前編
「お題に沿ってないじゃないか!」などの苦情は受け付けません。私にはこれが限界でした。ご了承いただける方のみお進みください。
負けた。
俺はいつも奴には勝てない。
生まれた順番も。
足の速さも。
力の強さも。
狩りの力量も。
そして今、縄張り争いも負けた。
近年、俺達獣人の数は減り続けているらしい。
原因は「縄張り争い」。
人間に迫害されている獣人が安全に生きていける土地は少ない。
兎や猫の獣人は人間の愛玩動物として飼われることも多いが、プライドが高く力も強い俺達虎の獣人は奴ら人間に屈することを善しとしない。
人間が近寄らず、餌も豊富な数少ない土地を、獣人たちは共有するのではなく殺し合い奪い合ってきた。
しかし奴は虎の獣人には珍しく、同じ獣人の共存を目指していた。
群れを作り、お互いに協力しながら生きていくことを望んでいた。
その考えに賛同した獣人も集まってきていた。
奴は俺にも他の虎の獣人への説得の協力を求めていた。
最初は俺も同意し、奴の右腕として働いた。
だが――
『レストのカリスマ性はすごいな』
『ああ、あっという間に仲間増やしていってるもんな』
『最初は渋ってる奴も、レストと話してると次第に陥落しちまうし』
『風格が違うよ』
『しかし、ルフもよくレストを支えてるよな。さすが兄弟』
『兄弟揃って他の奴とはレベルが違うけど……ルフはレストと比べちまうとな……』
『レストと比べたら誰だって劣るだろ』
生れ落ちてから今まで何度奴と比べられただろう。
何度奴より劣ると言われただろう。
何度奴より劣っていると実感しただろう。
――もう嫌だ。
誰かと比べられるのは嫌だ――
だから奴に「縄張り争い」という名の戦いを挑んだ。
奴は戦うことを拒否した。
それでも強引に戦った。
奴は諦めて応戦した。
戦う前から分かっていた。
俺は奴には勝てない。
それでも俺は奴と戦いたかった。
戦って、負けて、奴から離れたかった。
奴と比べられる場所から出ていきたかった。
互いに深手を負いながらの本気の戦い。
勝利したのは……当たり前のごとく奴だった。
「レストに負けたルフ」
これで俺は完璧なる敗者となり、今後一切奴と比べられることはなくなる。
――奴から離れることでこれ以上奴に嫉妬しなくて済む。
こうして、その場を去ろうとした俺を引き留めようとした奴を振り切り、傷の手当てもせず「奴の縄張り」から逃げ出した。
俺は奴の縄張りから充分離れたところにある湖のほとりに倒れ込んだ。
一番深く傷ついた腹から流れる血は未だ止まっていない。
奴と戦う時から人の姿を解き本性である獣の姿をとっていた。
その姿から再び人の姿に戻るどころか動く気力さえ、今は湧かない。
奴との戦いで力を使い果たした上に傷の手当てをせぬまま無理してここまで走ってきて、血も大量に流しているから当たり前なのだが。
獣人の回復力が人間より優れているといっても、これでは完全に回復するまで数日かかってしまう。
まあ、腹の傷をどうにかしないと死ぬ可能性も充分にあるが。
(……いっそのことここで尽き果てるのもいいな)
特にこの世に未練もないし。
動けない状態。傷も開いたまま。食糧なし。
これはどう考えたって人生終わっただろ――
そして俺の意識は闇に堕ちた。
…………………………ここはどこだ?
意識が戻り重い目蓋を開くと自分が獣の姿のままふわふわの毛布に包まれていることがわかった。
次に見えたのは今俺がいる場所の全体像。今俺が寝転がっている毛布の山とそのすぐそばにあるベッド、机、衣装ダンス、棚があるだけの部屋の中らしき光景。誰かの寝室なのだろう。棚の上の花瓶には花が一輪飾られ、ベッドには熊のぬいぐるみが置いてある。
……とりあえず、俺はどうやら死んではないらしい。
伏せの状態から起き上がろうとすると腹に激痛が走り、思うように体を動かせる状態ではないことが分かった。
しかし体中にあった傷は一つ一つ手当され、腹に負った大きな傷にも包帯が巻いてある。そのおかげで出血は止まったようだ。
――この部屋の持ち主が手当してくれたのだろうか?
部屋の主人のものだろう、人間の女の匂いが充満しているが……何かに違和感を覚える匂いだ。
俺が頭を悩ませているとこの部屋に唯一あったドアがゆっくり開いた。
そこから部屋に入ってきたのは――
「ぬお? 起きてたのかー。調子はどう?」
やはり人間の女だった。
顎の辺りで切りそろえられたふわふわの髪はこげ茶色、同色の瞳を持つ目は少し小さめ。身長は小さめだが細くはないのでか弱い印象は受けない。
「君って魚食べれるのかね? 川で獲ってきたんだけどいるかい? それともやっぱ他の動物の方がいいのかね?」
人間は警戒すべきものなのに、彼女ののんびりした話し方のせいか未来がどうでもよくなっているせいか、威嚇する気が起きない。返事をする気も起きない。
無言のまま彼女を見つめている俺をどう思ったのか、彼女は首を傾げ俺を見つめ返してくる。
「…………」
「…………」
――何だこの沈黙は。優に五分は続いている。
もしかして俺が問いに答えてないから返事を待っているのか……?
