? と思えば、秘書が会社名のポスターを掲げてみせる。なぜにラブだけ英語?
「君らの安全の為、コードネームで呼ぶ」
「コードネーム?」
「右から順番に、レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクだ」
絶句していると、長身イケメンが震えるように叫んだ。
「今、日本は危険にさらされている!」
すると眼鏡秘書がプロジェクターの準備をはじめ、部屋のカーテンを閉めた。一瞬、暗くなったがプロジェクターが動き、映像が流れる。
『私達は、悪の秘密結社だ!』
またもコスプレをした集団が映っており、三ヶ月後に行動を開始するので止めたければ止めればいいと高笑いをしていた。
高笑いが続く中、眼鏡秘書がカーテンを開けたので、声だけが室内に響く。
「恐ろしい連中だ、やつらの期限まで1ヵ月。君達の奮闘を期待している!」
それから……いや、回想なんかどうだっていい。今、問題は目の前の事だ。現実逃避している場合じゃない。
「お前がレッドだとぉ!?」
このクソ暑い中、悪の秘密結社は全身黒い服。いつも再起を頑張る中ボスはマントも黒だ。被った仮面は鉄製っぽいので、卵を落とせば目玉焼きが出来るかもしれない。見ているだけで、非常に暑苦しい。
が、それ以上に暑苦しく見目悪いものが側にあった。
「お前は、ピンクじゃないかぁああ!!」
「系統は一緒だぁあああ!!」
私のピンクのスーツを着込んだ肉体系ブルーがポージングをしているのだから。……ああ、女性タイプのスーツはスカートで……スカートから覗く太い足が……太い足が……。フルフェイスの下の私の顔は、涙で濡れている。
「レッドはどこだ、隠れているのか卑怯者!」
レッドは、修行だと言ってはよく海へ行く。
そう、釣りだ。最近はなかなかの大物を釣ってはご馳走してくれる。食費を気にせずに食材をもらえるのは、嬉しいのだが……。
悪の秘密結社は、例の怪盗の様に予告状を出して戦闘を仕掛けてくる。だから、スケジュール管理さえしていれば、ここに居るはずだ。
いないのは……。釣りに夢中で帰ってきていない、だけ。
「しかもなんでいつもと違うメンバーがいるんだ! 新キャラか!?」
いつものメンバー、そう、端からピンクであるはずの私はブルーの大きめなスーツを着込み、グリーン、ピンクスーツのブルー、イエローはいつも通り。だが、その隣に白いスーツの長官が立っている。白い学帽らしきものを深く被って。
ただ、衣装は違う。私達はバトルスーツだが、長官は普通のスーツなのだ。
「あの、長官の服は特殊な布で?」
「いいや、苦労して手に入れた品だ」
「苦労?」
グリーンとイエローが小声で訊ねるも、自信満々に大声で答えた。
「ウェディングドレスの特売で端の方で売ってあった紳士用礼服だ。レンタル落ちと言うやつだな!」
「そうなんですか……」
イエローがこころなしか、長官から距離を置いたように見える。残念臭が漂う男子に近寄るのは、悪運を呼び寄せるようなものだと普段から言っているだけに、本気だろう。
「その……段保持者だったり、何か戦闘経験とかあるんですよね?」
「まさか、俺はデスクワークだ」
グリーンの質問に、快く応える。そしてブルー以外が絶句した。なぜ出てきたんだ、と。
「よーし、ではブルー……じゃなかった、レッドよ! ソルジャー戦隊として掛け声よーそろー!」
何がよーそろーなのか……。ソルジャーと戦隊を続けて言うのも恥ずかしいと誰か気付いて。
「分かりました、長官ぅんんん!!」
ピンクのスーツを着たブルーが、ポージングをしながら力強く長官を呼ぶ……。いいの? 大声で役職を呼んで。
「何!? あの白いのがやつらの長官か! みんな、狙え!!」
敵が長官を指差せば、まるで人海戦術といわんばかりに大勢で押し寄せてくる。やっぱり、そうなるよね?
