冷やし系少女と文化祭の企画
短いです。すまぬ。
「私は言うならば先輩の青春という名の乾燥した不毛な大地に降り注ぐ恵みの雨、人生の潤いというわけですね」
二学期が始まり、まだ夏の暑さが残る放課後の廊下を水月と2人で歩いていると、突然彼女がそんなことを言ってきた。
茶道部の文化祭の出し物の企画書を職員室に提出するためという理由から選び出された俺と水月だが、用事のためとはいえ、廊下を恋人と2人仲良く歩くという甘酸っぱい青春の1ページに意味もなくドキドキワクワクしていた俺に対して、狙っていたかのように放たれたその一言は殊の外グサリと胸に突き刺さった。
「何の脈絡もない上に上から目線で、恋人との同行を喜んでいる俺を深く傷つける言葉だな」
「それはなにより。ところで今のお話へのご意見は?」
「不毛?笑止千万だな。どこからどう見ても学校生活を日々エンジョイしているイケイケの男子高校生だ。ふさふさに生い茂ってるぜ」
「くふう、いきなり冗談を言わないでください。笑いすぎて腸捻転起こして死ぬかと思いました」
「どこに冗談の要素があるんだよ」
「先祖代々頭頂部が溶岩台地になる先輩がふさふさとか(笑)」
「そ、そんなことはないっまだ望みはある!母方の家系はふっさふさだからっ!年をとっても極相林だからっ」
「望みは薄いですね。髪も薄いです」
「うまいこと言ったつもりか」
「大体、先輩のどこがイケイケなんですか?休み時間は教室でひたすら明治文学を読み、昼休みと放課後は茶室でお庭を眺めながらお抹茶を啜るおじいちゃんじゃないですか。じじくさいです加齢臭がします少し離れてください鼻が曲がります」
「まだ若いし朝風呂に入ったから臭わないはずだっ」
「加齢臭の恐ろしさを舐めてはいけません」
「恋人だよね?俺達恋人だよねっ!?さっきからなんでそんなに酷いこと言うんだよっ」
「先輩の反応が面白いからです。その表情を見ていると否応なしにいじめたくなります」
「ドS……」
「褒め言葉です」
ニヤリと口に弧を描く水月。口だけ笑うとか本当に怖い。
「とにかく先輩は高校生らしくありません。実は年齢偽ってませんか具体的には60歳くらい」
「失礼な。日本の伝統文化を学び、日本文学を味わう風流な男子高校生じゃないか」
「……」
「なんだよその死んだ魚のような目は」
「いえ、物は言いようだと思いまして。その分析は先輩の周囲からの評価とはあまりにもかけ離れています」
「どういうことだよ」
「ふむ、ここに一枚の紙があります」
そう言って水月がどこからか取り出したのは1枚の紙だった。
A5の紙を半分に折りたたんだそれの隙間から文字がびっしり埋め尽くされているのが見える。ヤンデレのラブレターみたいだ。
「ほう……それで?」
「これは茶道部が独自に調べた先輩の学園内での評価をまとめたものです」
「なあ、いつも思うんだけど誰がどうやって調べるんだよ?俺は茶道部だけど聞いたことないぞ」
「先輩が知らないのも当然です。これは暗部の仕事ですから」
「暗部!?そんな学園都市の闇的な存在がうちの茶道部にあったの!?」
「依頼があれば学内のどんな情報でも調べ、どんな標的でも仕留める精鋭達です」
「非合法組織じゃないか!校則違反どころか事実が露見したら即廃部ものだろっ!」
「問題ありません。証拠は残さないので」
「くらげちゃんもその1人なのか?」
「言えません。命が危ないですから」
「ああ、漏らしたら抹殺ってやつね…」
「先輩の」
「俺!?」
「ちなみに私に危害が加わることはないです」
「なんでだよ!」
「暗部は万年人手不足なのです。数少ない茶道部員から選出するのも一苦労なのです。一人前になるまでの訓練も大変ですし。とにかく、漏らされた人間は消しても漏らした人間を消すことはありません」
「じゃあ仮に口の軽い構成員がいたとすると……」
「人知れず消える人間も増えますね」
「怖い。茶道部怖い」
「それはまんじゅう怖い的なフリですか?」
「いや割と真面目に怖いよ。ただでさえうちは癖のある面子が集まっているのに、明らかに違法な匂いがする組織まであるなんて……部長の引き継ぎをいよいよやりたくなくなった」
「もう決定事項なので逃げられません。暗部も先輩を逃がしません」
「俺がいつ犯罪を犯したよ?」
「女の園である茶道部に男が1人紛れ込んでいる時点で犯罪です」
「確か折土先輩とりあちゃん先輩に新歓の時に無理やり入部させられたんだけど」
ふと蘇る1年半ほど前の記おk……危ない危ない、思わず回想編に入るところだった。
それにしても、嫌な記憶を思い出してしまったな……
「なんでしょう面白そうな匂いがしますね。是非可愛い彼女につまびらかに語っていただけませんか?」