ということは俺がただの虎じゃなく獣人だということに気付いているのだろう。
「…………魚をくれ」
「わかった。持ってくるからちょっと待っといて」
やはり獣人だと知っていて返事を待っていたのか。すぐ応えて一旦部屋を出ていき、新鮮そうな魚が入った籠を抱えて戻ってきた。
「ほれ。脂ののったいい魚だよ。さっき獲ってきたばかりだからより美味しいよ」
その言葉通り、今まで食べたことがないほど美味い魚だった。尤も、魚を食べる機会があまりなかったというのもあるが。
食べ始めてからわかる空腹感。
無言で魚にがっついていたら彼女が笑って言った。
「ね、美味しいでしょ?」
『ルフ、どうだ、うまいだろ!』
小さい頃、脚に怪我をした俺の為に獲物をとってきてくれた時の奴の笑顔と彼女の笑顔が、なぜか重なった。
途端に動悸がしてぎゅっと目をつむった。
――レスト……
「あー、そうそう、言い忘れてたけど私はリゼア。それでここは私の家。水を汲みに泉に行ったら君が傷だらけで倒れてたから勝手に連れてきた。君はなんて名前なんだい?」
「……ルフ」
なぜ人間に名乗らなければならないのかとも思ったが、一応命の恩人で一食一泊の恩義があるため不本意だが自分の名前を呟いた。
「ルフかー。いい名前。で、ルフはなんで傷だらけだったのかね?」
さすがにそんなことまで話す義理はない。
「…………」
無言を貫いていると
「…………」
先ほどと同じように俺を見つめたまま彼女も沈黙を保った。
こいつ、また俺が答えるまで待つつもりか!?
「…………なぜお前にそんなこと話さないといけない」
溜息をつき、仕方なく聞きかえす。
赤の他人、しかも人間に、俺達獣人の話をして何になる。
人間には絶対わからない。俺達獣人のことなど。俺達獣人の気持ちなど……。
わかるわけがない。
「別に無理に聞き出そうとは思わないけど」
リゼアと名乗った彼女はゆったりした動作でベッドの上にあった熊のぬいぐるみを抱いて、なぜか俺の前まで来てしゃがみ込んだ。
「ルフがなんか辛そうに見えるからさー。無関係な私に吐き出せばちょっとは楽になるかと思って」
言いながらリゼアは持っているぬいぐるみを俺に向けてひょこひょこ動かした。操られるままに動く熊のぬいぐるみのこげ茶の目と、同色のリゼアの瞳が俺の目をのぞき込んでくる。
――ああ、そうか。
「お前、熊の獣人か」
「混血だよ。私のおじいちゃんが熊の獣人なんだ。混血といってもおじいちゃん以外は普通の人間だから、獣人の血は薄いんだけど」
最初にこの部屋の匂いを嗅いだ時に感じた違和感はこれだったのか。人間の匂いなのにどこか普通の人間とは違う匂いがした。大分薄れてはいるようだが、確かに熊っぽい匂いが混じっている。
しかし――
「獣人と人間が結婚するなど……」
そういう話はないわけではないが非常に稀だ。世間的にもあまり褒められたものでもない。人間にとって獣人は『奴隷』か『脅威』。獣人にとって人間は『畏怖、憎しみの対象』。
生れ落ちた瞬間からそういう認識の環境で育つそれぞれは、その認識に染まっていく。幼いころからの刷り込みはそう簡単に消えるものではなく、お互いに馴れ合うことを善しとしない。
結婚などもってのほかだ。
中にはそういう認識が薄く人間と獣人が共存する地域もあるらしいが、それはここから遠い土地での話。ルフにとってはありえないことだ。
「人間と獣人も、わかりあえるはずなんだよ。同じ言語を話すんだから。ただ、お互いに言葉が足りないだけ」
ぬいぐるみを撫でながらそう言う彼女の表情はとても柔らかいものだった。その表情に思わず惹きつけられる。
「君も同じだよ、ルフ。黙ってちゃ、君が抱えてる悩みが私にはわからない」
こちらに向いている、特に珍しいわけでもないこげ茶の目に宿る温かい光になぜ心を揺さぶられるのか。
「お前にわかってほしいとは思わない」
振り切るようにやや強い口調で言うが。
「私はわかりたいけどなー」
返ってくるのはやはり気の抜けるようなのんびりとした声。対抗することがあほらしくなってきて、はあ、と深く息を吐いた。
「なぜそう思う? お前には関係ないだろう」
「少なくとも私は大怪我負って倒れてたルフをわざわざ家に運んできて看病するくらいには君に関心があるんだよー?」
「なんだ、奴隷商人にでも売るつもりか?」
「いやいや、そんな面倒なことするわけないじゃないかー」
「じゃあなんで……」
――困惑していたのに。
「君の毛並があまりにも美しいから、ぜひモフモフと撫でさせてもらいたいと思ってだね。でも怪我してたり落ち込んでたりする時にそんなことできないでしょー? だから元気になってもらってそれからモフる許可をもらおうと思ったんだ」
――彼女の言う理由が、あまりにも馬鹿らしかったから。
「……………………縄張り争いで負けたんだよ。兄に」
――つい気を許してしまったのだろう。
なぜか俺は彼女に色々話してしまっていた。奴のこと。ずっと比較されてきたこと。それが嫌になって奴に勝負を挑んで負けたこと。そして比較される空間から逃げてきたこと。
彼女は黙って俺の話を聞いていた。聞き終わった後は
「やっぱりルフは言葉が足りないね」
と言って微笑むだけだった。
後編は明日(11/2)投稿予定。