「ちょ、長官、逃げてぇええ!」
一応心配して声をかければ、突然ポーズをとった。
「大丈夫だ! 部下にだけ危ない場所で戦わせはしないぃ!」
ノリノリで悪の秘密結社の集団へ飛び込んでいく。
「ブルー! 長官が」
「俺はレッドだ! 間違えるな、ブルーよ」
「そんなのはどうでもいいでしょ!」
レッド不在で敵が現れた時、みんな不安がった。何だかんだで、彼は頼りになり、戦闘センスも良かったからだ。
そんなレッドがいるかいないかで、相手の態度も違う。勢いも気合も。
敵にレッド不在を知られては不味い、どうするか。既に敵は現れている、レッドは連絡がつきにくい(海で遠くに出ている可能性から)。
それがなぜかピンクとレッドは色が似ていると話がズレていった。
秘書が頑張って連絡を取るから、その間ピンクである私がレッドを演じろと。とんだ無茶振りが来た。
いつものピンクの衣装でレッドだと言い張るなんて無理! と叫べば、私の前にブルーの変身腕時計が置かれた。
お前に無理はさせない! と声を張り上げ、私からピンクの変身腕時計を奪い取るとブルーは走って外へ向かってしまったのだ。
グリーンとイエローも後に続き、ブルーの変身腕時計を持った私がうろたえていると、長官が肩に優しく手を置いて頷きながら話した。
『仲間がいるって、美しいなぁ』
そして何を思ったのか、俺も行くから安心しろとブルーの変身腕時計を付けてくれた。……本当に意味が分からない。
「あ、長官が!」
敵に囲まれて、さっそく拘束された。
「どうしよう、ブルー……長官がっ!」
助けに行きたいけど、ブルーの衣装がだぶだぶで動きづらい。いつもよりも敵を倒せなくてよろめいてさえいる。
「俺はレッドだ……しかし」
「どうしたの?」
「わっ、技が出ない」
「当たり前でしょ! それは私のスーツなんだから、私のポーズじゃないと」
訳の分からない会社には、訳の分からない博士がいて、訳の分からない研究の結果を私達に与えてくれる。バトルスーツもそうだ。各々のポージングで特殊な爆発技が発動する。
採用後の一ヶ月は、その練習尽くしだった。しかも合体技もあり、全員がポーズをきめないと出ないものもあったり。
後は悪の秘密結社のみに効く光線銃や、武器。……相手は秘密結社に属しているだけで、普段は同じ人間なんじゃ……。いつも葛藤して動けない。
「こ、こうか?」
両手を胸の前に合わせ、左足だけ曲げるポーズ。
だがピンクのスーツのブルーは、動きが鈍く技は発動しなかった。
「ほら、スーツ返しなさいよ! 全然出来てないじゃない」
「胸だけが特に苦しいんだ! 思うように動けん」
ぴくっと頬肉が震えた。
「ピンク、胸周り痩せたか?」
「人のスーツを奪っておいて、言い訳がそれかぁあああああ!」
ブルーのポーズ、サイドチェスト(※ボディビルダーの技の一つ)で敵ごとブルーをフッとばす。魅せれるような筋肉は無いが、ポーズは合っているので爆音が鳴り響いた。
適齢期である女性への発言は、細やかに気をつけてください。
「ブルー! 伸びてないで長官を助けないと」
「お、おう」
遠巻きに戦っているグリーンとイエローに助力は無理だろう。むしろ、あえて距離を取っているな、あれは。
まるでその姿は、俺らと奴らは違いますから、と。私もそっちへ行きたかった。
なぜなら、テレビと違い、私達には敵以上の問題がある。
少し離れた場所でヘリが旋回し、微妙な距離範囲に本格的なカメラが……そう、テレビ局だ。
悪の秘密結社との戦いはテレビで放送され、最初は真剣なドキュメンタリー、次第にエンターテインメントへと変わっていっている。
顔を隠しているから、正体はばれていないはず。だが、いつかバレたら? それを考えるとニートになりそう。いや、引きこもりで済めばいいが、済まない場合、海外逃亡も考えている。
最近、駅前留学に通っているのは、それを考えての事。
「長官、大丈夫ですか!?」
一応給与をくれる上司なので、助けに行くも悲しい展開が繰り広がっていた。
「だから、俺は人数合わせに来ただけで……戦闘力とか無いし」
「ならば戦闘を辞めさせろ、そして命乞いしろ!」
「それも困るんだ」
「なら、お前の命が散るだけだ」
敵の武器が長官の首元へ迫る。
「だって、この前、機密費を馬に使い込んじゃって……」
「なに?」
「ほら……何倍にも増やしたら、みんな喜ぶと思って」
「お前、おのれの仲間に裏切り行為をしていたのか!」
「だから、僕が戦闘を止めてなんて言ったら、みんなに秘書がバラして一緒に倒されちゃう」
「ちょっと待て、倒されちゃうって」
「いやぁ、非戦闘員だから保険に加入しているんだけど」
「……もしかして」
「うん、僕が巻き添えをくらったら、何が何でも受け取るから安心して行ってこい宣言されちゃった……それで補填するって」
「お前、長官なんだろう?」
「うん」
「お前、ソルジャー戦隊の上司なんだろ?」
「うん」
「お前が居なくなったら、大変なんじゃないのか?」
すると申し訳なさそうに、長官が頭を掻いた。
「はははは、心配ありがとう」
「いや、心配はしていないけど」
「僕はただのスタンプ係だから、重要な役割じゃないから」
「スタンプ係?」
「僕の仕事は書類決済に印鑑押すだけのお仕事です」
戦闘員と一緒に話を聞いてしまった私は、なぜか膝から打ち崩れたくなった。なんて残念なイケメンなんだ、と。
イエローの見る目は確かだったんだ……。
「つまり、秘書が居れば体制に全く全然一切影響は無いのです」
「!?」
「ふふ……ふはは……」
あ、泣きながら笑ってる。
「ふぬうううううう」
どうしようか悩んでいると、背後で布地が破ける音がした。
「ピンクの服は、胸が苦しいっ!これでやっとポーズが」
とうとうブルーが私のスーツを……!上半身を肌蹴させて大きくポーズをとるが、ブルーのポーズなので何も起きない。
「悪の秘密結社よ! 待たせたな、俺がレッドの代わりを見事務めてみせる!!」
「いい加減に私のピンクスーツを脱げぇええ! あと、胸が胸がって、うるさいのよぉぉお!」
私は両手を挙げ、オリバーポーズ(※ボディビルダーのポーズの一つ)をとって、辺りを爆炎で包み込んだ。力一杯。
「見事なポージングだぁああ!」
「はっはっは、マントが燃えてるね」
敵味方(ブルー&長官)も飲み込み、全てを破壊していく。
いい加減再就職先を探したほうがいいかもしれない。
だが、基本給50万は魅力が凄まじく……一度美味い水を知ってしまったら、二度と泥水は飲めないという。
最初は生活の為に勤めているはずが、万が一の時の為の逃亡貯金と変わりつつある。
この矛盾をどうにかする為にも、早めに寿退職でもしなければ。
今度は玉の輿を狙うべく、お見合いパーティへの登録を決意した。