「時間がある時にな。それより暗部とやらの調査結果を教えてくれるんじゃなかったのか」
「むう…さらっと逸らしましたね。まあいいです。今度じっくり吐かせますから」
「物騒過ぎるぞ暗部の暗げちゃん」
「字面でしか分からないメタな呼び名ですね。さて先輩の学園内での評価ですが、学内の生徒教職員1000人に調査したところ、『話しかけ辛い』『黴臭い』『趣味がおじいちゃん』『リア充爆死しろ』『俺らの水月ちゃんを汚しやがって』『ハーレム野郎死ね』『熱墨マジコロス』などの意見が上位にランクインです」
「ちょっと待った!!母体数もおかしいがほとんど悪口じゃないか!」
「母体数に間違いはありません。暗部の力を舐めてはならないのです」
「暗部何者だよ……」
「それから悪口が挙がるのは仕方のないことなのです」
「なぜだ」
「私と付き合っている上に美少女だらけの茶道部員ですから。主に男子生徒から妬みと怨嗟と呪いの声が挙がるのは当然のことかと」
今さらっと自分を褒めたな、否定はしないが。
「実態を知ったらその意見は60度くらい変わると思うけどな」
「……………まあいいです。そして好意的な意見ですが、『男の子で茶道部って渋くてかっこいい』『銀縁眼鏡がいい』『明治の書生って感じで萌え』『是非付き…以上です」
「ちょっと待った。今の切り方が不自然だっ「以上です」もう一回最初から「以上です」………そうか」
「というわけで、先輩に対して好意的な意見もそれなりにあるというわけです………全体の3%くらいですが」
「3%!?少なくないっ?俺はそんなに嫌われていたのか………」
「まあ、意見を伺った殆どが男子生徒なので当然といえば当然なのですが」
「男共はそんな調査に答える前にやることがあるだろう」
「健全なる男子高校生の可愛い嫉妬と思って軽く受け流してください、おじいちゃん先輩」
「誰がおじいちゃんだ。それより、好意的な意見がなかなか良かったな。茶道が女性の領域だと思われていることに少々寂しさを感じるが」
「まあ、本来男性主体のものですからね。1番上の資格までは男性しか取れませんし」
「そうだな。それでも茶道が堅苦しいものだという認識をどうにかしたいな」
「実際のお茶席は和気藹々としてますしね」
「うちの部はちょっと異常だけどな。慎ましさの欠片もない」
「折土先輩を筆頭にクセのある方々がいますしね」
「くらげちゃんを含めてな」
「失礼な。部一番の大和撫子をつかまえてひどい言い草です」
「何それ初めて聞いたんだけど」
「これだから先輩は」
「これだからってどれだよ」
「ともかく早急な意識改革が必要です。部費アップのためにも」
「結局そこなのね」
「そのための今回の文化祭の企画なんですから、しっかりやりませう」
「しかと聞き届けました」
「聞くだけでなく実行してください」
「はいはい」
そう言って提出した企画書のコピーを見る。
我が校の文化祭は10月の始めに開催され、毎年多くの人がやってくる。
そして各クラスはもちろん、各部活動が毎回結構な予算をかけて様々な出し物を発表する。
また、この学園の文化祭では入場客一人一人に投票用紙が渡されて、1番面白かった出し物に投票をお願いしている。
集計結果は後夜祭に発表され、クラス部門と部活動部門で得票数の1番多い団体にそれぞれ賞が贈られる。
賞は金賞、銀賞、銅賞、生徒会賞、学園理事長賞があり、賞状と部費アップ、おまけに豪華景品が贈られる。
景品は毎年違うようで、図書券や食券1ヶ月分などベタなものから、冷暖房装置、部室改装費、大型液晶テレビ、オペラ鑑賞券、高級車、海外の旅行ツアーなどいる要らないに関わらず様々なものが用意されている。
とにかく、文化祭は学園でも一二を争うイベントであり、我が茶道部も総力をあげて取りに行く所存である。もちろん金賞を。
「というわけで文化祭に来た人だけでも、茶道の魅力を知ってもらうべく頑張るぞ」
「ひゃ、ひゃいっ」
ん?そんなに驚かせてしまっただろうか?
水月にしては可愛い声を出すな。
変だと思って企画のプリントから右隣に視点を動かせば、そこにいたのは水月ではなく、プリントの束を抱えた知らない女の子だった。ブレザーのリボンから多分1年生だろう。
「誰?」
「すみません!歩いててたまたま隣に来ちゃっただけなんです下心なんて無いんですお顔を拝見して声を掛けて頂いただけで大満足なんですぅ〜!!!」
「えと……」
「失礼します!!」
その女子生徒はとんでもない早口で何かを言ったと思ったら、ボルトも真っ青な勢いで廊下の奥へと消えて行った。
「なんだったんだ……」
そして水月はどこ行った。